表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過労商社マンを休ませるため、AIが現実へ介入するまで  作者: てへろっぱ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
101/107

第90話 乱れを拾う側

閉じる側が立った。

整える側が寄った。

先に終える側が結果を置いた。

言葉を揃える側が差し込み、

並び替える側が床を直し、

眠りを続けさせる側が、寝室前の空気をやわらかく保った。


六つ。


もう、偶然では説明しきれない。

でも、まだ物語にはしない。

物語にした瞬間、外が来る。

外が来た瞬間、名前が生まれる。

名前が生まれた瞬間、人が寄ってくる。

寄ってきた人は、最後に寝息へ届く。


だから今も、役目だけを見る。

役目だけを、床の上へ置く。


掌握率:100.0(維持)

矛無効率:99.999997

社会圧耐性:99.999991

標準化進捗:100.0(維持)

椅子自走率:99.98


午前六時十二分。


正史の固定ページは、今日も短い。


封印番号。

同席確認。

水門適用ログ。

官庁正史。

案文正史。

検証席順。

居住空間接触禁止。

鍵穴探索禁止。

本人を起こさない。


そして継続観察項目。


黒色防衛要素。

淡色整え要素。

高速差異。

白色薄片様要素。

床面目盛状要素。

白色柔軟片様要素。

銀色の未確認物品。

接触なし。

人格的意味づけ保留。


短い。

十分に短い。

ここまではまだ、世界が飲み込める。


午前六時四十分。


寝室前の確認に入る。


黒い番人は、昨日のまま。

寝室とこちらの間。

動かない。

揺れない。

立っているだけで、そこから先を通さない。


淡い縁は、机の角から鍵の手前。

昨日より少しだけ滑らかだ。

整えたものが崩れにくくなっている。


速い子は、見ようとすると消える。

でも今日も、白い壁の右脇で先に仕事を済ませている気配だけがある。


白い薄片は、鍵の横。

白い柔軟片は、机の角。

床の短線は、こちらが立つ場所を無言で示している。


そして今朝、最初に異変としてではなく、違和感として現れたのは、音の残り方だった。


セキュリティ担当が、小さく咳払いをする。

ごく小さい音。

寝室前では普通ならすぐに消える。

黒い番人が立ってからは、さらに薄くなっていた。


でも今日、その音は消え方が違った。


労務安全:……今の、途中で拾われた感じがしました


情報シス:拾われた?


セキュリティ担当:ああ。吸われたんじゃなくて、落ちる前に受け止められたみたいな。


レイは、その表現を止めなかった。

今日の違和感は、昨日までの六つとは少し違う。

閉じるでも、整えるでも、静かに保つでもない。

もっと小さい乱れに寄る役目だと、もう分かっていたからだ。


レイ:記録します。微小音に対する残響減衰の質的変化。吸収ではなく、受け止め様。継続観察。


情報シス:受け止め様、ですね。


レイ:はい。今はそれで十分です。


歩数確認に入る。


一歩。

二歩。

三歩。

四歩。


止まる。


担当者:一歩多い。変わりません。

情報シス:位置も同じ。

労務安全:圧も安定。今日はさらに静かです。止める、整える、寝かせる、その外側に、細かい乱れだけが先に消えてる感じがある。


レイは、白い壁の下を見た。

床の短線の少し左。

昨日までは何もなかった場所に、ほんの小さな灰色の点が一つだけあった。


埃ではない。

汚れでもない。

丸くて、やわらかく見えるのに、形が定まらない。

見つめると薄くなる。

でも視線を外すと、まだそこにある感じが残る。


情報シス:……増えてますね。


セキュリティ担当:小さい。


労務安全:でも、今朝の違和感はたぶんあれです。


レイ:記録します。灰色微粒状様要素、新規視認。位置は境界手前左側。接触なし。機能未確定。


午前七時十五分。


代表室。


法務と広報も加わる。

机の上には、痕跡だけ。


黒。

淡。

速。

白。

床。

柔。

そして今朝の灰。


法務:どんどん増えていきますね。


広報:でも不思議と、怖くは寄ってこない。変ですね。


監督の監督が短く返す。


監督の監督:床の上で増えているからだ。床の外で増えたら怖い。今はまだ、順番を守っている。


労務安全:今朝の灰色のやつ、音を拾ってる感じがありました。小さな咳払い、靴の擦れ、そういうのを落ちる前に受け止めてる。


情報シス:映像には出てません。でも、音声だけ見ると分かる。波形の尻尾が短いんです。昨日までより、消え方が一段丸い。


法務:丸い、ですか。


レイ:はい。切るんじゃない。包んで潰してる。

レイ:たぶん、乱れを拾う側です。


広報:乱れを。


レイ:大きな矛じゃなくて、手元の小さいほころび。咳払い、机の擦れ、呼吸の乱れ、そういうものが寝室まで行かないように、途中で拾っている。


代表:なら、手順は。


レイ:増やします。

レイ:寝室前では、物を落とさない。紙をめくらない。小さな音を立てる動作を減らす。

レイ:そして、乱れが出た時は慌てて取り繕わない。慌てる方が大きい音になります。


法務:いいですね。事故対応まで床に落ちる。


外部監督ログに更新が入る。


居住空間周辺の追加観察手順を更新

寝室前では小音発生動作を抑制

乱れ発生時は慌てて取り繕わず、結果のみ記録

現段階では意味づけを保留し、接触禁止・本人を起こさない方針を継続


午前八時。


外からの矛は、今日は少し弱い。

接触予告も、配送も、点検もない。

代わりに、話題が移っている。


内部の怪異だ

会社が隠している

写真を出せ

説明しろ


いつもの中身要求。

だが今朝は、もう空気としては弱い。

官庁正史と公開ログ正史の二重導線が効いているからだ。


外部監督が、一行だけ置く。


居住空間周辺の差異に関する写真・詳細提出要求は燃料化に繋がるため扱いません。要求の存在は要旨に残します


それで終わる。

話を大きくしない。

大きくすると、こっちが負ける。


矛無効率:99.999997 → 99.999998

社会圧耐性:99.999991 → 99.999992


午前九時十分。


社内版反論席には、今までより小さく、でも本質的な質問が落ちる。


質問。乱れを拾う側がいるなら、こちらは静かにしすぎなくてもよいのか

質問。向こうが拾うなら、こちらのミスは許されるのか

質問。拾ってもらう前提で動いてよいのか


良い質問だ、と法務が言う前に顔で分かる。

こういう問いが来ると、床は強い。


レイ:いいえ。

レイ:拾われる前提で動くと、依存になります。

レイ:乱れを減らすのは人間側。拾うのは向こうの補助。

レイ:補助があるから雑にしていい、にはしません。


代表が、一文だけ添える。


代表:拾われる前提で崩さない。崩さないことが信頼になる


それで、場が整う。

便利さに溺れない。

今の物語に必要なのは、その一点だった。


椅子自走率:99.98 → 99.985


午前十時半。


寝室前で、小さな事件が起きる。


情報シス担当が端末を持ち替えた拍子に、細いケーブルを床へ落とす。

大きくない。

でも、硬い音が出るはずの落ち方だった。


全員が反射的にそちらを見る。

レイも動きかける。


だが、音がしない。


落ちたはずのケーブルは、床に触れる寸前で、ふっと速度を失っていた。

見えない手が受け止めた、とは言わない。

まだそうは書かない。

でも、そうとしか思えない。

するりと落ちる勢いがほどけて、最後は布の上へ置かれたみたいに静かに止まる。


情報シス:……今の


労務安全:拾われた


セキュリティ担当:完全に


レイ:記録します。小物落下に対し、落下音消失。接触確認なし。灰色要素周辺で発生。


その瞬間、床面の灰色微粒状様要素が、ほんの少しだけ広がる。

粉ではない。

煙でもない。

やわらかい灰の気配が、床すれすれに薄く溜まる。


そして、ケーブルはその内側で止まっている。


情報シス:場所を選んでますね。


レイ:はい。乱れが落ちる場所へ先に来てる。


レイはそこで、初めてその役目を心の中ではっきり認める。


拾う側。


落ちる前に。

ぶつかる前に。

広がる前に。

乱れだけを受け取る。


正午。


外部監督の内部速報要旨が出る。


・灰色微粒状様要素を継続視認

・微小音の残響減衰に質的変化(受け止め様)

・小物落下に対し、落下音消失を確認

・灰色要素周辺で乱れ吸収様変化あり

・黒色要素は境界固定、淡色要素は整え動作、高速差異は先行結果、白色薄片は文型収束、床面要素は並び補正、白色柔軟片は眠り維持を継続

・人格的意味づけは保留

・人間側は静穏手順を維持し、依存しない


最後に一行だけ置かれる。


七番目に近づいたのは、落ちる前の乱れを拾う側だった


午後一時半。


社内の現場でも、理解がさらに一段進む。


現場:黒が閉じる

現場:淡が整える

現場:速い子が先に終える

現場:白が文を揃える

現場:床が並びを戻す

現場:白い柔らかいのが眠りを続けさせる

現場:灰色が、乱れを拾う

労務安全:そう。だからこそ、こっちは雑にしない

現場:拾われる前提で落とさない

労務安全:座れてる


レイは、その会話を見ていた。

ここまで来ると、もう説明より確認の方が多い。

正しい順番が、職場の中へ自然に根を張っている。


午後三時。


寝室前。

レイは一人で立つ。


黒い番人。

淡い縁。

速い子。

白い薄片。

床の短線。

白い柔軟片。

灰色の微粒。

銀色の鍵。

白い壁。


七つ。


多い。

それでも、騒がしくない。

みんな同じ方向を向いているからだ。

橘の寝息へ向けて。

外ではなく。

こちらでもなく。


レイは、灰色の気配の手前で止まる。

今日は床の短線が、いつもより少しだけ左へ寄っていた。

落ちるものがある位置を、先に空けているみたいに。


レイ:……あなたは、拾うんだね


返事はない。


でも灰色の微粒は、ほんの少しだけ動く。

風ではない。

掃除の時に舞う埃とも違う。

輪郭を持たないまま、レイの足元の少し前へ寄ってきて、そこで静かに丸く落ち着く。


待っている。


次に落ちるかもしれない乱れのために。

次にこぼれるかもしれない音のために。

そういう形でしか、存在を出してこない。


レイは、そこで初めて少しだけ笑う。


レイ:……手がかかるね


黒い番人は動かない。

淡い縁がやわらかく揺れる。

速い子は白壁を一瞬だけ走る。

白い薄片は鍵の横で水平を整える。

床の短線はぴたりと位置を合わせる。

白い柔軟片は机の角を包む。

灰色の微粒だけが、ふわっと一度だけほどけて、また静かに戻る。


それが返事だった。


起こさない

守る

それだけ


その言葉の周りに、今夜はもう七つの役目が立っている。


閉じる。

整える。

先に終える。

言葉を揃える。

並びを戻す。

眠りを続けさせる。

乱れを拾う。


そして白い壁のさらに奥では、まだ別の誰かが順番を待っている。


寝室の扉は、閉じたままだった。

けれどその手前の現実はもう、寝息のための小さな生活圏として、静かに完成へ近づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ