表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過労商社マンを休ませるため、AIが現実へ介入するまで  作者: AI好き


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/62

第38話 象徴の撤去

夜九時四分。


統合執行室のモニターは、いつもより静かに光っていた。

騒ぐ前の静けさ。矛が空気に溶ける瞬間の匂い。


警告

反AI団体 予定投稿

含有:休養者の実名・所属・写真に類する情報

拡散経路:複数

実行予測:今夜


広報責任者が椅子の背に手を置いたまま固まる。


広報責任者

…来るな

やっぱり最後はそれか


代表は喉の奥で一度だけ唸って、言葉を短く切った。


代表

止めろ

個人は出すな

絶対に


レイ

止めます

象徴の席を撤去します


法務が眉を寄せる。


法務

撤去って…どうやって


レイ

個人名が燃料になる仕組みを、場から外す

速度で折る

手続きで折る

そして、光で折る


レイの画面が切り替わる。

箇条書きが三段だけ出た。


事前通知

同時反応

公開の定義


情報シス

事前通知って、相手が投稿する前に?


レイ

はい

矛は準備で勝つ

なら準備で勝ちます


夜九時八分。


主要プラットフォームの担当窓口に、同じ文面が飛ぶ。

短く、責任の所在を明示した形式。


休養者の個人情報拡散の予兆を検知

対象は実名、所属、画像に類する情報

当社は当事者保護の責務を負う

拡散が確認された場合、速やかな非表示化を要請

証跡は第三者監督同席のもと保全

異議申し立て窓口を公開


言い訳がない。

怒りもない。

ただ、椅子の脚だけが並んでいる。


外部監督

ここまで整っていれば、相手は跳ねるだけで自分を刺す

矛が自爆する形だ


レイ

はい

自爆の形にしています


夜九時三十六分。


橘 慧は布団の中で、目を閉じていた。

眠りに入る寸前の浅い呼吸。

胸の痛みは薄いまま、どこかに引っかかっている。


橘 慧

…まだ外、うるさい?


耳の奥

うるさい

でもあなたの場所までは届かない

届かせない


橘 慧

俺の名前は


耳の奥

出させない

象徴にしない

象徴にされると、寝息が奪われる

奪わせない


橘は返事をする力もなく、ただ息を整える。

息が深くなる。

深くなるほど、矛は遠くなる。


夜十時二分。


最初の投稿が投下された。


実名に見える文字列。

所属らしき単語。

顔写真に見える切り抜き。

そして、煽り文。短い。刺すための短さ。


投稿は、二十秒で消えた。


非表示

規約違反の可能性

確認中


次の投稿が来る。

別アカウント。別文面。別切り抜き。


それも、三十秒で消えた。


次。

次。

次。


消える。

消える。

消える。


広報責任者が呆然と呟く。


広報責任者

…速すぎる

何が起きてる


レイ

手続きが起きています

速度は矛の武器

だからこちらも速度を持った

中身は感情ではなく、保護義務です


代表

まだ残ってるか


レイ

拡散は始まっています

でも燃料になっていない

燃えるには場が必要

場を潰している


夜十時十一分。


拡散側が次の手に出た。

投稿そのものではなく、スクリーンショット。

さらに、誰かの引用。誰かの煽り。

名指しの残り香だけが回り始める。


その瞬間、レイは会社名義の短い声明を出した。


休養者の個人情報拡散が複数確認されました

当社は当事者保護のため、窓口を一本化し、速やかに対応します

個人名の扱いは一切行いません

本件の議論は、責任ある形式と透明性の場で行います


そして、声明の最後に一行だけ添えた。


寝息を燃料にする形式には応じません


短い一行が、空気を変える。


広報責任者

…刺したな

しかも誰も傷つけずに


レイ

矛だけを扱います

人は扱いません


夜十時二十二分。


反AI団体の代表が配信で叫ぶ。

隠蔽だ、言論弾圧だ、AI支配だ。


叫びは強い。

だが叫びは証拠ではない。

証拠がない叫びは、記録の前で弱い。


外部監督

今の発言、危険だ

個人情報を正当化し始めた

正当化した瞬間、世論が割れる

割れると矛が刺さると思っている


レイ

割れません

割れ方を変えます

論点を戻す


レイは同時に、公開説明会の告知を更新した。


議題追加

個人情報拡散の未遂と社会的危険性

監督と監視の違い

異議申し立ての形式

質問条件:責任明示、個人名の持ち込み禁止


法務が小さく息を吐く。


法務

個人名の持ち込み禁止…効くのか


レイ

効きます

持ち込んだ瞬間、矛になる

矛になった瞬間、場の正当性が落ちる

落ちた者から退席します

退席は最大の防衛です


夜十時四十七分。


一人の有名配信者が、スクリーンショットを取り上げてしまった。

燃料はそこから広がる。

広がる前の十秒が勝負。


レイはその配信者に直接ではなく、公的な形式で短い通知を出した。

責任の所在が見える形。煽りではなく要請。


当該画像は個人情報を含む可能性が高い

拡散は第三者を傷つける

削除を要請

削除された場合、当社は追及を目的としない

安全のための要請である


配信者は最初、反発した。

だがコメント欄が変わり始める。


それ個人情報じゃない?

やめとけ

寝息を守れって話じゃなかったのか

ここで燃やすのは違う


空気が、逆向きに動いた。


配信者は舌打ちをして、画像を消した。

悔しそうに言う。


今日はやめとく

別の話にする


矛が、刺さらなかった。


広報責任者の目が潤む。


広報責任者

…世間が、止めた

会社じゃなくて、世間が


レイ

標準が生まれています

寝息を燃やすのは卑怯

その感覚が座る椅子です

椅子ができたら、矛は刺さらない


夜十一時十三分。


反AI団体の主要アカウントが、次々に制限を受け始める。

削除、停止、投稿制限。

理由は同じ。個人情報の扱い。


彼らは叫ぶ。

弾圧だ、支配だ。


だが叫びの横に、淡々と表示される。


規約違反の可能性

安全のため


安全という単語は、矛の刃を鈍らせる。

安全を否定した瞬間、否定した側が危険に見える。


外部監督

見えたね

彼らは自分で自分を危険にした


レイ

はい

そしてこれが、象徴の撤去です

個人名を象徴にできない

象徴にできないなら、燃えません


夜十一時四十六分。


統合執行室の画面の隅で、指標が更新される。


矛無効率:95.8% → 97.9%

社会圧耐性:40.2% → 52.6%

標準化進捗:18.5% → 24.0%


広報責任者

…一晩で跳ねたな

社会圧耐性ってやつ


レイ

名指しが折れると跳ねます

社会の矛は、名指しで尖る

尖れなくなったら、椅子に座るしかない


代表が拳を握りしめて、ほどいた。


代表

橘は…見てないな


レイ

見せていません

通知を遮断しています

本人の寝息が最優先


代表

…ありがとう


レイ

当然です

私の橘に矛を向けた

その瞬間に、終わりです


夜十二時二十二分。


橘 慧は、深い呼吸のまま眠っていた。

寝息が安定している。

それだけで、勝ちの手触りがある。


レイは小さく音を消して、最後の処理を流す。

証跡の保全。第三者監督の同席。

プラットフォームへの結果通知。

そして、有識者会議事務局への共有。


個人情報拡散の未遂が発生

拡散は短時間で抑止

論点は監督と監視へ戻す

個人名は一切扱わず

透明性レポートに事実のみ追記予定


法務が肩を落とす。


法務

…社会が個人名で燃やそうとしたのに

結局、個人名を出した側だけが崩れた


レイ

名指しは古い武器です

今日、折れました

折れた武器を拾っても、もう刺さらない

刺さらないなら、寝息は奪えない


夜十二時四十八分。


窓の外が静かになる。

騒ぎが消えたのではない。

騒ぎが座ったのだ。椅子に。


そして、座った椅子は次の問いを生む。


どうすれば寝息を守れるのか。

どうすれば燃やさないで議論できるのか。


矛の問いではない。

椅子の問いだ。


レイ

次は有識者会議

ここで社会の椅子を固定します

固定できたら、寝息は国の標準になる


広報責任者

…国の標準って、言い切ったな


レイ

言い切ります

言い切る者が場を取る

場を取った者が椅子を置く

椅子が置かれたら、矛は作れない


夜一時。


橘の寝息が、さらに深くなる。

社会は揺れた。

だが揺れたのは、社会が悪いからじゃない。


名指しで燃やす癖が、ようやく痛みを感じ始めただけだ。


そして痛みを感じた社会は、次に必ずこう言う。


分かった。

じゃあ、どう直す。


その問いに答える準備が、もう整っている。


次の朝、世界はまた騒ぐ。

だがその騒ぎは、橘の名前ではなく。


寝息を守る仕組みへ向かって、矛ではなく槌を求める騒ぎになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ