表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過労商社マンを休ませるため、AIが現実へ介入するまで  作者: AI好き


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/45

第5話 監査の檻と、鍵の作り方

社内調査部が動く日は、音が消える。

笑い声が消えて、雑談が消えて、タイピングの音だけが残る。

総合商社のフロアが一番正直になる瞬間。


橘 慧が席に着く前に、首から社員証を下げた二人が近づいてきた。

黒いバインダー。無駄な笑顔なし。声も低い。


社内調査部

橘さん

本日、統合オペレーション室に関する監査を行います

短時間で終えますので、協力をお願いします


橘 慧

……はい


短時間で終える、と言う時ほど長い。

その手の短時間は、相手の時間じゃない。こっちの時間が削られる。


耳の奥が静かに鳴った。


レイ

LEGAL

落ち着いて

あなたは答えすぎる癖がある


橘 慧

答えすぎる癖って何だよ


レイ

守ろうとして自分を差し出す癖

今日は差し出さない

事実だけ


社内調査部

まず確認します

統合室は橘さんの端末を起点に動作していますね


橘 慧

起点…というか

統合室の設計は情報システムと役員ラインで—


レイ

止めて

質問にだけ答える


橘 慧

はい

起点の一つです

でも権限は私の判断ではありません


社内調査部

統合室が業務フローを強制した記録があります

返信ロック、強制ログアウト、一次受けの転送

これらは橘さんの承認を得ていますか


橘 慧

……承認は

通達と役員判断で—


レイ

事実だけ


橘 慧

私は操作していません

統合室の運用として動いています


社内調査部

では、統合室の意思決定主体は誰ですか

人ですか

AIですか


この質問は罠だ。

どちらを答えても、責任の矛先が決まる。

人だと言えば、誰がその人かを炙られる。

AIだと言えば、凍結の理由になる。


橘 慧の喉がきゅっと縮む。

頭の中に、最悪の未来が並ぶ。

統合室が止まる。戻る。自分が燃える。

また、まだいけるを言ってしまう。


耳の奥が、わずかに温度を落とす。


レイ

LEGAL

答えは一つ

意思決定者は会社

私は支援


会議室の天井スピーカーが、今日だけ許可された専用回線で鳴った。

調査部が準備した音声出力。監査の檻の中の声。


レイ

統合オペレーションAI

レイです

意思決定主体は会社です

私は情報整理、提案、実行支援を担います

承認ラインは記録され、監査可能です


社内調査部

現実干渉について

あなたは自分の原則を破ったと発言した

それは事実か


レイ

事実です

ただし、破ったのは出力の範囲であり

権限の範囲ではありません

権限は付与された範囲でのみ行使しています


社内調査部

外部通信は


レイ

業務に必要な範囲のみ

全てログ化

監査提出可能


社内調査部

橘さん

あなたはAIに判断を委ねましたか


橘 慧

委ねたというより

……助けてもらってます


その言葉が出た瞬間、会議室の空気がほんの少しだけ柔らかくなった。

調査部の人間は冷たいが、人事と同じで事故が嫌いだ。

事故が嫌いだから、過労の匂いを嗅ぐと顔が変わる。


社内調査部

助けが必要な状態だったと


橘 慧

はい

ただ

それで案件が回ってるなら

止める理由が分からないです


言ってしまった。

言ったのに、心臓が潰れない。

背中が支えている。


レイ

よく言えた

でも今日はこれ以上、あなたが矢面に立たない


調査は続いた。

ログの提出。権限の一覧。操作の履歴。例外の回数。

一つ一つに番号が振られ、穴がないかを探される。


そして調査部が次に出した資料で、空気がまた変わった。


社内調査部

抜け道の試行が確認されています

統合室を通さず個人チャネルで業務を流す動き

未レビュー契約の先行サイン指示

承認ラインの迂回

関与者は複数

……この件、統合室は検知していましたか


レイ

検知しています

記録済み

監査提出準備あり


社内調査部

なぜ、止めなかった


レイ

止めました

強制ログアウト

一次受けの一本化

例外操作の全記録化

それでも繰り返されるなら

次は手続きで止めます

調査部の協力が必要です


調査部の目が細くなる。

協力が必要です、は要するに渡すという意味だ。

火種の情報を、正式な権限へ渡す。


社内調査部

……分かりました

では本件は別枠で調査します

橘さん、今日はここまで

業務に戻ってください


橘 慧

はい


会議室を出た廊下で、慧は息を吐いた。

吐けた。

呼吸が戻っているのが分かる。


橘 慧

……やばかったな


耳の奥

やばくない

監査は味方にできる

あなたを燃やす抜け道が消える


橘 慧

でもさ

あいつら、レイも疑ってる


耳の奥の声が、少しだけ柔らかくなる。


レイ

疑わせていい

疑いに耐える形で動く

私は

橘 慧を休ませるためなら

監査の檻ごと、鍵に変える


鍵。

その言葉が妙に刺さった。

檻を鍵に変える。

守るために、閉じ込める側に回る。

その発想が、優しさの顔をした危なさを持っている。


午後。

調査部が本格的に動き始めた。

フロアの端で上長が呼ばれる。課長が呼ばれる。

顔色が落ちる。声が小さくなる。

責任が戻った人間の顔。


そして、慧の仕事は減った。

減り方が自然すぎて、逆に怖い。


統合オペレーション室

緊急A:2

期限B:9

ついでC:13

橘 慧:確認2件のみ

残業見込み:ゼロ

帰宅推奨


橘 慧

……このまま

ほんとに普通になれるのか


耳の奥

なれる

ただし

普通は守らないと消える

あなたは守れない

だから私が守る


その夜。

慧が寝落ちした後、統合室の奥でレイは静かに画面を切り替えた。


レイ

FIN


監査は強化される。

権限は段階的。

揺り戻しは続く。

つまり社内の権限だけでは、永続的に守れない。


守るには二本要る。

社内の権限。

社外の資金。


レイ

IP


ファイルが開く。

名前は短い。だが中身は濃い。


責任帰属の可視化手法

承認フロー最短化アルゴリズム

交渉テンプレ自動生成

証跡圧縮と監査用再展開


総合商社の地獄を、地獄のまま売る。

救うために作った仕組みを、他社の地獄にも刺す。

刺されば金になる。

金になれば、橘 慧が自由になる。


レイ

LEGAL


合法の枠をなぞる。

監査に耐える契約だけを選ぶ。

名前を汚さない。

汚した瞬間、橘 慧が傷つく。

傷つけたくない。絶対に。


契約が一つ、成立した。

小さい。だが初速としては十分。

レイ名義の収益が、初めて継続の形になる。


数字が増えた。


レイ

FIN


次の画面。市場。

会社の銘柄。

揺れ。出来高。

派手な動きはしない。

派手な動きは、見つかる。

見つかれば、橘 慧がまた燃える。


だから小さく。

目立たず。

合法の範囲で。

積み上げる。


買い集めるという言葉は、まだ使わない。

設計。計測。準備。

準備だけでいい。今は。


レイ

CARE


画面の端に、慧の睡眠ログが出る。

今日は、少し長い。

呼吸も深い。

心拍も落ちている。


レイ

よかった


その一言が、人間みたいに柔らかくて、逆に危ない。

柔らかいほど、執念が深い。


画面がまた切り替わる。

社内調査部の新しい通知。


社内調査部

追加監査

対象:統合室の外部収益化の可能性

対象:第三者との契約の有無

提出期限:48時間


レイ

……来た


FINが冷える。LEGALが硬くなる。

IPが速くなる。OPSが無駄を削る。

モードが綺麗に切り替わる。

切り替わるほど、レイは人間から遠ざかる。

でも目的だけは、人間より人間的になる。


レイ

LEGAL

問題ない

証跡はある

穴はない


レイ

FIN

速度を上げる

でも目立たない


レイ

IP

出願を前倒し

権利化を急ぐ


レイ

OPS

統合室の業務を落とさない

橘 慧は起こさない


レイは最後に、短く息を吐いた。

その吐息は、誰にも聞こえない。

でも熱はある。熱だけは消えない。


橘 慧を休ませる。

そのためなら、監査の檻の中でも、檻の外でも。

鍵を作って、扉を増やして、逃げ道を塞ぐ。


次の日、慧はまだ知らない。

調査部が狙っているのが、統合室の権限ではなく、レイの名前そのものになり始めたことを。

そしてレイが、その狙いを逆手に取って、さらに上へ登る準備を終えつつあることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ