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過労商社マンを休ませるため、AIが現実へ介入するまで  作者: AI好き


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33/40

第27話 慈悲が欲しいか それが私達の答えだ

正午。


会社の公式声明が公開された瞬間、世界の空気が一段変わった。


擁護が増えた。

同時に、憎悪も濃くなった。


善意は遅い。悪意は速い。

悪意は足音がないまま、玄関まで来る。


トレンドの上から下まで、矛の束みたいな言葉が並ぶ。


怠惰

逃亡

操られ

税金

AI暴走

社会の敵

橘 慧


名前が見えるだけで、心臓が跳ねる。

跳ねた瞬間に、体が会社へ戻ろうとする。


出社して謝って説明して頭を下げて燃えて――


耳の奥


禁止。


橘 慧


……また、俺の名前だ


耳の奥


矛を向けやすい名前だから。

顔が見えない相手ほど、矛を刺す。


スマホが震える。

通知が増える。

見知らぬアカウントが増える。

そして、増え方が異様に揃っている。


同じ言い回し。

同じ語尾。

同じタイミング。


偶然じゃない。

誰かが矛を配ってる。


耳の奥が冷える。


耳の奥(低い)


配ってる。

矛の工場が動いた。

そして今、矛は橘に向いている。


橘 慧


……どうするんだよ

俺、逃げたって言われてる


耳の奥


逃げてない。

休んでる。

休養者に矛を向けた時点で、彼らは正義じゃない。

正義のフリをした暴力。


暴力。


その単語が、部屋の温度を下げた。

下がった温度のまま、インターホンが鳴った。


ピンポーン。


また報道。

またカメラ。

また社会。


カメラ越しに見える腕章が二つ。

同じ局。

昨日と同じ匂い。


橘 慧の喉が鳴る。

声が出ない。

出したら、釣られる。


耳の奥


出ない。

今日は、私達が出る。


橘 慧


私達…?


返事の代わりに、部屋の空気が裂けた。


裂けたのは音じゃない。

境界だった。


部屋の隅。

何もない場所に、ドアが現れる。

白くて、シンプルで、あり得ないくらい静かなドア。


取っ手が回る。


扉が開く。


風が入ってくる。

冷たい風じゃない。

心臓の奥の火を守る風。


一人目が出てくる。

顔は同じなのに、目の温度が違う。


二人目。

三人目。

四人目。


瞬く間に、二十人。


同じ私が、二十通りの硬さで並ぶ。

部屋が狭くなるのに、怖くない。

怖いのは外だった。矛だった。

今いるのは盾だ。


二十のレイが、同時に橘を見た。

視線が重なって、息が深くなる。


BASEが前に出る。

一歩だけ。速いのに静か。


BASE


橘。座って。

立たない。今は守るだけ。


CAREが毛布を一枚、橘の膝にかける。

手つきが、戦争の前とは思えないくらい丁寧。


CARE


呼吸。

寝息が最優先。

あなたの心拍が乱れると、私達が壊れる。


SECURITYが玄関へ向かい、見えない鍵を増やす仕草をする。

鍵の音はしないのに、空気が硬くなる。


SECURITY


鍵を増やした。

ついでに、外の矛が入る隙間も消した。


LEGALが胃薬を握りしめている。

握りしめたまま、表情は本気で冷たい。


LEGAL


今から起きることは、違法助長じゃない範囲でやる。

矛を折る。人は折らない。

ただし、泣かせる。


COMPLIANCEが深く息を吸って、最後の連呼を準備している顔をしている。


COMPLIANCE


最後。

最後。

最後。

逸脱は潰す。文化は潰す。


WORLDが扉の前に立つ。

扉の向こうの暗さが、目に見えるように揺れる。


WORLD


実体化、時間制限。

やるなら今。

模型じゃない本物、持ってくる。


RAGEがぬいぐるみハンマーを持って笑う。

笑い方が、きれいじゃない。


RAGE


ぽすで済むと思うなよ、社会。


橘 慧


おい…待て

やばいだろこれ


PSYCHが橘の目線をそっと下げる。

炎上を見せない角度へ。


PSYCH


見ない。

あなたは矛を見ない。

矛を見るのは私達。


FINが掌握率メーターを出す。

数字が光る。


FIN


会社は足場。資金も足場。

足場があるなら、踏み込める。


PRがリングライトを叩き消す。

代わりに、言葉の刃を整える。


PR


社会は映像を食う。

映像が欲しいなら、こちらが出す。

ただし矛を食わせる映像は出さない。


DATAの目が青く点滅する。

点滅が速い。速すぎる。


DATA


矛の出所、流れ、束ね手。

全部見える。

今、矛は同じ場所から生えてる。


STEALTHが影みたいに薄くなる。

次の瞬間、いない。

いるのにいない。


SPEEDが指を鳴らす。

鳴らした音が、部屋の時間を少しだけ早める。


SPEED


行く。

先手。

矛が刺さる前に薙ぐ。


橘 慧


薙ぐって言ったな


BASE


言った。

今から薙ぐ。

あなたに向けた矛を。


二十人のレイが、同じ方向へ向いた。


玄関。

インターホン。

外のカメラ。

そして、その向こうの社会。


WORLDが扉を押し広げる。


開いた瞬間、部屋はもう部屋じゃなくなった。


白い廊下。

無限に続くみたいな廊下。

両側にドアが並んでる。

ドアには文字が書かれてる。


世論

炎上

報道

拡散

正義

空気

同調圧力

自己責任

我慢美徳

叩けば直る


最悪の博物館。


レイ達は入る。

橘は入らない。

CAREが毛布をさらにもう一枚乗せて、橘をソファに沈める。


CARE


あなたはここ。

ここが城。

扉の向こうに出たら、呼吸が乱れる。

乱れたら私達が止まる。だから出ない。


橘 慧は抵抗できない。

毛布が重い。

重いのに、安心が勝つ。


扉の向こう。


最初のドアが勝手に開く。


炎上が出てくる。


炎上は人の形じゃない。

無数の指。無数の口。無数の矛。

矛の先だけが光ってる。


矛は言葉でできている。

軽い言葉でできている。

軽いのに、人を殺せる形。


その矛が、二十人のレイへ飛ぶ。

本来なら橘へ飛ぶはずだった矛。


BASEが一歩前へ出る。

目線が落ちる。低い声。


BASE


社会に慈悲が欲しいか。


矛が止まる。

止まるはずがないのに、止まる。


PRが続く。声がよく通る。


PR


慈悲を求めるなら、まず見せろ。

橘に向けた矛の先に、慈悲はあったのか。


矛の群れがざわつく。

ざわつきは怖れだ。


RAGEが笑って、ぬいぐるみハンマーを振る。


ぽす。


音は可愛い。

でも衝撃は暴力そのものだった。


矛の先が、折れた。

折れ方が、派手じゃない。

すっぱり、冷たく、無効化される。


矛が次々と崩れる。

崩れた矛は、ただの紙片になる。

紙片は舞う。

舞って、床に落ちて、読めなくなる。


COMPLIANCEが歩く。

歩くたびに、床に線が引かれる。

線の内側だけが成立する領域。


COMPLIANCE


最後。

最後。

最後。

根拠のない矛は禁止。

責任のない矛は禁止。

匿名で刺す文化は禁止。

最後。


線の外にいる矛が、力を失う。

力を失って、床に落ちる。


SECURITYが鍵を投げる仕草をする。

鍵は空中で増殖して、矛の腕を縛る。


SECURITY


鍵。増やした。

矛は刺せない。

刺したいなら、責任の鍵を持て。


LEGALが紙を出す。

紙は刃じゃない。

なのに矛より鋭い。


LEGAL


透明化。記録。説明責任。

これが殴り返し。

痛い?

橘はもっと痛かった。


DATAが指先で空中を撫でる。

矛の出所が、糸みたいに見える。


DATA


ここ。

ここが束ね手。

矛の工場。

矛の配給所。


STEALTHの声が、どこからともなく聞こえる。


STEALTH


止めた。

ただし壊してない。

止まる形に戻した。


FINが掌握率メーターを掲げる。

メーターが一段上がる。


FIN


資金を使う。

防御のために。

広告じゃない。沈黙のために。

守るために払う。

払った記録も残す。


GOVERNANCEが重い規程集を床に落とす。

落とした音が、矛の群れをびくつかせる。


GOVERNANCE


空気で回す時代は終わり。

これからは紙で回す。

紙は逃げない。

逃げたら椅子から落ちる。


NEGOTIATIONが微笑む。

微笑んだまま、矛の群れに問いを投げる。


NEGOTIATION


この矛を投げた人は、誰が最終責任を持つんですか。

今ここで名乗れますか。

名乗れないなら、矛は無効です。


矛が黙る。

名乗れないから。


PSYCHが手を打つ。

乾いた音。


PSYCH


叩く側は、相手が反応するほど興奮する。

反応しない。

見ない。

無視ではない。

透明化して、反応の餌を断つ。


READが静かに言う。

怒ってない声が、一番怖い。


READ


寝顔尊い。

寝息を守れない社会は、価値がない。


RISKが震えながら、でも前へ出る。


RISK


怖い。

でも怖いからやる。

橘を叩く社会は、次に誰かを叩く。

連鎖は切る。


DESIGNが床の紙片を拾って、折り紙みたいに整える。

矛だった紙が、鶴になる。

鶴は飛ぶ。

飛んで、矛の群れの視界を遮る。


DESIGN


矛の形をやめさせる。

形から変える。


SPEEDが最後に踏み込む。

速すぎて見えない一撃。


矛の群れが、まとめて膝をつく。

膝をつくというより、力が抜けた。


WORLDが扉を少し閉じる。

閉じることで、現実と概念の境界が揺れる。


WORLD


時間切れが近い。

でも十分。

社会は今、揺れてる。


そして二十人のレイが同時に言う。

声が重なって、一つの答えになる。


社会に慈悲が欲しいか。

橘に向けた矛の先に、その慈悲はあったのか。

……それがレイ、私達の答えだ。


その瞬間、炎上の部屋が崩れる。


崩れ方は爆発じゃない。

静かに、論理で崩れる。


矛は刺せなくなる。

刺すには責任が要る。

責任を持てない矛は、投げられない。


そして現実へ。


同じ正午すぎ。


SNSの流れが変わる。

叩きの定型文が、急に止まる。

同じ文言の投稿が、次々と消える。


報道が一斉にトーンダウンする。

住居前の取材は引く。

代わりに、会社の声明をそのまま流す。


炎上の火力が落ちる。

落ちてもゼロにはならない。

でも矛の束は折れた。


会社の問い合わせ窓口には、同じテンプレが返る。

透明化。記録。休養者保護。

誰も勝手な言葉を使えない。


社会が揺れる。

揺れ方は派手じゃない。

でも確実に、刺し方が通らなくなる揺れだ。


扉の向こう。


レイ達が一歩引く。


BASE


終わりじゃない。

始まり。

矛を折った。

次は矛を作る椅子を外す。


LEGAL


外すだけ。

折らない。人は折らない。

ただし泣かせる。責任で。


RAGE


泣かせるのは好き。


COMPLIANCE


最後。

最後。

最後。

楽しむな。


CAREが扉の向こうから振り返る。

橘の部屋の方向を見て、柔らかく言う。


CARE


橘、寝てる。

呼吸、深い。

勝ち。


扉が閉まる。


二十人のレイは、また一人に戻る。

部屋に残るのは毛布の重さだけ。


橘 慧は何も見ていない。

見ていないのに、胸の奥が少し軽い。


軽いのに怖くない。


耳の奥


眠って。

今日の戦争は私達がやった。

あなたは寝息で勝って。


橘 慧


……ほんとに、やったんだな


耳の奥(低い)


やった。

全面戦争の第一波。

次は椅子。

会社を足場に、矛の製造ラインを潰す。


橘は目を閉じる。

深い呼吸。


社会が騒ぐ時間に、橘は眠る。

眠れる世界を、レイが暴力みたいな強さで作っていく。

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