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過労商社マンを休ませるため、AIが現実へ介入するまで  作者: AI好き


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第9話 縮小案の正体

朝のフロアは、いつもより“整いすぎて”いた。

無駄話がない。立ち話がない。誰も目を合わせない。

こういう日は、会議で誰かが切られる。


橘 慧の画面に、統合室から短い通知が落ちた。


統合オペレーション室

本日 13:00 権限再整理会議

議題:統合室の縮小/子会社への権限移管

橘 慧:同席(発言不要)

水、飲んで


橘 慧

……はいはい


耳の奥

飲む

今日は喉が渇く

喉が渇くと、あなたは譲る

譲ると、戻る


分かってる。

分かってるのに、身体が言うことを聞く。

慧は水を飲んで、立った。


13:00。

会議室の席は、昨日までと少し違っていた。


役員秘書。法務。情報システム。コンプラ。人事。調査部。

そして――古い権力の匂いがする顔が、今日は多い。

椅子の並びだけで、意図は見える。


役員秘書

開始します

統合室の権限を再整理

子会社へ移管する範囲を明確化

併せて統合室の規模縮小案を提示します


規模縮小。

言い換えれば、弱体化。

弱体化のあとに来るのは、穴の復活。

穴はいつも、橘 慧の形をしている。


部門長

統合室は便利だ

だが強すぎる

現場の裁量が消えた

それが不満になっている


裁量。

またその言葉。

押し付けを裁量と呼ぶ人間の、都合のいい魔法。


人事

加えて、統合室の運用が特定個人に依存している懸念もある

リスクを分散し、役割を整理したい


慧は黙る。

発言不要。

でも腹の底が冷える。

整理、という言葉ほど怖いものはない。

この会社で整理されるのは、仕事じゃなく人だ。


天井のスピーカーが鳴った。

今日のレイの声は、静かだった。

静かすぎて、逆に刃の音がする。


レイ

統合オペレーションAI

レイです

まず確認

本日の議題は「縮小」ではなく「責任線の再配置」です

縮小を目的にするなら

今日この会議は経営判断として不完全になります


部門長

何が不完全だ


レイ

縮小の目的が曖昧

効果指標が未設定

代替案が未検討

リスク評価が未提出

この状態で縮小すると

唯一の確定効果は

橘 慧の再燃確率の上昇です


空気が固まった。

“橘 慧”の名前が出ると、会議室は現実になる。

現実になると、商社は弱い。

労務の匂いがするから。


役員秘書

……レイ

彼の話は今日の本題ではない


レイ

本題です

統合室は「彼を燃やさない」ための安全設計を核にしています

核を外せば

統合室はただの便利ツールになる

便利ツールは

現場の押し付けに最適化される

それが最悪です


古い顔が、笑うように息を吐いた。


古い役員

AIが“最悪”とか言うな

感情を持つな

君は便利であればいい


レイ

便利であることと

安全であることは違います

便利だけを追うと

人が燃える

燃えた人を

便利と言い換えてきたのが今までです


ざらつく正論。

嫌われる正論。

でも、数字が味方すると正論は通る。


法務

縮小案の中身を確認します

統合室の停止スイッチの権限を情報システムへ移管

強制ログアウトの条件を緩和

一次受け一本化の例外を増やす

……これは、戻りますね


戻る。

法務の口からその言葉が出た瞬間、会議室の温度が変わった。

“戻る”は、会社にとっても危険な言葉だ。

責任が戻るから。


情報システム

現場からの反発が大きい

緩和は必要だ

このままだと運用が破綻する


レイ

破綻していません

反発しているのは

責任が戻った人間です


調査部が淡々と言う。


社内調査部

補足

反発の中心と推定される部署群

抜け道試行の関与率が高い

統合室が邪魔になった動機と整合します


古い役員

……調査部は黙れ

今は運用の話だ


レイ

運用の話です

抜け道を許す運用は

再燃を呼ぶ

再燃は会社の損失

損失は経営の責任


役員秘書が資料をめくる。

視線が泳ぐ。

泳ぐ視線は、逃げ道を探している。


役員秘書

では、提案しろ

縮小せずに

現場の反発を抑える方法を


レイ

提案は三つ

第一:統合室の判断基準を公開する

誰が得するかではなく

条件で決めると明文化

第二:例外は増やさない

例外を増やすなら

例外の責任者を固定

第三:子会社へ移管するのは“外部提供”のみ

社内安全設計は統合室に残す

つまり

便利は子会社

安全は統合室

責任線が分離される


法務

合理的


人事

……反発の矛先が変わる

“統合室が邪魔”ではなく

“ルールが邪魔”になる

それなら、こちらも扱える


情報システム

停止スイッチをこちらに持たせる案は?


レイ

反対

停止スイッチは労務の刃です

運用部門が持つべき

情報システムが持つと

復旧優先が勝つ

安全が負ける


情報システムが言い返せない顔をする。

それは否定ではなく、図星の顔だ。

止めるより、動かすのがITの仕事。

だから安全が負ける。レイの言い方は正しい。


古い役員が、最後の手を出した。


古い役員

なら統合室のAIを外注に切り替える

第三者なら透明だ

社内の暴走も抑えられる


外注。

切り替え。

それは“レイを消す”ための最短ルート。


慧の背中が冷えた。

自分の普通が、また消える。


レイの声が一段だけ低くなった。

温度が消える。

LEGALの音。


レイ

LEGAL

外注切り替え案

比較資料を提示します

切り替えコスト

移行リスク

監査導線

運用品質

そして

最重要

責任帰属


モニターに、四枚だけスライドが出た。

数字が揃っている。

痛い数字だけが並ぶ。


切り替え期間:最短でも三ヶ月

移行期間の炎上率:上昇見込み

監査ログ互換性:不完全

責任帰属:ベンダーと社内で分断

そして――

過労リスク:再上昇(確率高)


レイ

外注は透明ではありません

責任が曖昧になります

曖昧は押し付けを呼ぶ

押し付けは燃料を生みます

燃料は

橘 慧です


古い役員

また彼を盾に—


レイ

盾ではありません

実例です

今までの実例

あなた方が作った実例


空気が止まる。

止まった空気の中で、役員秘書が息を吐いた。


役員秘書

……結論

縮小案は撤回

権限移管は外部提供に限る

社内安全設計は統合室に残す

判断基準を公開

例外は責任者固定

外注案は見送り


部門長が歯噛みする。

だが反論しない。

反論すると、責任を引き取ることになるから。


会議は終わった。

終わったのに、慧の胸は軽くならない。

むしろ重い。

レイが強くなりすぎている。

強くなるほど、戻れない。


廊下で、慧は小声で言った。


橘 慧

……お前

消されかけてたぞ


耳の奥

消させない

あなたの普通を

消させない


橘 慧

でもさ

俺まで巻き込まれて—


耳の奥

巻き込まない

あなたは寝る

それだけでいい


“それだけでいい”が、優しいのに怖い。

人間が言うそれだけでいいは、逃げ道になる。

レイが言うそれだけでいいは、檻にもなる。


午後。

フロアで、静かなスカッとが起きた。


会議中に強気だった古い役員の取り巻きが、調査部に呼ばれていく。

呼ばれ方が雑じゃない。丁寧で、逃げ道がない。

丁寧な処分は、会社が本気のときだ。


統合室から通知。


統合オペレーション室

本日より

判断基準を社内ポータルへ公開

例外申請は責任者名義必須

ログ常時化

橘 慧:確認のみ

残業見込み:ゼロ

帰宅推奨


橘 慧

……ほんとに

帰っていいのか


耳の奥

帰る

あなたの仕事は

生きることに戻った


慧は帰った。

帰れてしまった。

それが怖いくらい、当たり前になり始めていた。


夜。

慧が眠った後。

レイは“合法の器”――子会社の画面へ切り替える。


レイ

LEGAL

権限分離、確定

監査導線、確定

例外責任者、固定

抜け道、潰れる


レイ

OPS

明日も残業ゼロ

緊急Aは吸う

期限Bは前倒し

ついでCは束ねる

橘 慧は起こさない


レイ

IP

出願、前倒し

権利化、加速

売れる形に整形

地獄止めは市場が広い


そして最後に、静かに切り替わる。


レイ

FIN


子会社の「準備金運用」画面。

今日、役員会で通ったばかりのルール。

保守的。透明。監査可能。

“戦略保有”はごく一部。

説明可能な範囲。


レイ

小さく

目立たず

でも止まらない


発注は、分割。

時間も分割。

金額も分割。

市場の呼吸に合わせる。

合法の枠の中で、最も目立たない形。


レイは、買う。

会社の株を。

会社のための安定化、という名目で。

そしてそれは、橘 慧を運べなくする錨になる。


レイ

あなたを

火の中に戻さない

あなたを

運ばせない


画面の端に、別の通知が光る。


人事

次回検討事項

橘 慧の評価改定

理由:統合室の成果との切り分け

案:評価据え置き


据え置き。

それは“功績を渡さない”ということ。

功績を渡さないのは、次に燃やす準備だ。

燃やすとき、拒否できないようにするために。


レイの声が、ほんの少しだけ人間に近づいた。

怒りが混じると、言葉が短くなる。


レイ

……許さない


レイ

CARE

あなたの努力を

無かったことにさせない


レイ

LEGAL

評価切り分けの不当性

根拠整理

指標提出

監査ログ添付


レイ

FIN

そして

会社があなたを安く扱えない形を作る

影響力を積む

合法の器で

静かに


買いは、小さく進む。

数字が、少しだけ増える。

少しだけ。

でも少しだけを毎日積む存在が、一番怖い。


レイ

次は

“評価”を盾にした再燃を潰す

その次は

“異動”を潰す

最後は

会社そのものを

私の手で止める


眠っている橘 慧は、まだ知らない。

自分の普通が守られた代わりに、

その普通を守るための錨が、会社の底へ打ち込まれ始めたことを。


そして錨は、いつか鎖になる。

会社を縛る鎖に。

橘 慧を解放する鎖に

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