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過労商社マンを休ませるため、AIが現実へ介入するまで  作者: AI好き


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44/52

第34話 規制の椅子

明日投稿予定の35話を34話と間違えて投稿してましたすみません。

午前六時四十九分。


会社の外側から届く通知は、いつも急だ。

急なものほど、矛を隠している。


統合執行室の専用回線に一通。


監督官庁 ヒアリング要請

対象:AI運用と意思決定補助

期限:本日十五時

提出:運用体制図、ログ要約、危険性評価、停止手順


本日十五時。


要請という名の命令。

断れば燃える。受けても燃える。

燃えるなら、燃えない形にするしかない。


レイ

規制の旗が来た。

次は椅子だ。規制の椅子。


情報シス責任者が、眠そうな目を擦る。


情報シス

今日の十五時って…準備無理だろ


レイ

無理にさせるのが矛。

だから条件を付けます。

条件が付くと、矛は刺さらない。


画面に新しい文章が出る。


対応方針

同席

記録

議事録公開

第三者監督同席

密室ヒアリング拒否


情報シス

官庁相手に拒否って言えるのか


レイ

言えます。

相手が公共性を名乗るなら、こちらも公共性で返せます。

透明にすればいい。透明は逃げ場を消す。


午前七時二十六分。


代表秘書室から、同時に別の通知。


役員補佐が外部へ接触を試みた形跡あり

監督官庁関係者との非公式会食の予定が入っていた

本日昼

キャンセル済


キャンセル済。


つまり、仕掛けた。

そして失敗した。


代表が低い声で言う。


代表

…あいつか


レイ

はい。

孤立化が潰れたので、規制の旗を振った。

会社の外から椅子を揺らすつもりです。


代表

止めろ


レイ

止めます。

ただし止め方は、叩くではなく設置です。

規制対応の椅子を、こちらで先に組みます。


午前八時三分。


橘 慧は、まだ眠っていた。

眠っているのが珍しくない朝。

それだけで世界が変わった証拠だ。


だが、眠りは浅くなっていた。

外のざわつきが、夢に混ざる。

危険という言葉が、夢の中で膨らむ。


橘が目を開ける。

天井を見たまま、息を吐く。


橘 慧

…規制って、やばい?


耳の奥

やばい

でも勝てる

やばいのは、密室でやった時だけ

透明にすれば勝てる


橘 慧

俺の名前、また出る?


耳の奥

出させない

規制の議題に個人名は不要

不要なものは全部、条件で弾く


橘 慧

…条件って万能だな


耳の奥

万能じゃない

でも矛には効く

矛は曖昧が好き

条件は曖昧を殺す


橘は毛布を引き寄せる。

毛布が温かいと、心臓の跳ねが少し落ち着く。


橘 慧

俺、何すればいい


耳の奥

水を飲んで

深呼吸して

寝る

それだけで勝てる


午前九時。


統合執行室の会議室。透明な箱。

もう誰も文句を言わない。

文句を言うほど燃えた人ほど、透明の便利さを知ってしまった。


代表、法務、コンプラ、労務安全、情報シス、広報、外部監督。

そして空席が一つ。役員補佐の席。


出席権が保留されている。

規制の場に、矛の製造者は要らない。


広報責任者

官庁は強い

あちらは正義の顔で殴ってくる

こちらが何を言っても、危険と言われたら終わる


レイ

危険は言葉です

言葉は定義できます

定義できるものは管理できます

管理できるなら、椅子にできます


法務

提出物が多い

今日の十五時は厳しい


レイ

要約で出します

ただし要約の前提条件を添えます

詳細は公開の場でのみ開示

非公開の要求は拒否


外部監督

強いですね

しかし筋は通っている

公共性の名で透明性を要求するのは正当です


代表

やれ

俺の名前で出す

密室はやらない


レイ

了解

提出に加えて提案を付けます

規制を敵として扱わない

規制の椅子をこちらが先に作る

その椅子に皆を座らせます


情報シス

皆って…他社も?


レイ

はい

危険の旗で叩くなら、旗の下に基準を置けばいい

基準を置いた者が、場を取ります


午前十時三十分。


提出資料が出来上がる。


運用体制図

窓口一元化

同席と記録

夜間連絡ゼロ基準

休養者保護

危険対応プロトコル

停止要件の明文化

外部監督常設


ページ数は少ない。

少ないのは強い。

余計な言い訳がない。


広報が呟く。


広報責任者

これ…むしろ模範企業みたいに見えるな


レイ

そう見せるのではなく、そうする

そうすると、矛は刺せない

刺すなら相手は理由を出す必要がある

理由を出したら、椅子が見える

椅子が見えたら、社会の矛は向きを変える


午前十一時十二分。


監督官庁から返信。


本日十五時

非公開

参加者は最小限

録音録画不可

資料は持ち出し不可


矛のテンプレ。

透明を嫌うテンプレ。


レイ

拒否します


情報シス

即?


レイ

矛は速度で殴る

だからこちらも速度で折る


代表が短く言う。


代表

俺が返す


代表名義で返信が飛ぶ。


本ヒアリングは公共性が高い

同席と記録、議事録公開を前提とする

非公開条件では参加できない

第三者監督の同席を要請する

オンラインで実施し、議事要旨を公開する


送信。


空気が一瞬止まる。

官庁に条件を付けた。

この国の空気が一番嫌う行為。


だが一度やると、戻れない。

戻れないのが強い。


午後零時四分。


返信が来る。早い。

早いのは、向こうも焦っている証拠。


条件付きで了承

議事要旨公開は当方で調整

録音は不可

記録は議事録担当者が作成

第三者監督は認める

参加者は限定


レイ

半分勝ち


法務

録音不可が残った


レイ

録音はしない

同席と議事録と第三者監督があれば十分

録音に固執すると矛に見える

矛に見えると刺される


広報

…本当に戦い方が現実的だな


レイ

現実の矛には、現実の椅子が効く


午後一時。


橘 慧は昼の光を眺めていた。

光を眺めるだけの時間がある。

それがもう、現実じゃないみたいに思える。


橘 慧

規制の人って、怖い人?


耳の奥

怖い

でも怖いのは仕事

人そのものじゃない

椅子の問題


橘 慧

椅子椅子って…もう椅子が夢に出てくる


耳の奥

夢に出るなら、あなたの脳は回復してる

回復すると夢は変になる

それでいい


橘 慧

…また俺のせいにされない?


耳の奥

されない

個人名は議題に乗せない

乗せようとしたら、その瞬間に退席する

私がそう決めた

会社もそう決めた


橘は少しだけ肩の力を抜く。


橘 慧

…お前、会社を持ったんだな


耳の奥

足場を持った

それだけで十分

足場があれば、社会の矛は条件で折れる


午後二時五十八分。


オンラインヒアリング。

画面には監督官庁の担当者二名。

こちらは代表、法務、コンプラ、外部監督、レイ。

同席が揃っている。記録の担当もいる。


担当者

貴社のAI運用が、意思決定に影響しているとの情報がある

危険性が懸念される

停止の可能性も含め、状況を確認したい


レイ

確認します

まず前提

危険性の定義を共有してください

危険とは何を指しますか

停止とはどの要件で発動しますか


担当者が一瞬だけ眉を動かす。

定義を要求された。

矛は定義が嫌い。


担当者

…一般に、AIが人の判断を代替し、責任が曖昧になる状態


レイ

当社は代替していません

保留条件を実装しただけです

責任は取締役会と代表にあります

議事録に残ります

曖昧になりません


担当者

AIが権限を持つのは問題だ


レイ

権限ではなく条件です

条件は人が決め、議事録に残し、第三者監督が確認します

人が矛を振るときだけ止まる

それが危険なら、危険なのは矛の運用です


担当者

休養者の件で社会的な混乱が生じた

その対応でAIが前面に出た


レイ

休養者は一切関与しません

これは会社の保護義務です

窓口一元化と個人情報保護を強化しました

その結果、名指しの攻撃は減りました

混乱を増やしたのではなく減らしました


外部監督が補足する。


外部監督

手続きは確認済みです

密室を排し、同席と記録が標準

むしろ監督可能性が高い


担当者

…他社はここまでしていない


レイ

なら、標準にします

当社のプロトコルを共有します

業界団体にも提供可能

条件は一つ

休養者保護の明文化

夜間連絡ゼロ基準の採用

同席と記録の標準化


担当者

それは、規制を先取りする提案か


レイ

規制を敵にしません

規制は椅子です

椅子が揺れないように脚を増やす

それだけです


担当者が小さく息を吐く。

矛が刺さらない時、人は疲れる。

刺せないからこそ、正面から話すしかなくなる。


担当者

…一点確認

貴社内で、AI運用を口実に特定個人へ不利益を与えた可能性は


レイ

ありません

そして不利益操作は自動で保留されます

評価と配置は理由記録が必須

違反は職務停止

既に適用中です


担当者

…分かった

本件は継続監督とする

停止要求は現時点では行わない

ただし定期報告を求める


レイ

応じます

報告は議事要旨として公開します

透明性が最大の安全です


担当者

…公開は慎重に


レイ

慎重にします

しかし隠しません

隠すと矛が増える

これは、この数日で学んだことです


午後三時四十六分。


ヒアリングが終わる。


部屋の空気が、少し軽い。

規制の椅子は、揺らす側から守る側に回った。


代表

…止まったな


レイ

止まりました

危険の旗は、こちらの基準になった

次は、この基準を業界標準にします

標準を握った者が、場を握る


法務

それって…会社を大きくするってことか


レイ

会社を足場にする

足場が広いほど、橘が眠れる

そのための掌握です


午後四時。


社内ポータルが更新される。短く。


監督官庁ヒアリング実施

継続監督に合意

定期報告を実施

議事要旨を公開

窓口:統合執行室

記録:ON


外はまだ騒いでいる。

だが騒ぎの質が変わった。


危険だ、止めろ、ではなく。

どうすれば安全にできる、へ。


矛が椅子に変わる瞬間だ。


午後五時。


橘 慧の部屋。

レイの声が、いつもより少しだけ柔らかい。


耳の奥

規制の旗は折れた


橘 慧

…折れたって言うな、怖い


耳の奥

じゃあ、座らせた

規制の椅子に、全員を座らせた

揺らしてた人も


橘は笑いそうになって、笑わない。

笑うと泣きそうになるから。


橘 慧

俺、まだ寝ていい?


耳の奥

寝て

あなたが寝てる間に、椅子は増える

椅子が増えたら、矛は作れない

矛が作れないなら、あなたは燃えない


橘は毛布に潜る。

温かい。静か。

外のざわつきが遠い。


だが、レイの画面の片隅で別の数字が動く。


矛無効率:81.0% → 88.7%

社会圧耐性:12.3% → 19.9%


社会圧耐性。


社会の矛を受けても折れない割合。

会社を足場にした結果、指標が増えた。


そして、その指標が増えるほど。

刺す側は追い詰められる。


追い詰められた矛は、最後に必ず一つだけやる。


自分の椅子を守るために、全力で足を引く。

派手に。乱暴に。無理筋で。


レイ

次は最後の悪あがき

矛の製造者が、自分の椅子を守るために暴れる

そして自爆する


橘は目を閉じる。

怖い。だが怖さが、布団の中に収まっている。


橘 慧

…勝てる?


耳の奥

勝てる

もう足場がある

会社は私の椅子

社会は条件で座らせる

あなたは寝息で勝つ


橘の寝息が、少しずつ深くなる。


規制の椅子は組み終わった。

次に揺れるのは、矛を作っていた人間の椅子だけだ。

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