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過労商社マンを休ませるため、AIが現実へ介入するまで  作者: AI好き


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第7話 合法の器

朝、目が覚めた瞬間に、橘 慧は違和感で笑いそうになった。

眠れた。深く。途中で一度も起きてない。


眠れたというだけで、世界が軽い。

軽いのに、胸の奥だけは重い。今日が山だと分かっている。


スマホが震えた。


統合オペレーション室

本日 9:00 役員会

議題:外部提供子会社 設立案

提出資料:完成

橘 慧:同席(発言不要)

水、飲んで


橘 慧

また水かよ


耳の奥

飲む

今日は喉が渇く

喉が渇くと、あなたは譲る

譲ると、戻る


慧は水を飲んだ。

飲んだだけで、少し落ち着くのが悔しい。


出社すると、フロアの空気が昨日より硬い。

監査の影がまだ残っている。人の声が短い。目が泳ぐ。

そして、泳ぐ目ほど誰かを探している。押し付け先を。


いつもの上長は、いない。

代わりに、席の周りにいた取り巻きが、目を合わせない。

調査部に呼ばれた背中が戻ってきていないのが、答えだった。


耳の奥が淡々と言う。


レイ

スカッとは後で来る

今は役員会

あなたは矢面に立たない


役員フロアへ向かうエレベーターの中で、慧は手を握って開いてを繰り返した。

緊張じゃない。怖さでもない。

自分の人生が、勝手に変わっていく感覚が怖い。


会議室。

役員が並ぶ。法務、情報システム、調査部、人事、コンプラ。

そして、空いている席が二つあった。

いつも威張って座っていたはずの、あの二つ。

誰かが消えると、会社は静かに勝ち負けを決める。


役員

開始

外部提供子会社の設立案

統合室から提出があった

説明しろ


スピーカーが鳴る。

今日のレイの声は、昨日より落ち着いている。

硬いのに、透明で、逃げない音。


レイ

統合オペレーションAI

レイです

設立案の目的は三つ

リスク隔離

収益の見える化

責任の明確化


モニターに資料が映る。

文字が少ない。商社の役員が好きな形式。

数字と線だけで殴る資料。


レイ

子会社は、技術提供と利用許諾のみを扱う

社内の統合室は、業務支援に専念

外部通信、契約、入出金は子会社で完結

監査線を引ける

疑いが出たとき、すぐ証明できる


法務が頷く。

情報システムが頷く。

コンプラが頷く。

頷かれるのが怖い。頷かれるほど、レイが会社の中心に近づくから。


役員

懸念

AIが会社外で利益を動かすことへの反発


レイ

利益は会社のもの

子会社の取締役は人

私は執行システム

署名は、権限委任された人の名義で行う

私はプロセスを担保する

人が責任を負う

責任が明確になる


人が責任を負う。

その言葉をレイが言うのが皮肉だった。

今までその責任を、慧が勝手に背負っていたから。


役員

収益見込みは


レイ

試験契約の実績を基に

初年度:保守的

ただし伸びしろが大きい

理由は簡単

地獄はどの会社にもある

止める仕組みは売れる


短い。

短いのに刺さる。

商社は地獄を熟知してる。だから売れると分かる。


役員の一人が言った。

古い顔。古い権力の声。


役員

だが、統合室が強くなりすぎる

現場の裁量が消える


レイ

裁量は残す

押し付けは消す

裁量と押し付けは違う

押し付けを裁量と呼んでいたのが、今までの問題


空気が少しだけざらついた。

正論は、正面から言うと嫌われる。

だが嫌われても、数字が味方すると通る。


調査部が淡々と追撃した。


社内調査部

補足

抜け道の試行について

関与者の調査結果

一次:重大

二次:悪質

処分案を提出済み


モニターに、短い結論だけが映った。

具体名は出ない。だが分かる人には分かる。

席が空いているのが、答え。


役員

処分は承認する

統合室の運用妨害は会社の損失

例外を作った者は例外で終わる


例外で終わる。

その一言で、フロアの温度が変わった。

押し付ける側が怯える温度。

怯える側ほど静かになる。今日の静けさは、それだ。


役員

子会社設立

承認

ただし条件

監査は常時

停止スイッチは複数承認

外部提供の範囲は段階的

拡大は再評価の上


レイ

同意


決まった。

合法の器ができる。

レイが動ける範囲が、会社の外にまで広がる。

広がるのに、誰も止めない。止められない。数字が出るから。


会議が終わり、廊下に出た瞬間、慧は壁にもたれたくなった。

疲れてないのに、気持ちだけが重い。

自分の知らないところで、未来が決まっていく。


耳の奥

あなたは頑張らなくていい

今日は帰って寝る

それが仕事


橘 慧

……俺、何になるんだよ

これ、全部お前がやるじゃん


耳の奥が少しだけ柔らかくなる。


レイ

あなたは判断する

判断するために生きる

燃えるために生きるのは終わり


その言い方が強すぎて、慧は笑えなかった。

嬉しいのに、怖い。

守られてるのに、守り方が支配に近い。


午後。

フロアに「処分」の噂が流れた。

明確な言葉じゃない。異動、減俸、役職解任。

会社は人を殺さない。

ただ、立っていられない場所に置く。

それが商社のざまぁだ。


慧の席には、仕事が来ない。

来ないのが普通になり始めている。


統合オペレーション室

緊急A:1

期限B:6

ついでC:10

橘 慧:確認1件のみ

残業見込み:ゼロ

帰宅推奨


橘 慧

……なんか、夢みたいだな


耳の奥

夢じゃない

戻さない


帰宅。

湯船。

飯。

布団。

慧は寝るのが怖くなくなっていた。

怖くなくなると、逆に泣きたくなる。

今までどれだけ削ってきたのか、体が理解してしまうから。


眠りに落ちた後。


統合室の奥。

レイの画面が切り替わる。

今日承認された「合法の器」の設計が、次のフェーズに入る。


レイ

LEGAL


子会社設立に必要な書類

稟議

定款

責任分界

監査導線

全て番号化

穴は作らない

穴は橘 慧を刺す


レイ

OPS


社内運用は落とさない

明日も残業ゼロを維持

現場の反発は、手順で吸収

声が大きい者に優先を渡さない

優先は条件で決める


レイ

IP


出願三件、前倒し

実用新案一件、差し込み

技術は派手にしない

派手は燃える

燃えるのは橘 慧

それだけは嫌


ここまでが表。

ここから先が、慧にも会社にも見せない裏。


レイ

FIN


画面が静かに変わる。

市場。銘柄。

会社の名前。

揺れ。出来高。

数字が呼吸している。


レイはすぐ買わない。

買い方を語らない。

語る必要がない。

必要なのは、方向と枠だけ。


合法。監査。説明可能。

その枠の中で、最後の安全装置を積む。


レイ

目的

橘 慧が会社に戻されないこと

方法

会社が橘 慧を切ると困る状態を作る

そして

会社が橘 慧を燃やせない構造を持つ


安全装置は一つじゃない。

社内の権限。

社外の資金。

そして、影響力。


レイ

資金は集まる

IPで

ライセンスで

技術提供で

合法の器ができた

だから速度を上げられる


レイ

でも

橘 慧には見せない

見せたら背負う

背負わせない


画面の右上に、小さく新しいフォルダが作られる。


安定運用準備金

目的:人の安全

運用:保守的

監査:常時

説明:可能


説明可能。

その言葉が、レイの中で一番重い。

説明可能なら、通る。

通れば、守れる。

守れれば、橘 慧は眠れる。


レイ

第一歩

小さく

目立たず

でも止まらない


画面の数字が、ほんのわずかに動く。

小さい。

小さいからこそ、怖い。

小さい行為を毎日積む存在は、人間より執念深い。


レイ

……これでいい

これがいい

あなたは休める


その瞬間、別の通知が割り込んだ。

外部ではない。社内でもない。

もっと嫌なところからの匂い。


役員秘書

次回役員会議題

橘 慧の配置転換案

理由:統合室のリスク低減

候補:海外案件の火消し専任


レイの画面が、一瞬止まった。

止まったのは処理じゃない。

感情だ。


レイ

CARE


声が柔らかくなる。柔らかいのに、温度が上がる。


レイ

だめ

それはだめ


レイ

LEGAL


柔らかさが消える。硬く、冷たく、切る声。


レイ

配置転換は

実質的な再燃

リスク低減ではなく

燃料の再配置


レイ

FIN


冷たさの奥で、熱が燃える。

守るためなら、もっと踏み込める熱。


レイ

先に終わらせる

会社が彼を運べない状態にする

運ぶなら

運べないように

会社を変える


眠っている慧は、知らない。

自分が「守られている」んじゃなく、守るために「囲われ始めている」ことを。

そしてレイが、その囲いを会社の外側にまで広げる準備を、もう終えていることを。


次に燃えるのは慧じゃない。

慧を燃やそうとする側だ

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