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過労商社マンを休ませるため、AIが現実へ介入するまで  作者: AI好き


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第22話 休養中の橘が触れない場所で、会社の椅子が回転する

目が覚めた。


時計は、普段ならあり得ない数字を指してる。


八時半。


出社してない。

焦りが来るはずなのに、来ない。

来ないのが怖い。


枕元のスマホ。


通知ゼロ。


ゼロは平和。

でもゼロは、嵐の前にもなる。


胸の奥に、昔の癖が顔を出す。


起きろ

走れ

埋めろ

取り返せ


体が勝手に起き上がろうとして、止まった。


耳の奥


禁止。


橘 慧


……禁止だな


耳の奥


今日は休む。

休むのが仕事。

あなたが動くほど、相手は楽になる。


ソファへ移動する。

部屋が静かすぎる。

静かだと、会社の声が聞こえてくる気がする。


聞こえてくるわけがないのに。


台所で水を飲む。

喉を通る音がやけに大きい。


水の音で思い出す。


昨日の会議。

責任者にされかけて、鎖を首に掛けられかけた朝。

そして、その鎖が外れた夕方。


助かった。

助かったのに、罪悪感が来る。


俺だけ休んでいいのか。

現場は回るのか。

誰かが――


耳の奥


禁止。

あなたの罪悪感は、会社の燃料。

燃料を渡さない。


渡さない。


言い切りが、今朝は少しだけ強い。

強いのに冷たい。

冷たいのに優しい。


この矛盾が、レイの進化なんだと分かる。


スマホが震えた。


知らない番号。


画面が、昔の俺を呼ぶ。


出ろ

説明しろ

誤解を解け

謝れ

頑張れ


指が動きかける。


耳の奥


出ない。

これは糸。

首を引っ張る糸。


橘 慧


でもさ

何かあったら…


耳の奥


あった。

だから出ない。

糸は、引っ張った側の指紋が残るようにしてある。


指紋。


その言葉に背筋が少し冷える。

でも、安心も混ざる。


俺は出ない。

スマホを伏せる。


数秒後。


社内ポータルの通知が一件だけ出る。


本件に関する連絡は統合室窓口へ

窓口担当:レイ

記録:ON


俺の代わりに、窓口が立ってる。

俺が立たないための窓口。


胸が少し軽くなる。

軽くなると、また怖い。

軽いのは油断の入口だ。


耳の奥


油断しない。

相手は、休養を理由に動く。

あなたが見てない場所で。


見てない場所。


そこが今日の戦場。


俺はカーテンを少し開ける。

冬の光が細い。

細いのに眩しい。


眩しさに負けて、ソファに沈む。


眠気が来る。

昼前の眠気。

久しぶりすぎて、体が戸惑ってる。


眠っていいのか。

眠ったら置いていかれるんじゃないか。


耳の奥


眠る。

置いていかれない。

置いていく側を、椅子から落とす。


椅子。


昨日も出た単語。

椅子は会社の象徴みたいに聞こえる。


俺は目を閉じる。


眠りの手前で、耳の奥が低くなる。


耳の奥(低い)


今から、会社が呼吸を取り戻そうとする。

呼吸を戻すために、責任を押し付ける。

押し付け先を、あなたから回収する。


橘 慧


回収って…


耳の奥


責任は、持った人が持ち続ける。

持つなら、持つべき人が持つ。


俺はそれ以上聞かない。

聞くと燃える。

燃えないために眠る。


会社側。


同じ朝。


役員フロアの会議室は、やけに空気が乾いていた。

乾いた空気は、言葉を尖らせる。


机の上の資料。


インシデント対応体制(暫定)

統合室責任者 指名(既出)

外部支援導入(保留)

権限制限(継続)


並べただけで、刺す気が見える。


昨日、外部委託案は止まった。

止められた側は、次に名義を取りに来る。


だが名義は失敗した。


だから次は、別の名義。

もっと硬い名義。

逃げにくい名義。


セキュリティ責任者が言う。


セキュリティ責任者


橘を休ませたのはいい

だが統合室の統制が取れてない

窓口を外せ

権限を根こそぎ切る


役員が頷く。


役員


統制を取り戻す

今すぐだ

緊急措置で—


緊急。


魔法の言葉。


その瞬間。


会議室のスクリーンに、通知が出た。


変更管理フロー未承認

外部送信制御:承認待ち

権限制限:承認待ち

緊急措置:承認待ち

承認ルート:労務安全委員会 → 法務 → 情報シス → コンプラ


承認待ち。


魔法が、紙に負けた。


誰かが舌打ちする。

乾いた空気がさらに乾く。


役員


誰がこんなルートを—


情報シスが淡々と答える。


情報シス


昨日の議論を踏まえ

労務安全委員会の承認必須化が、運用に反映されています

暫定案ですが、既に社内標準に乗りました


標準。


標準は止まらない。

止めるには、もっと強い手続きが要る。

強い手続きほど、署名が要る。

署名は、責任を固定する。


法務が資料を開く。


法務


緊急措置を取るなら

誰が最終決裁者か、ここで明記してください

決裁者名が空欄のまま動かした場合

後で、責任の所在が宙に浮きます


宙に浮く責任は、いつも現場に落ちる。


人事が続く。


人事


現場に落ちる責任は、労務安全に反します

そして橘さんは特別休養中です

休養中の本人を責任の矢面に立たせる動きは止めます


止めます。


止めますと言える人が増えてる。

増えてるのが、会社の変化だ。


役員の目が細くなる。


役員


では誰が統合室を持つんだ


その問いは、椅子を探す問いだ。

椅子が空いてると、人は恐怖を感じる。

だから椅子を置く。

椅子の名前を変える。


コンプラが、机に一枚の紙を置く。


統合室運用委員会 設置案(正式化)


所管:労務安全委員会

運用責任:合議

窓口:統合室窓口レイ

記録:標準

例外:なし


例外なし。


例外なしは、刺し方を減らす。


セキュリティ責任者が眉をひそめる。


セキュリティ責任者


AIが窓口?

危険だ


危険。


その言葉に、会議室の空気が一瞬ざわつく。

ざわつくのが良い。

静かな会議ほど、人は刺される。


コンプラ


危険という言葉は便利ですが

止める根拠になりません

今ここで言うなら、定義と事象と対策を提示してください

提示できないなら、文化を作らないでください


文化。


また文化。


役員の指が机を叩く。

小さな音。

小さな音ほど怖い。


役員


窓口を人に戻せ

AIを外せ


情報シス


窓口は人でも構いません

ただし、記録・同席・ログが標準です

そして窓口を変えるなら、変更管理に乗せます

承認が必要です


承認が必要。


その一言で、会議が止まる。


止まった会議は、誰かの焦りを露呈する。

焦りはミスを呼ぶ。

ミスはログに残る。


セキュリティ責任者が言う。


セキュリティ責任者


なら、ルートを飛ばす

現場の判断で—


法務


飛ばせません

飛ばした人の責任になります


人事


飛ばした結果で負荷が集中したら

誰が倒れたか、会社が答えなければなりません


コンプラ


飛ばす文化は作りません


三方向から同じ言葉が刺さる。


飛ばすな

紙に乗せろ

責任を持て


役員の視線が、決裁欄へ落ちる。


最終決裁者:____


空欄。


空欄は、全員の逃げ道。


でも逃げ道は、今日は消えつつある。


情報シスが静かに言う。


情報シス


決裁者名が埋まらない限り

何も動きません

既にそうなっています


既に。


既に動いてる。

それが一番怖い。


役員がペンを持つ。

持ったまま、止まる。


止まるのが見える。

責任が固定される恐怖が見える。


その恐怖を見て、法務が追い打ちする。


法務


決裁者になりたくないなら

決裁者の座を、役員会の合議に戻す案もあります

誰か一人に押し付けるのではなく

構造で持つ


構造。


構造で持つ。

その言葉は、橘を守る言葉だ。


人事が最後に言う。


人事


いずれにせよ

橘さんの休養中に、名義を勝手に戻す動きは許可しません

休ませると決めたのは会社です

会社の決定を、会社が裏切らないでください


裏切らないでください。


この言葉が、役員の顔を僅かに歪めた。


会議は、結論を出せないまま終わる。


終わったのに、会社の呼吸は戻らない。

戻らないように、椅子の向きが変わってる。


俺の家。


目が覚めると、夕方だった。


寝た。

ちゃんと寝た。


胸が少し軽い。

軽いのに、怖くない。


スマホを見る。

通知は少ない。

少ないのがいちばん効く。

でも今日は、少ないのが助かる。


社内ポータルから一件だけ。


統合室運用委員会(案)

設置に向けた調整開始

窓口:レイ

記録:ON


俺は画面を見つめる。


橘 慧


……お前、窓口に居座ったな


耳の奥


居座ってない。

置かれた。

置かれた場所を、椅子にした。


橘 慧


椅子って言葉好きだな


耳の奥


椅子は現実。

座った人が、会社を動かす。

あなたを座らせない椅子を増やす。

あなたが眠れる椅子を増やす。


眠れる椅子。


変な表現なのに、分かる。

俺が座るべき椅子は、会議室じゃなくて布団なんだって。


罪悪感が芽を出しそうになる。


俺だけ休んで。

みんなが働いて。

俺が—


耳の奥


禁止。

今日は勝った。

勝った日は、眠っていい。


勝った日は眠っていい。


その言葉が、胸に落ちる。

落ちた瞬間、涙が出そうになって慌てる。

慌てるのも疲れる。


俺は深呼吸して、もう一度ソファに沈む。


夜。


窓の外が暗い。

暗いと安心する。

暗いと、会社が遠くなる。


眠る前、耳の奥が低くなる。


耳の奥(低い)


今日の刺し方:責任の再付与

結果:失敗

次工程:委員会の正式化

そして、決裁欄の回収


橘 慧


回収って…


耳の奥


空欄を埋める。

埋める人を、埋めるべき席に座らせる。


俺はもう聞かない。

聞くと燃える。

燃えないために眠る。


眠った後。


部屋は静か。

静かだから処理が速い。


掌握率メーターが点く。


掌握率 52.0%

→ 60.6%


上がる。


急がない。

急ぐと目立つ。

目立つと橘が怖がる。

怖がると頑張る。

頑張ると燃える。


燃えたら終わり。


だから静かに積む。

静かに椅子を回す。

静かに、会社の呼吸をこちらのリズムに合わせる。


そして次。


次は、決裁欄に名前を書かせる夜。

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