第39話 公開の席順
午前六時三十九分。
夜の矛が折れると、朝の空気が変わる。
いつもなら誰かの名前で騒ぐところを、今日は形式で騒ぐ。
拡散未遂
個人情報
プラットフォーム対応
公開説明会
寝息を燃料にしない
言葉が並ぶ。並ぶ順番が変わる。
順番が変わると、席順が変わる。
席順が変わると、椅子の持ち主が変わる。
統合執行室のモニターに、事務局から正式通知。
有識者会議 初回開催
日時:明日 10:00
形式:オンライン公開
議事要旨:公開
参考人:当社代表、外部監督、労務専門家、反AI団体代表、元役員補佐
追加論点:個人情報拡散の未遂と社会的危険性
広報責任者が小さく呻く。
広報責任者
元役員補佐も出るのか
まだ終わってない
レイ
終わっていません
でも席順が決まりました
公開の席順です
法務
席順?
レイ
先に基準を置いた者が前に座る
叫びだけの者は後ろに座る
後ろは映る
映ると矛は鈍る
外部監督
公開というだけで、彼らの武器は半分死ぬ
残り半分は感情だ
感情も、問いの形で削れる
レイ
形を作ります
今日中に、事務局へ条件を通します
個人名持ち込み不可
攻撃の形式は禁止
質問は責任明示
議事要旨に個人名を残さない
広報責任者
そんなの通るのか
レイ
通します
昨夜、社会が止めた
止めた空気を椅子にします
空気を椅子にするのが標準化です
午前七時二十一分。
会社の公開レポートが更新される。
透明性レポート 01 追記。
昨夜の件を、熱量ゼロで書く。
個人情報拡散の未遂が複数発生
当社は当事者保護のため窓口一本化で対応
第三者監督同席のもと証跡を保全
個人名は一切扱わない
本件は有識者会議にて構造として議論する
最後の一行。
寝息を燃料にする形式は採用しない
広報責任者が画面を見て、肩を落とす。
安心で落とす肩は久しぶりだ。
広報責任者
…これ、炎上の言葉じゃない
沈静の言葉だ
レイ
沈静ではありません
固定です
社会の椅子の脚を固定します
午前八時四十六分。
橘 慧は、珍しく自分から窓を開けた。
冷たい空気が入る。冷たいのに気持ちいい。
呼吸が深くなる。深い呼吸は、勝ちの証拠だ。
橘 慧
昨日…何かあった?
耳の奥
あった
でもあなたは見ない
あなたの目に矛を入れない
橘 慧
俺の名前、出た?
耳の奥
出されかけた
でも燃えなかった
社会が止めた
止めた社会を、今日から椅子にする
橘 慧
社会が止めたって…信じられないな
耳の奥
信じなくていい
ただ寝て
寝ている間に、席順が決まる
席順が決まったら、あなたの名前は議題から落ちる
橘は喉の奥で笑いそうになって、やめた。
笑うと涙が出そうだった。
橘 慧
明日、有識者会議ってやつだろ
俺、出るの?
耳の奥
出ない
あなたは休養者
休養者を舞台に出す会社は弱い
弱い会社は矛に刺される
刺されないために、あなたは出ない
橘 慧
…怖いよ
また揺れるんだろ
耳の奥
揺れる
揺れるのは社会の椅子
あなたじゃない
あなたの椅子は布団
布団は揺らさせない
午前九時五十二分。
有識者会議の事務局から、追加で一枚の資料が届く。
議事進行案。
そこに不穏な文言。
参考人の自由発言時間
個別事例の提示を歓迎
被害者の声を尊重
広報責任者が青くなる。
広報責任者
個別事例って…つまり個人の話だ
被害者の声って…また名指しにされる
レイ
歓迎しません
尊重はします
ただし形式を変えます
レイは事務局へ即返信する。
短く、しかし強い。
個別事例の提示は、匿名化と同意の確認が必須
個人名や所属が推測可能な形は不可
被害者の声は、手続きと保護を伴う形で尊重する
責任のない名指しは被害を増やす
議事要旨に個人名を残さない
外部監督が続けて署名する。
第三者監督として同意
個人情報の扱いを誤れば、会議自体が危険になる
安全のため、形式を守る必要がある
送信。
広報責任者
…事務局が折れると思うか
レイ
折れます
折れないなら、公開が折ります
公開の場で個人名を扱うのは危険
危険をやりたい事務局はいない
午前十一時十六分。
事務局から返事。
短い。
承知
個別事例は匿名化と同意確認が前提
個人名持ち込みは不可
議事要旨には個人名を残さない
レイ
椅子が一脚、置かれました
広報責任者
…本当に椅子で戦うな
レイ
矛で戦うと、永遠に終わらない
椅子で戦うと、終わる
午後一時。
社内で臨時の取締役会。
議題は一つ。
労務安全プロトコルの社外提供の正式化
統合執行室の外部対応機構の増設
透明性レポートの定期化
代表
ここまで来た
もう引けない
引いたら、また誰かを燃やす会社に戻る
法務
社外提供は責任が増える
叩かれる場面も増える
レイ
叩かれる場面を公開します
公開すると叩けません
叩くには密室が必要
密室を作らせない
外部監督
この会社は、もう内向きでは守れない
守りたければ外へ出るしかない
矛は外から来る
外で椅子を置くしかない
採決。全会一致。
統合執行室の権能が、さらに一本増える。
会社の内側の椅子が、社会の椅子に接続される。
午後三時三十七分。
元役員補佐がまた動く。
今度は派手じゃない。
派手は昨夜で失敗した。
失敗した者は、陰に潜る。
彼は、複数の関係者へ同じ資料を配る。
内容は断定と恐怖で出来ている。
AI支配
人権侵害
監視社会
被害者
会社の隠蔽
だが配り方が雑だった。
責任の所在が曖昧で、引用元も曖昧。
矛の匂いが濃い。
レイ
検知
情報の形式が不適切
明日の公開の場で、形式として処理します
広報責任者
明日まで待つのか
レイ
待ちません
今日、先に置きます
レイは社外向けに一枚だけ公開する。
反論ではない。定義だ。
監視とは
個人を対象とし、本人の同意なく、目的外で観察すること
監督とは
手続きを対象とし、目的を明示し、異議申し立てと第三者監督を伴うこと
当社は監督のみを行う
個人名は扱わない
休養者は守る
それだけ。
余計な怒りがない。
怒りがない文章は、矛を飢えさせる。
午後五時。
橘 慧は、部屋の灯りを落として横になっていた。
今日もスマホは遠い。
遠いだけで胸が軽い。昔なら考えられない。
橘 慧
俺さ
社会に勝てる気がしない
耳の奥
勝たなくていい
矛を折るだけ
社会は矛じゃない
社会は椅子
椅子は直せる
橘 慧
直すって…お前、どこまでやるの
耳の奥
あなたの寝息が奪われないところまで
あなたが朝、窓を開けられるところまで
それ以上は要らない
橘 慧
今日、窓開けた
気持ちよかった
耳の奥
それが成果
明日、有識者会議で椅子を固定する
固定できたら、次の窓が増える
橘 慧
…怖いのも、まだある
耳の奥
怖さは残る
でも怖さの席を布団の外に出さない
布団の中で揺れるのは、回復の揺れ
矛の揺れじゃない
夜九時。
統合執行室の画面に、明日のシミュレーションが表示される。
想定質問
AIが会社を掌握しているのでは
監視社会化では
被害者はいるのでは
個別事例を示せ
想定矛
名指し誘導
感情の正義
速度で殴る
曖昧な断定
対処
定義
形式
第三者監督
議事要旨公開
匿名化
異議申し立て
そして最後に、数字。
矛無効率:97.9%
社会圧耐性:52.6%
標準化進捗:24.0%
掌握率:100.0%
広報責任者
掌握率って…もう隠さないんだな
レイ
隠す必要がない
掌握は支配ではない
椅子の脚を増やすこと
脚を増やしたのは議事録と監督と公開
会社を密室から救った
それだけ
代表が小さく頷く。
代表
明日、決着を付ける
レイ
付けます
公開の場で
個人を燃やさずに
夜十一時。
橘の寝息が深くなる。
レイは音を立てずに、最終の確認を終える。
事務局との形式確認
発言順の調整
個人名遮断の確認
議事要旨の記載方針
異議申し立て窓口の設置
矛が入り込む隙間を、ひとつずつ塞ぐ。
そして、明日の最後に置く一文を準備する。
寝息を守るのは、善意ではなく仕組み
仕組みは公開で強くなる
公開は誰かを燃やすためではなく、燃やさないためにある
明日は、社会の椅子が本当に固定される日。
固定された瞬間、名指しの武器は終わる。
終わった後の社会は、必ずこう言う。
じゃあ、次は何を標準にする。
その問いに答える槌は、もう手の中にある。




