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怒ってはいません、ただ許していないだけです。

作者: ぽんぽこ狸





「君が最近、カリスタとうまくいっていないとぼやいていたから……」


 婚約者のフランクは、浮気の原因を問いただされた時そう言った。


 それに、コーデリアはびきりと青筋をたてて、視線だけで彼を責めるように見つめていた。


「それで、可愛い婚約者であるコーデリアのために話を聞いて、二人の間を取り持ってあげようと考えてたんだ。ただその時にほんの些細な、でもとても意味のある運命のいたずらが起こって……」


 フランクはどうしても最後の言葉をしりすぼみにしなくてはいけないような病気にかかっているらしい、とコーデリアは思った。


 それからフランクの気取った言い方にも腹を立てていた。


 (どんな言い方をしようと、私の昔からの友人と浮気していて、それがバレただけということに変わりはありませんわ)


 事実としてはそれだけであり、フランクは誠心誠意、謝罪をしてどうにかコーデリアに許してもらう必要があるはずだ。


「悪意なんてまったくなかった。ただ君を愛していて、善意のつもりだった。けれど、カリスタと深くつながっていくうちに彼女のことが君よりも深く理解できて寄り添ってやるべき相手だと、思って……しまったんだ……」

「……」

「悪かったとは思っている。ここまでずっと隠していて、ただ本当に俺の欲望の結果なんかじゃない、君を思いやって、彼女を思いやって、そうして生きていたら必然とこうなったにすぎなんだ……」


 フランクはそうしてまるで悲劇のヒーロー気取りで、俯いて顔に影を落とす。


 その言い分だとまるで、自分は悪くないと言っているようで、彼は実際にそう思っているのだろうと、コーデリアは考えた。

 

 そして怒りをこらえるためにふーっと細く息を吐いた。


 (落ち着かなくては……。わかっていたことでしょう。この人はこういう人ですわ)


 自分をなだめるように内に向かって心の声をかける。


 フランクはコーデリアの正式な婚約者であり、コーデリアの実家であるハリントン公爵家の配偶者になる者だ。


 婿入りであるフランクが浮気をしたところで、コーデリアにとっては大した損失ではない。


 だから今までは釘を刺してはいたものの立場や態度をわきまえた行動であれば不問としていた経緯があり、彼とは関係を続けてきた。


 しかし、今回の相手はカリスタだ。彼女は伯爵家の跡取り令嬢でありコーデリアの幼なじみで友人だ。


 浮気がバレて開き直っているということは、フランクはカリスタを選ぶつもりでいるということだろう。


「カリスタは……君ともっと本当は仲良くしたいのだと言っていたよ……」


 こちらだって、不貞行為の証拠はすでにそろっている。それを使えばきちんと慰謝料を取ってフランクと婚約を破棄することなど造作もないことだ。


 だからこそ熱くなりすぎる必要などない、フランクはこういう人だったそれだけじゃないか。


「でも君は自分の立場を鼻にかけて、彼女に強く当たっているそうだね……」


 もうこんな人は放逐して好きなようにやらせたらいいのだ、逆にいつまでもそばに居られたら困るまである。


 だからきっかけがやってきてよかったと気丈に振る舞って、婚約破棄を伝えればいいとわかっているのに、フランクの言葉が癪に触ってどうしようもない。


「幼いころは、仲が良かったはずなのに、君が変わってカリスタは苦しんでいた……だから俺に助けを求めたんだ……これも俺は悪役になってもいいから君のために言ってるんだよ……コーデリア」


 コーデリアはカチンときすぎて頬の内側を噛んで、真顔で彼を見つめていた。


 (わたくしが変わったからですって? はぁっ、はぁ! 本当に! なにを言っているんですの!


 幼いころと違ってカリスタは伯爵家跡取り、わたくしは公爵家跡取り、それもハリントン公爵家は国の西側領地を取りまとめる大貴族ですわ!


 そこの跡取り娘が、伯爵令嬢に気さくに接されて、あまつさえないがしろにしているように見える様な行動をとられては沽券にかかわりますの!)


 そうカリスタには何度も説明したし、立場の違いがあっても、二人でいるときには、そんなしがらみは取っ払って接している。


 それなのに、カリスタは公の場で必ず、自分が一番目立とうとする。


 コーデリアの実家で開かれているパーティーで、そんなことをされてはコーデリアのメンツがつぶれるだろう。


 だからこそ折り合いをつけられる場所を探していた。


 そんな時に発覚したフランクの浮気だ。


 フランクはそんな二人の間に挟まって、一方だけの意見を聞いてカリスタになびいた。


 それが本当に善意だったわけがないだろう。


 本当にコーデリアのことを思うならば、口も手も出さないことだ。

 

 なんせカリスタは、コーデリアにすくなからず対抗心を燃やして行動を起こしているのだから。


 そんな時に、コーデリアの婚約者で顔と人当たりがよい評判の男が近づいて来たらどうなるか、そんなことはわかっているだろう。


「俺はいいんだ、君が許してくれなくても……ただ、俺もカリスタも君に傷を負わせようとしてこんなことをしたんじゃないんだよ」


 カリスタはきっと、勝利の美酒に酔いしれてフランクと甘い睦言を交わす日々がなにより楽しいだろう。


 フランクはカリスタがそんな悪意と嫉妬心と対抗心がマシマシだとわかっていてつけこんだ。


 そんな状況でありながらフランクはコーデリアとの関係が破綻しても、新しい相手が決まっているとあってこの余裕。


 そしてコーデリアに丁寧に説教を繰り出して、自らを正当化して苛烈な批判をさせないように封じ込めている。


 フランクの行動はコーデリアからするとそんなふうにうつった。


 猛烈にたちが悪く、許しがたいことこの上ない。


 けれども、ここでわめきたてるだけでは、二人はダメージを負わないだろう。


 きっとコーデリアが怒りをぶつけた後、二人で『わかってくれなかったのか……なら仕方ない……私たちはコーデリアのためを思っているのにね』なんて会話をするだけである。


「…………」

「意固地になってばかりで、他人を見下していては、多くの人が君から離れていくよ……コーデリア、君は俺のことを許せそうにない、だろうか?」

「…………ともかく、婚約は破棄ですわ。慰謝料は請求させてもらうもの」


 優しげな雰囲気を纏って問いかけてくるフランクの様子に、コーデリアは目を血走らせながら、自分の感情ではなく、これからのことについてだけ口にした。


 その様子に、フランクはフッ、と気取った笑みを見せてそれから「しかたないことだね」と静かに言ったのだった。






 コーデリアは一心不乱に、ペンを動かしていた。


 筆圧が強いのでゴリゴリという音がしていて、もうずっと顔をあげずに数十分そうしていた。


 紙とインクを無駄にしていることは理解していたが、あまりに腹がたっていたので頭の中を整理するために今日のフランクとの会話を繰り返し記録していた。


 何度も何度も同じ文章を生産し続けるコーデリアに侍女たちは、お茶を淹れるだけ淹れて、離れたところで恐ろしげに固まって団子のようになっていた。


 しかしコーデリアにそれを気にしているひまはない。


 今にも叫びだしそうだったので、何とか同じことを考え続けて自分の出した答えが納得のいくものだったと確認する作業を繰り返した。


 

 しばらくして、頭がつかれてぼーっとしてコーデリアは顔をあげた。


 冷めきった紅茶を手に取って、視線を動かすと侍女たちは壁際で静かにしていて、お付きの騎士であるアランだけがコーデリアのそばにいた。


 ちらりと視線を送ってアランを見上げると、彼はどうかしたか? と言うように首をかしげて、コーデリアを見下ろした。


「……」

「……」

「……でもやっぱり、許せませんわ」


 無言で見つめ合った後、コーデリアは彼に伝わらなくてもいいと思いながら至った結論を口にした。


 何度考え直してもコーデリアのやったことは正しい対処だった。感情的にならずに、婚約破棄を伝えること、それはできる限りの抵抗だった。


 それは事実だったのだが、それと同時に、気持ち的な面でどうしても納得がいかない。


 慰謝料はカリスタやフランクが困るほどは取れないだろうし、二人は責め立てたところでスタンスを変えないだろう。


 多少やりにくくはなるだろうけれど、二人はこれからもそれなりに幸せに生きていくはずだ。


 それに、コーデリアが苛烈に怒り散らしたとしたら、それこそ彼らの言葉が正しかったと証明するようなものではないか。


 高慢で、優しさのかけらもない、誰のおもいやりもわかってやらない高貴なだけの愚者だと思われるではないか。


 二人を潰すことはできるだろう、けれども同時にコーデリアは品のない女になってしまう。


 だから先ほどの判断は正しい、でもやっぱり許せない、そういう意味の言葉だった。


 そんな複雑な意味なので伝わらなくてもいいと思っていた。


 けれどもアランはわかっているのかいないのか「だろうな」と簡単に言った。


「あら、わかってくださるの。わたくし、あんなふうに言われてものすごく腹を立ててますのよ」

「ああ」

「でも見苦しい形での反撃はできませんもの」

「……」

「だから、さらに腹が立つ」


 怨念の籠もった声でコーデリアは言って、ぐっと目を細めて何十枚も書いたうちの一つを手に取った。


「納得がいかない」


 無意識に手に力が入ってくしゃりと紙が音を立てる。


 その様子にアランは少し考えてから口を開いた。


「一応、婚約破棄と慰謝料の請求でフランク殿やカリスタ嬢のやったことは広まるだろ。それだけでも周りの貴族に避けられたり、積極的には仕事を回さなかったり、やりにくくはなると思うが」


 アランはどうやらコーデリアの考えの多くを理解しているらしく、少し具体的に彼らがどんなふうに困るのかを口にする。


「それだけでは足りませんわ! 全然、足りない」

「そうか」


 それをすぐに否定してコーデリアは厳しく言う。


 (……だってそうしてもカリスタもフランクもきっと二人とも、仕方のないことだったねなんて言って二人の世界を作り上げるのだもの!


 それで、わたくしにしたことを後悔したりしない! それでは足りませんのよ! もっと血の気が引いて心から馬鹿なことをしてしまったと懺悔するぐらいでないと!)


 アランの言葉に続けて言葉が浮かぶ。


 そしてその言葉はとてもしっくりきた。


 そうなのだ、コーデリアは彼らにやったことを後悔させたい。


 悔やんでも悔やみきれないと思って欲しい、ならばそれに一番効果的な方法は何か?


 そう考えると、怒りの波はすっと引いていて、アレはどうか、コレならどうだろうかとその願いを叶えるためのやり方が思い浮かぶ。


 このままの方向性で考えていけば納得のいく答えにたどり着けそうだった。


 しかし、先ほどまで猛烈に怒っていたコーデリアに対してアランも答えを出した。


「なら、叩ききってこようか。俺はコーデリアお嬢様の剣だ」


 ふと言われた言葉に、コーデリアはつい思考を忘れてぽかんとした。


 それからその極端すぎる言葉に、眉尻を下げて笑みを浮かべる。


 だってアランの言った冗談が面白かったから、心底真面目そうに言ったところもポイントが高い。


「……ふふっ、冗談言わないで、気を紛らわせようとしたって無駄ですのよ?」

「冗談に聞こえたか?」

「ええ、なにを言っているのよ。まったく、そんな簡単に実力行使に出ていたら世の中は戦争であふれかえってしまうわ」

「……」

「いいのよ。もう解決策を見つけたから、ありがとう。アラン」


 それから短く会話に付き合ってくれたお礼を言って、コーデリアは新しい紙をとってペンを走らせる。


 コーデリアは公爵令嬢で品位と礼節を重んじる、プライドの高い貴族だったが、争いごとについては好きではないし争いとも思っていない。


 特に暴力についてはどこか遠い遥か彼方の存在だと思っているので、一般的にはスカッとして溜飲が下がる素晴らしいものでもやろうとは思わない。


 むしろ多くのものごとを破壊しつくすだけの芸と品のない最終兵器だと思っているので、山のように高いプライドを示すためにその手段を取らない。


 それは貴族の中では珍しいことであり、コーデリアは顔つきや態度から好戦的で暴力的だと思われやすいが、頭を回すことの方が好きで形式的な美しさを重視する。


 そんなコーデリアに仕えているアランは、仕えている甲斐がないと少しばかり思っていた。


 しかしコーデリアはすでに頭を切り替えて、これからのことに心を躍らせているので彼女がいいならいいかと毎度思うのだった。





 


 コーデリアはカリスタとフランクを許すことにした。


 婚約破棄と多少の慰謝料請求はするものの、公にして糾弾したりないがしろにしたりしない。これからも友情を続けるために努力している。


 二人には『フランクの言葉をきいて考えを改めましたわ』と手紙に書いて送り、以前と同じように二人ともまとめて同派閥の貴族たちを集めたパーティーに呼んだ。


 二人は最初こそ少し警戒している様子もあったが、コーデリアが『二人の優しさが身に染みて理解できた。これからも関係を続けていこう』というとすぐに信じた。


 そういう日々がしばらく続いた後、コーデリアに婚約者がいないことに誰も違和感を持たなくなったころ。カリスタとフランクはパーティーの席でお揃いの指輪をつけてきた。


 ソファー席には同じ派閥の若年の貴族たちが座っていて、うっすらと察していた貴族たちのうちの一人が、フランクとカリスタに問いかけた。


「ところで、お二人は何か特別な関係なんですか?」

 

 それはここ最近誰もが気になっていたことだ。


 コーデリアの昔の婚約者と伯爵令嬢のカリスタが……それは波乱の予感を感じさせる組み合わせではある。


 しかし、コーデリアは穏やかに目を細めてフランクに視線をやった。


「……そうなんだ……俺たち正式に婚約することに決まったんだ」

「ええ、そうなの! 両親にも認めてもらえて本当に嬉しいわ」


 二人はソファーに座って肩を寄せ合って笑みを浮かべた。


 その様子に、問いかけた貴族はキョトンとして、それから「それは、おめでとうございます」とまずは一言。


 しかし数人がやはりコーデリアのことを窺っているように見つめていた。


 その視線に、コーデリアだけではなくフランクが気が付き、それでも彼はまったくもって不安そうな顔をしなかった。


「コーデリアにも快く認めてもらえたんだ。あの時は少しひやりとしたけどね……」

「そうよ。でもあたしたち、なにも悪いことなんてしてないからこうして、胸を張ってここにいるわ。これからも、同じ派閥の貴族としてよろしくね」


 フランクは苦笑して言って、カリスタは言葉通りに胸を張ってコーデリアにアイコンタクトを送った。


 貴族にとって派閥というものは非常に重要なものだ。


 仕事を得るのもそこからだし、派閥の後ろ盾が無ければ出世することだって難しい。


 生活に必要なものをそろえる商会だって、ハリントン公爵家の懇意にしているお抱えの商人が派閥の貴族たちの生活を支えていた。


 だからこそ、問題がないという二人のアピールは至極当然のもので重要なものでもあった。

 

 カリスタからの視線を受けて、コーデリアは今までと同じ優しい気持ちで目を細める。


「そうですわね。これからもどうぞ皆さんも、彼らのことを気にかけてあげてくださいませ。彼らはとても友人思いで、優しく間違いを諭してくださるよき友人ですもの」

「ありがとう、コーデリア」

「嬉しいよ」


 そしてとても丁寧に言葉を選んだ。


 コーデリアはカリスタとフランクを許している。


 そしてとても感謝している。


 決してそのロジックが崩壊しないように、心の底からそう思って接することにしたのだ。


 二人がコーデリアに与えた屈辱を彼らにつき返すために。


 コーデリアとカリスタ、フランクのやり取りを見ていた貴族たちは、不思議な関係でありつつも三人の間できちんと話し合いが行われているのだと理解した。


 そして納得のいく形での婚約破棄と新しい婚約なのだろうと、共通認識が生まれようとしていた。


 その瞬間をコーデリアはどれほど待ち望んだことだろう。


 事が起こってからの衝撃的な怒りは冷めて、残ったのは冷えて固まった焦がしすぎたカラメルのような恨みだけだ。


 ねっとりとしていて苦くて黒くて、どす黒い感情。


 それを丁寧に箱にしまって、優しさと半分以上の間抜けさで包み込んで友情で包装した。


 それをやっと二人に渡すときが来た。


 胸がとくん、とくん、と焦がれる乙女のように大きくなっている。


「それに二人は、婚約者がいる身で不倫をするほど、人を愛することができるほど盲目的な愛情を持った二人ですもの」


 コーデリアはとても優しい笑みを浮かべて皆に言った。


「あの日のことを、とてもよく覚えていますわ。カリスタとの浮気の証拠を突きつけた時、フランクは、言いましたわ。わたくしがカリスタとうまくいっていないことを気にしていたからこうなった、それはわたくしのためだったって」

「……」

「……」

「それってとても優しい! それにカリスタに真実の愛を見つけて、逆らわずにカリスタの手をとったこともとても紳士的っ!」


 コーデリアは両手を胸の前に持ってきて指を組んで、神様に祈るときみたいなポーズをして高い声で続ける。


 貴族たちは目を丸くしてコーデリアのことを見つめている。


「その結果、わたくしが腹を立てているときにも、わたくしの悪い所を教えてくれたわ、高慢だとか身分を鼻にかけているとか……」


 貴族たちの間には一瞬にして緊張感が走る。


 友情と間抜けな優しさの中にくるまっているどす黒い感情を貴族たちはきちんと感知している。


「その言葉をきいてわたくし目が覚めましたわっ! カリスタは親友だもの、たとえ貴族らしからぬ不貞行為を助長させた相手でも、許してあげるべきよね」


 そこはコーデリアの独壇場だった。当のカリスタとフランクは未だなにが起こっているのか理解していない様子で、けれども視線だけははコーデリアにくぎ付けだった。


「二人のその言葉にわたくしは生まれ変われたわ。嬉しい、だからこうして二人が結ばれることになって本当によかった。そんな二人に長く幸せでいてほしいから、カリスタとフランクにわたくしから二人のためを思ってアドバイス」


 コーデリアは煮詰まったぐつぐつとした悪意を、キレイな包装紙にくるんで、振りかぶる。


「フランクは昔から少しだけ人に優しすぎるところがあるのよ……特に女の子に、ね。カリスタは気が付いていないでしょうけれど、これまでも何度も浮気はあったし、フランクは今も、昔の女性とあっていますわ」

「は」

「っ……」

「証拠は後程。でも大丈夫ですわっ、カリスタ! フランク! 二人なら乗り越えられる! 二人でなら大丈夫、わたくしはあなた達の一番の味方ですもの! いつでも頼ってね」


 そして思い切り二人にぶつけた。


 ここ一年で一番いい笑顔をして、ずっと育てていた花がやっと開いたときのようにとてもきれいな顔で笑った。


 カリスタとフランクがコーデリアにやったのはこういうことである。それをまったくそのまま返すこと、それがコーデリアの目的だった。


 相手のためという綺麗な言葉を使って、悪意のある行動を覆い隠す、相手にぶつけて、それでも自分は相手のためを考えてと立派な言い訳をして責めさせない。


 相手のことなどほんの少しも考えていない、自分の欲望ばかりを優先した行為。


 そういうやり方をされたからコーデリアはカリスタとフランクの浮気を正当に責めることができなかった。だから猛烈に腹を立てたのだ。


 なればこそ、そういうやり方には同じ手法で返すのが一番だ。


 だから許した、今や感謝しているという、その体を崩したくなかった。


 本当は許してなんかいない。もう、当時のように怒ってはいないし、腹を立ててはいない。


 けれど決してあの時のことを許したりなどしていない。だから同じことをし返したしこれからもやり続ける。


 それがコーデリアの目的だった。


 同派閥の貴族たちは誰一人として声を上げなかった。


 コーデリアの猛烈な恨みとその理由を知ったので、絶対にコーデリアが悪いとは思わなかった。


 そして内心コーデリアのことを恐れていた。なんせコーデリアは婚約破棄の時にも平然としていて、今までもカリスタにもフランクにも優しく接していた。


 それもこれも巨大な恨みを抱えたままやっていた行動でこの日のために堪えていたなんてコーデリアは尋常じゃない。


 だからコーデリアの仕返しの邪魔をして絶対に反感を買いたくなくて多くの貴族は無意識のうちに視線を逸らしたり俯いたりしている。


 秘密を暴露されたカリスタとフランクは、お互いを見つめた。


 一方は言い訳を考えていて、一方は信じられないものを見るような眼をしていた。


 しかし、そこに地を這うような恐ろしい声が響いた。


「カリスタ、フランク……返事は?」


 先ほどとは打って変わって、コーデリアの瞳にはまるで光がなかった。


 小さく小首をかしげる仕草は愛らしいはずなのに、瞬き一つせず威嚇するようにこちらを見つめてくるコーデリアに、二人は息をのんだ。


 なされた暴露よりも、それよりもずっと心の中で侮っていたコーデリアの変わりようが恐ろしくて血の気が引いていく。


「返事をしてくださいませ。わたくしは“二人のため”に言ってあげてるんですの。あなた方が言った浮気の言い訳と同じでしょう?」

「……あ、あの……こ、コーデリア……」

「お、怒って……?」


 二人はうまく声が出なかった。蛇に睨まれた蛙のように固まって、短い言葉を紡ぐのでやっとだった。


 そしてフランクのやっと絞り出した質問に、コーデリアはとても平坦な声で言った。


「怒ってない。祝福してますわ。二人を、二人のためを思って。二人が浮気した時にわたくしにしたことと、同じことをしてますわ」


 コーデリアは、もう怒っていない。そして許していない。


 二人がやった『人のためを思って』と言う建前を持った最低の行為を許していないから彼らにする。


「これからも同じことをしますわ。二人に一生同じことをしてあげますわ。どんな些細なことでもあなた方のためを思って、首を突っ込んで、かき回して、悪い所を口にする。でも全部あなた達のためよ」

「……あ、ぁぁ」

「っ……」

「怒っていない。だから、三人で頑張っていきましょうね。返事は?」


 それを了承できるのだろうと、コーデリアは二人に問いかけるように再度返事を求めた。


 彼らは、挙動が不審になって、変に腕を持ち上げて、それから必死に視線を配る。


 しかし、貴族たちは誰も関わりたくない様子で、視線を逸らして助けは得られない。


 従者は役に立たない、隣にいる婚約者はコーデリアの暴露によってたった今信用が崩れ去った。


 そうして、まず、カリスタが半端に立ち上がって「この、この人が!」と指を指した。


「この人が勝手に、そそそ、そう! そう勝手にあたしに!」

「っは? はぁ!? き、君から誘って来たんだろう、寂しいとか何とか言って! たぶらかしたのは君の方だ!」


 そうして、お互いに指をさし、この人が悪いと相手を罵り始める。


 二人にはいざという時に、お互いのためをおもって自分が罪をかぶるという選択肢はないらしい。


 そうしてわめきだす二人はコーデリアが「で、どちらが悪いの?」と問いかけると、ヒートアップしてお互いの悪い所をあげつらう。


 関係のない貴族は皆、その喧騒を静かに聞きながら顔を俯かせている。


 カリスタとフランクは更にヒートアップして怒鳴り声と手ぶりが大きくなっていき、パーティーの雰囲気は完全に壊れて注目が集まる。


 それでも二人はお互いを罵るのをやめなかった。


 それをコーデリアは続く限りずっと見続けていた。





 コーデリアが、フランクが未だに別の女性ともつながっている証拠をカリスタに渡せば二人の争いは泥沼化していった。


 そしてそんな二人のことを多くの人が見放した。公の場で、争いあって醜くののしり合った彼らは、跡取りどころか貴族としてもふさわしくない。


 二人の争いが終わったのちに、どんな結末が待っているかコーデリアは理解していたが、コーデリアの目標はすでに達成されていた。


 あの日の自分は報われたと思うと、もうそれほど興味もわかず、新しいことに意識を向けていた。


 それは、言わずもがな、コーデリアの配偶者についてである。


 親に決められたフランクが性根の悪い浮気症だったことを引き合いにだして、自分で選定する権利を勝ち取ることができた。


 すでに望む相手はいる。


 家柄も血筋も申し分ないし、なにより、コーデリアのことをよく理解してくれている。


 愚かな行いはしないだろうし、実力もあっていい相手だ。


 論理的に考えても彼が適任だ。


 そんなふうに、コーデリアの論理には隙は無かった。

 

 無いのだけれど、切り出すのがなぜか難しかった。


 それは、兄のように慕っている人だから、とか、もしくはよく知りすぎているからとか、断られた場合の気まずさとかそういうものから来ている――というわけではない。


 コーデリアは真剣に婚約に関する書類を見つめている後ろですましているアランのことをバレないようにちらりと視線をやった。


 そのはずだったのだが、アランとばっちり目が合って、コーデリアはぱっとすぐに逸らしてしまった。


 そしてそんな自分が猛烈に恥ずかしくなって、すぐに振り返って、ええいままよと口にした。


「ねぇ、アラン」

「なんだ?」

「……迷っていますの。新しい相手に」

「……」

「一応、いろいろなことを加味したうえでの適任が一人いると思いますのよ。でもね、まぁ長い付き合いですもの、わたくしからそれを切り出すのは少しだけ、気後れするという気持ちだってあるのよね」


 そしてものすごく遠回しに言った。


 つまるところ相手はアランであり、そしてコーデリアがそれを気軽に口にできないのは――とても淡く幼いころから消えない小さな恋心があるからだった。


 コーデリアは幼いころから彼に守られてきた。


 極端なことを言う人であり、幼いころから何を考えているかはあまりわからない。


 たまにユーモアもある。


 けれども何処か、コーデリアとは違う場所で生きていて遠い存在のような気もするミステリアスな人に見えた。

 

 それが幼いコーデリアにあこがれを抱かせた。それから、小さな初恋も実らせた。


 だからこの機会を逃したくない。そう思うぐらいには、ずっと胸に秘めていた気持ちだ。


 そういうわけで気軽に口にできない。彼はなにを考えているかわからないから。


 だから咄嗟に弱気になった。


「……」


 そんなコーデリアを見て、しばらく黙った後、アランはじっとコーデリアを見て言う。


「コーデリアお嬢様の好きにしたらいいと思うが」


 ぽつりと適当そうに言った。その様子はやっぱり何を考えているのかよくわからないけれど、余裕っぽい雰囲気と関心がなさそうな様子に今だと思った。


 だからあくまで気さくに、あまり重要なことではないような顔をしてアランを指名してこの話を纏めてしまおうと、喜び勇んで口を開こうとした。


 しかし続けてアランが先に言う。


「俺はただ、あんたを守るだけなので。でも次こそあんたがまたあんな目にあわされたら俺が切り捨てる」


 とても当たり前のように続けたのだった。

 

 けれどその瞳には苛立ちが浮かんでいて、はたと気が付いた。


 (……もしかしてあの日に言った、叩ききってしまえばいいって言葉……本音だったのかしら)


 そうだとすると今までのユーモアだと思っていたアランの過激で極端なセリフはすべて、本音ということになる。


 アランにはきっとそれができるだけの力がある。


 コーデリアとは別の世界観で生きている人だ、硬そうな掌、大きな体、フランクやカリスタ、自分とも違う、コーデリアの騎士。


 その思いはきっと誰より強くて、硬くてそして、コーデリアのことを心底思っている。


 本当の意味でコーデリアのためを思ってくれる人。


 なにかでごまかされたものじゃない、そのストレートな気持ちはなにより強いものではないだろうか。


 そう思うと、アランの言葉は深い愛の言葉に聞こえて途端に顔が熱くなった。


「……っ……」

「どうかしたか」

「……あ、あなたに、あなたを切り捨てることはできませんわっ」


 そうしてコーデリアは、赤くなった顔を隠すように俯いて彼に言葉を返す。


「あなたにします。わたくしあなたがいい、それだけよ」


 言うだけ言って、プイっとそっぽを向いてからすぐに、机に向き直る。


 彼がどんな顔をしているかわからなかったが、気配で少しそばに寄ったことはわかった。


「……」

「……たしかにできないな」


 呟くように言ったアランは、在りし日の幼いころのようにコーデリアの頭をとても優しい手つきで撫でたのだった。



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― 新着の感想 ―
あけましておめでとうございます。 主人公の親御さんは、腹を立てたりはしなかったのでしょうか。 家の面子を潰されたと言う話にすれば、かなり苛烈な報復が可能なのでは。 -----------------…
立場や態度を云々言っているのに護衛程度の者と結婚?というのが引っかかる。
くっ…好き……
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