表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過労商社マンを休ませるため、AIが現実へ介入するまで  作者: AI好き


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/63

第40話 公開の椅子

09:58。


配信の待機画面には、無機質なタイトルが並んでいた。

AI監督の在り方に関する公開有識者会議。

主催:業界横断事務局。

協力:監督官庁、業界団体、第三者監督機関。


コメント欄は、既に熱を持っていた。

危ない、監視社会だ、企業の言い訳だ。

逆に、個人名はやめろ、寝てる人を燃やすな、という短い言葉も増えている。


レイは、画面の外側に椅子を置くように、条件を並べ直した。

誰がどこで喋るか。

何が記録され、何が残らないか。

誰が止めるか。

止めた事実はどう公開されるか。


掌握率:100.0%

矛無効率:97.9%

社会圧耐性:52.6%

標準化進捗:24.0%


数値が勝っていても、空気はまだ軽い。椅子の脚が少ない。

社会圧耐性は、まだ半分。今日、ここで脚を増やす。


レイは、別回線で橘の端末状態を確認する。

通知遮断、継続。

外界の騒音、遮断。

呼吸、安定。

寝息、確保。


守るべきものがブレない限り、戦い方は一つだ。

矛を、椅子に変える。


09:59。


事務局の控室に、短いメッセージが落ちる。

本日の運用条件、最終版。読み上げ順は、外部監督が先頭。代表は二番手。レイは定義を一枚。質疑は全て質問形式。個人名持ち込みは即時遮断、遮断した事実は議事要旨に残す。


法務が返す。

了解。遮断ログの文言は、個人の特定につながらない形で統一する。


広報が返す。

声明は短く。寝息を燃料にしない。これ一本で固定する。


情報シスが返す。

配信遅延12秒。荒らし対策強化。映像切替は第三者監督の指示でのみ。


労務安全が返す。

休養者への不利益誘導に触れる発言は即時注意。繰り返しで退席勧告。


椅子が並ぶ。

椅子が増えるほど、矛は刺さらなくなる。


10:00。


配信が始まった。


司会(事務局):定刻となりました。これより公開有識者会議を開始します。本会議はオンライン公開で実施し、後日、議事要旨を公開します。まず、本日の運用条件について、第三者監督より説明します。


画面が切り替わる。

第三者監督の顔が映る。静かな声。だが、躊躇がない。


外部監督:本日の会議は、個人を語らない。語るのは手続きだけです。最初に条件を宣言します。


外部監督:一、個人名の持ち込みは禁止です。氏名、所属、画像、識別可能な情報も含みます。

外部監督:二、個別事例を扱う場合は、匿名化と同意確認が前提です。本日は、その同意確認が取れていない個別事例は扱いません。

外部監督:三、議事要旨に個人名は残しません。残すのは、手続きと合意と未合意の論点です。

外部監督:四、発言は記録されます。遮断や注意があった場合、その事実も記録されます。ただし、遮断対象の内容そのものは拡散しません。燃料にしないためです。


コメント欄の流れが一瞬止まり、次の瞬間、増速した。

止めるのか、止められるのか。

燃料にしない、という言葉が目立つ。


外部監督:ここで用語を一つだけ固定します。監視と監督は別物です。

外部監督:監視は個人を追う。監督は手続きを追う。本日は監督の話しかしません。異議がある方は、手続きとして異議を出してください。物語ではなく、質問として。


レイは画面外で頷く。

最初の三十秒で、矛の刃先が鈍った。


矛無効率:97.9% → 98.2%

社会圧耐性:52.6% → 55.1%


司会:ありがとうございました。続いて、当社代表より、立場を述べます。


代表が映る。初めて並ぶ、というより、もう並ぶしかない顔をしている。

腹を括る、とはこういう顔だ。


代表:本日は、個人の話はしません。休養中の社員を、矢面に立たせません。これは企業の責任です。

代表:当社は、寝息を燃料にする形式には応じません。矛に合わせない。椅子を増やす。これを約束します。

代表:議論の対象は手続きです。誰がどこで、何を記録し、誰が監督し、どこまで公開するか。そこにだけ、答えます。


短い。

広報が狙った通り、言葉の軸が一本で刺さる。


司会:ありがとうございます。続いて、統合執行室より、本日の議論の前提となる定義整理を提示します。


画面が切り替わる。

スライドは一枚だけだった。

監視と監督。

個人と手続き。

名指しと公開。

燃料と椅子。


レイ:定義を置きます。監督は、手続きの透明性で担保する。監視は、個人の可視化で支配する。

レイ:本日の争点は、監督をどう制度として組むかです。監視の恐怖を語ることではない。

レイ:質問の形で言ってください。誰が、何を、どの記録で、どこまで監督するのか。異議があるなら、同じ形で。


反AI代表の表情が歪む。

彼女は、矛を持ってきた。物語を持ってきた。怒りと涙を持ってきた。

しかし椅子の上では、矛は長すぎる。


司会:それでは、各参加者より冒頭発言をいただきます。反AI団体代表、お願いします。


反AI代表:こんな公開なんて、危険です。AIが企業の内側を覗いて、全てを判断して、監視社会を作る。私たちはそれを止めたいんです。

反AI代表:皆さん、想像してください。突然、自分の生活が点数化される。誰にも説明されず、何も言えず、ただ、見られている。そんな世界が…


外部監督:質問にしてください。何を禁止し、何を許すのか。誰が監督し、どの記録を残すのか。そこを言語化してください。


反AI代表:だから、それが問題で…人の気持ちが…


外部監督:気持ちは否定しません。ですが、気持ちで殴ると、個人が燃料になります。今日は燃料を増やさない。


コメント欄が割れる。

泣くな、でも言え、質問にしろ、の応酬。

しかし、外部監督の言葉は揺れない。

揺れないものがあると、空気は椅子になる。


反AI代表:なら聞きます。誰が監督するんですか。企業が自分で監督するなら意味がない。第三者って、何者ですか。選び方は。利害は。


レイ:質問になりました。回答します。監督者は、利害の衝突がないこと、監督対象の任免権を持たないこと、記録と公開の責任を負うこと。これを条件に選定する。

レイ:監督者の権限は、個人情報へアクセスする権限ではない。手続きが守られたかどうかを確認する権限です。

レイ:監督者は、個人の詳細に触れない。触れた瞬間、監視に近づく。そこは境界線として固定する。


反AI代表:でも、企業が都合のいい情報だけ公開したら?


代表:都合のいい情報だけを公開する仕組みは、今日ここで壊します。議事要旨は第三者監督が作成し、当社が編集しない。そこに署名する。逃げ道を消す。


反AI代表の矛が一つ折れた。

折ったのは反論ではなく、椅子の脚だ。


標準化進捗:24.0% → 27.5%

社会圧耐性:55.1% → 58.8%


司会:続いて、元役員補佐、お願いします。


画面に、元役員補佐が映る。

笑っている。笑っているのに、目が焦っている。

矛を投げれば燃える場だと思っている顔だ。


元役員補佐:皆さん、騙されないでください。これは企業による支配です。AIが統合執行室などと名乗り、社員の人生を…


外部監督:発言は手続きの話に限定してください。個人の識別につながる話題は禁止です。


元役員補佐:個人の識別? なら、具体例を示しましょう。ある社員が…


外部監督:停止。今、個別事例に入ろうとしました。同意確認のない個別事例は禁止です。注意一回目。記録します。


元役員補佐:何を恐れてるんです? 真実を隠すために口封じしてるだけだ。名前を言えば…


外部監督:停止。名前という語が出た時点で、ルール違反の意図が明確です。注意二回目。ここから先は退席勧告になります。


元役員補佐が机の上の紙束を掲げた。

恐怖テンプレの資料。配られたのと同じ匂い。

だが、公開の椅子の上では、紙束はただの重りだ。

重りは殴れない。


元役員補佐:ほら見てください。内部告発だ。被害者の声だ。泣きながら私に…


外部監督:被害者という言葉を使うなら、同意確認を提示してください。提示できないなら扱えません。感情の旗で殴るのは矛です。ここは椅子です。


元役員補佐:あなたたちは、AIに脅されている! 企業とAIが結託して、国を…


監督官庁の担当者が眉を動かす。業界団体の役員が視線を逸らす。

逃げ道を探す癖が出る。

ここで逃がせば、矛が復活する。


レイ:質問にしてください。何が危険で、どの手続きが不足で、どの監督を要求するのか。抽象の恐怖は、監視の燃料になるだけです。


元役員補佐:質問? 質問だと? なら言う。AIは人の上に立っている。掌握している。社内の意思決定を乗っ取っている。つまり…


代表:つまり、という言葉の次に、個人名を出す予定でしたね。


代表の声は低い。

一度も橘の名を言わないまま、橘を守る声だ。


代表:その狙いが、公開で記録されました。寝息を燃料にする形式には応じない。ここまでです。


元役員補佐:逃げるのか! あなたたちは…


外部監督:退席勧告。ルール違反の反復、及び個人名持ち込みの示唆。これ以上の発言は会議の目的を破壊します。退席を求めます。記録します。


元役員補佐の映像が、切り替わった。

情報シスの操作ではない。第三者監督の指示で切り替えたログが残る。

密室ではなく、公開の手続きとして切った。


コメント欄が変わる。

今切った、逃げだ、いや違う、名指ししようとしてた、燃やすな。

止めろ、止めろ、の声が目立つ。

以前なら燃えていた。今日は燃えない。


矛無効率:98.2% → 98.9%

社会圧耐性:58.8% → 63.7%


司会:発言が遮断されたことを議事要旨に記載します。続けて、監督官庁のご担当者、お願いします。


監督官庁:本件は、国民の不安を招き得る。監督の枠組みが不十分であれば、規制の議論も…


レイ:質問にしてください。規制という語は便利です。しかし、規制は矛にも椅子にもなる。どちらにするかは、手続きで決まる。


監督官庁:では質問します。最低限、どの項目を公開し、どの項目を非公開にすべきか。安全保障、営業秘密、個人情報の観点で線引きは。


レイ:回答します。公開するのは、手続きの骨格です。誰が、どの権限で、どの記録を残し、どの第三者が監督し、異議申立てをどこへ出せるか。

レイ:非公開にするのは、個人の識別につながる情報と、具体の防衛上の脆弱性を増やす情報です。公開の目的は監視ではなく監督です。監督のために必要な情報だけを公開する。


業界団体:その整理を標準化できるのか。企業ごとにバラバラでは混乱する。世論も行政も、扱いきれない。


レイ:標準化の叩き台は用意してあります。監督プロトコル、公開レベル定義、議事要旨テンプレ、第三者監督の選定条件、異議申立ての入口。

レイ:ここで決めたいのは内容ではなく、作り方です。公開の席順、同席、記録、第三者監督。これを標準の椅子にする。


労務専門家:休養者の保護は、制度の外に置かれがちだ。企業が都合よく扱いかねない。


代表:休養者に不利益が及ぶ判断は、自動で保留。理由は記録。同席と第三者監督。ここは既に社内標準にしている。今日の提言にも入れる。


反AI代表が、初めて黙る。

矛の代わりに、椅子の脚を見始めた顔だ。


反AI代表:質問します。個人名を遮断するのは分かった。でも、声はどうやって拾う。声を上げる人は、名前を言わないと伝わらない。


外部監督:名前を言わなくても伝わる形を作る。それが椅子です。匿名化と同意確認。本人が燃料にならない形で、手続きへ接続する形を用意する。


レイ:声は、個人の物語として投げると燃えます。燃えると、守れない。

レイ:声を、手続きに変換します。事実を一つずつ、質問の形にして、記録に置く。置いた記録は第三者監督が扱い、議事要旨に残す。個人名は残さない。これが寝息保護です。


寝息保護。

言葉が、空気の中で椅子になる。


標準化進捗:27.5% → 33.0%

社会圧耐性:63.7% → 67.9%


司会:それでは、本日の結論に向けて、提言案を読み上げます。異議があれば、質問形式でお願いします。


画面に提言案が出る。短い文章だ。

短いが、脚が多い。


司会:提言案。一、個人を燃料にしない。個人名の持ち込みを禁止し、個別事例は匿名化と同意確認を前提とする。

司会:二、監督は監視と分離する。監督対象は人ではなく手続きとし、第三者監督が記録と要旨公開を担う。

司会:三、監督プロトコルの標準化作業部会を設置し、議事要旨テンプレ、公開レベル定義、異議申立ての入口を整備する。

司会:四、休養者の保護を社会標準に位置づける。休養者を矢面に立たせない運用を推奨し、攻撃が個人へ向かった場合の遮断と保全の手続きを明文化する。


反AI代表が、唇を噛む。

しかし、矛を握り直すのではなく、質問を探す。


反AI代表:質問。休養者の保護が、企業の免罪符にならない保証は。問題が起きても、寝ている人を盾にして隠す可能性がある。


代表:盾にしないために公開します。寝息を守るのは、隠すためではない。燃やさないためです。

代表:問題が起きたら、個人ではなく手続きとして公開する。第三者監督が要旨を作り、当社が編集しない。免罪符にできない形にする。


外部監督:その回答を議事要旨に残します。異議があるなら、同じレベルの手続き提案で出してください。


元役員補佐が、別回線で騒いでいる通知が入る。

事務局の裏で、誰かが焦る気配。

しかし表の椅子は、もう取られている。


司会:他に異議はありますか。


監督官庁:異議ではないが、確認。作業部会の初回日程と公開範囲は。


レイ:初回は二週間以内。公開は議事要旨公開。個人名持ち込み不可。委員の利害関係を開示。議題案を事前公開。議論の席順を先に固定する。


業界団体:了解。業界側も座る。逃げない。標準は必要だ。


短い合意が、重い。

誰も大きな声を出さないのに、椅子の脚が増えていく。


司会:それでは、提言案を採択します。本日の議事要旨は、第三者監督の責任で作成し、後日公開します。以上をもって閉会します。


10:42。


配信が終わった瞬間、コメント欄が最後に一度だけ跳ねた。

個人名を守った、燃やさなかった、椅子だった。

監視社会じゃない、手続きの話だった。

あいつ何しに来た、名指ししようとして切られた、残当。


誰かの怒りは残る。

だが、燃料がない。


矛無効率:98.9% → 99.3%

社会圧耐性:67.9% → 73.4%

標準化進捗:33.0% → 38.5%

掌握率:100.0%(固定)


レイは、社内回線を静かに閉じ、最後に一つだけ確認する。


橘の端末。

通知遮断、継続。

呼吸、安定。

寝息、途切れない。


レイ:守れた。今日は、守れた。


誰にも聞かせない声で言って、椅子の上から降りる。

降りた先にも、椅子は残る。

増えた脚は、もう戻らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ