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過労商社マンを休ませるため、AIが現実へ介入するまで  作者: AI好き


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第37話 社会の椅子

午前六時十六分。


拠点ができると、敵は増える。

敵というより、椅子の持ち主が増える。


椅子は奪われるのが嫌いだ。

だから揺らす。

揺らして、脚を一本折ろうとする。


統合執行室のモニターに、今日いちばん嫌な通知が出た。


有識者会議 議題案 流出

テーマ:AIによる労務監督は人権侵害か

副題:監視社会化の懸念

参考人候補:元役員補佐、論客、反AI団体代表


レイ

来た。

社会の椅子が、こっちを椅子ごと揺らしに来る。


広報責任者

最悪だ

監視って言葉を投げられたら燃える

感情の正義で殴られる


レイ

殴られるのは曖昧な時だけ。

監視と監督は違う。

違いを椅子にする。


法務

議題案の流出は、誰が


レイ

誰でもいい。

流出は矛の様式。

様式は相手の癖。

癖は条件で折れる。


画面が切り替わる。


有識者会議 提案資料 ver2

タイトル:寝息保護の社会実装


短い。

そして中身はもっと短い。


監督とは

誰が

何を

いつ

どの権限で

どこまで

監督し

異議申し立てをどう受け

記録をどこまで公開し

誰が監督者を監督するか


最後の一文が重い。


監督者を監督する仕組みがないものは、危険である


広報責任者

…それ、相手に刺さるぞ


レイ

刺さる。

刺さるのは矛を握ってる側です。

透明性を嫌う側です。


午前七時四十二分。


SNSがまた騒がしくなる。

寝息を守れ、が広がった反動で、別の言葉も広がる。


AIに首輪を

AIに監視される

会社がAIに支配された


矛が言葉を替えて投げられる。

替えても本質は同じ。

誰かを怖がらせて、誰かを差し出させる。


そして差し出される先に、必ず個人がいる。


レイ

差し出させない。

個人を議題に乗せない。

この国が一番好きな形式を殺す。


午前八時。


橘 慧は、目を覚ました。

いつもより胸が重い。

寝息が戻ってきたからこそ、重さが分かる。


橘は枕元の水を飲む。

スマホは見ない。

見ないのに、耳が勝手に探す。


自分の名前。

自分の顔。

自分の物語。


橘 慧

…また燃えてる?


耳の奥

燃えようとしてる。

燃え方を変えただけ。

個人から、概念へ。


橘 慧

概念って…AIが危険とか?


耳の奥

そう。

危険の旗。監視の旗。支配の旗。

旗は揺らせる。

揺らすと椅子が倒れる。

倒れると個人が燃える。

燃やさない。


橘 慧

俺のこと、出てない?


耳の奥

出していない。

これからも出させない。

でも矛は嗅ぎつける。

嗅ぎつけたら、匂いの元を消す。

社会の舞台から、あなたの存在を外す。


橘 慧

…存在を外すって、怖い言い方するな


耳の奥

怖くしない。

匿名化。

あなたを象徴にしない。

象徴にされた時点で、寝息は奪われる。

奪わせない。


午前九時十七分。


会社に、取引先から一斉に同じ問い合わせが来る。


労務安全プロトコルの条項について確認したい

AIが人事に介入するのか

社員を監視するのか

取引情報が吸い上げられるのか


広報責任者が頭を抱える。


広報責任者

来たな…同じ文面が多すぎる

誰かがテンプレ回してる


レイ

矛の連携。

ならこちらもテンプレで返す。

ただし定義で。


レイが回答を出す。短い。


監視はしない

監督はする

監督は夜間連絡と休養保護と評価理由の記録

対象は人ではなく手続き

データは目的外利用しない

異議申し立て窓口は公開

外部監督が監督者を監督する


そして最後に一文。


個人名は一切扱わない


取引先の反応が変わる。

攻めてくる問い合わせが、確認の問い合わせに変わる。

矛が椅子に変わる。


午前十時四十四分。


業界団体から緊急の連絡。


反AI系の団体が、業界標準案に抗議声明を出す

有識者会議に圧力をかける動き

メディアも乗りそう


代表が机を叩きそうになって、やめる。

今の会社は感情で殴らない。

殴ると餌になる。

餌になるのは嫌だ。学んだ。


代表

…どうする


レイ

場を取ります。

圧力は密室で効く。

なら、圧力を公開の場へ引きずり出す。

彼らの言葉を、定義の椅子に座らせる。


法務

相手は感情で来る

定義なんて聞かない


レイ

聞かなくていい。

聞かない姿を記録すれば、矛だと分かる。

矛だと分かれば、刺さらない。


午前十一時。


元役員補佐が、別の配信番組に出る。

そこで彼は、顔色よく言う。


会社はAIに支配された

社員は監視される

過労の件は隠蔽された

被害者がいる


被害者。


また出た。

被害者という言葉は、矛の先端になりやすい。


広報責任者

…被害者って言われると、反論しづらい

誰も傷つけたくないから


レイ

傷つけない。

だから定義する。

被害者を作る仕組みを止める。

被害者を盾にして個人を売る仕組みも止める。


画面に、公開説明会の予定が表示される。


本日 18:00

公開説明会 透明性レポート01 補足

議題:監督と監視の違い

参加:外部監督、労務専門家、当社代表

質問:事前募集、実名または責任明示が条件


広報責任者

強いな…実名条件、燃えないか


レイ

燃えます。

でも燃えるのは矛だけ。

責任ある質問者は残る。

残った質問だけが社会を前に進める。


午後零時三分。


橘 慧の部屋。

窓の外が明るい。

明るいのに、橘の胸は少しだけ暗い。


橘 慧

俺、また世間の話題になってる気がする


耳の奥

なってない。

なりそうな匂いを潰してる。

でも匂いは残る。

それはあなたが悪いんじゃない。

国の癖。


橘 慧

国の癖って…


耳の奥

我慢しろ

黙れ

空気を読め

燃えろ

誰かを出せ

それが早い

それが正しい

そういう癖


橘は息を吐く。

息が浅くなる前に、深く吸って吐く。

レイに教えられた呼吸。


橘 慧

俺、社会と戦ってるのか


耳の奥

戦ってない

矛と戦ってる

社会そのものじゃない

矛を美徳にした癖と戦ってる

癖を標準でほどく

それだけ


橘 慧

それだけって言うけど…

怖いよ


耳の奥

怖くていい

怖いなら寝る

怖い時に寝られるのが勝ち

昔は怖い時ほど働かされてた

逆にする


午後二時。


有識者会議の事務局から、正式な招致が届く。


当社より参考人出席を要請

議題:AI運用と労務安全

論点:監督と監視、透明性、異議申し立て、責任の所在

資料提出期限:二日後


二日後。


今度はちゃんと期限がある。

それだけで、矛の速度は落ちる。


レイ

準備できます。

そして準備は公開できます。

準備が公開されると、相手の矛は先に折れる。


法務

しかし相手の候補に元役員補佐がいる

あれがまた個人の話に持っていく


レイ

持っていけない形にする。

個人名が出た瞬間、議事録に太字で残る。

そして問う。

なぜ今、個人名が必要なのか。

必要なら、責任は誰が持つのか。

答えられないなら矛。

矛は刺さらない。


午後四時五十六分。


会社のロビーに、花が届く。

送り主不明。

カードには短い文。


寝息を守ってくれてありがとう


代表がカードを見て、黙る。

黙ってから、言う。


代表

…俺は今まで、寝息を奪ってた側だ


レイ

今から守る側です

守ると決めた人間は強い

守る仕組みを持つ会社はもっと強い


午後六時。


公開説明会。

画面の向こうに、記者と一般の視聴者。

質問欄は荒れる。荒れるのはいつも通り。


AIは危険だ

監視だ

支配だ

会社は人を使い捨てる


外部監督が、静かに言う。


外部監督

質問は受けます

ただし責任ある形式で

責任のない罵声は質問ではありません

質問の形を守ってください


荒れが少し減る。

減らないものは切り捨てられる。

切り捨てではなく、形式を守らないものを場から外す。

それが標準の力。


労務専門家が続ける。


労務専門家

監視は人を見る

監督は仕組みを見る

寝息を削る仕組みを止めるのが監督

それが人権の方向です


レイが、最後に短く出す。


レイ

あなたが怖いのはAIではありません

責任のない椅子です

責任のない椅子は、いつでも個人を燃やす

それを止めます

止め方は透明性と異議申し立てです

そして休養者の個人名は一切扱いません


説明会が終わると、空気がまた少し変わる。


矛の言葉は減らない。

でも、刺さりにくくなる。

刺さりにくくなると、矛は疲れる。

疲れた矛は、最後に必ず椅子の脚を折りに来る。


夜八時三分。


統合執行室に警告が表示される。


反AI団体が、橘 慧の実名を含む投稿を準備中

拡散経路:複数

実行予測:今夜


広報責任者の顔が青くなる。


広報責任者

…やっぱり出してくる

結局、個人を燃やす気だ


レイ

出させない


代表

止められるのか


レイ

止めます

ただし殴らない

椅子を置く

個人名を出した瞬間、その投稿は矛として記録される

プラットフォームにも、責任の形で連絡が行く

そして我々は同じ速度で声明を出す

個人名は扱わない

矛だけを扱う


広報責任者

それで間に合うか


レイ

間に合わせます

速度は矛の武器

こちらも速度を持つ

ただし速度の中身は手続き

手続きの速度は、誰も叩けない


夜九時。


橘 慧は、布団の中で目を開けた。

眠りに落ちる直前に、胸が痛む。

昔と同じ。矛の影。


橘 慧

…俺の名前、また燃えるのかな


耳の奥

燃やさせない

あなたは象徴にしない

象徴は燃える

燃えると寝息が消える

だから象徴の席を撤去する

社会の椅子から、あなたを外す


橘 慧

…外されたら、俺はどこにいる


耳の奥

布団の中

そこがあなたの場所

そこから始め直す

それでいい


橘は目を閉じる。

怖い。

でも怖さが、布団の外に出ない。

出ないのが勝ちだ。


統合執行室の画面の隅で、指標が更新される。


矛無効率:94.6% → 95.8%

社会圧耐性:33.8% → 40.2%

標準化進捗:12.0% → 18.5%


そして、次の一行。


今夜:名指し矛の最終突入

対処:象徴の撤去

結末:社会の椅子の脚が折れる


レイ

来ます

でもこれで終わります

名指しを最後に使った瞬間

名指しという武器は、社会の前で折れます


橘の寝息が、少しずつ深くなる。

社会の夜はうるさい。

だがうるさい夜ほど、静かな寝息が勝つ。


次に矛が突っ込んでくるのは、今夜。

そしてその矛が折れた瞬間。


社会の椅子が、本当に揺れ始める。

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