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08「白い結婚」

 歓迎会ではしゃいだ反動だろうか、ノエルとシャノンはぐったりとして我が家へたどり着いた。


 二人が住まう家は市街地から外れたところにある古民家だった。そこは新築で居を構えるのならまず選ばないであろう区画で、鬱蒼とした雑木林が背後に広がる。そのため日当たりは悪く、人気(ひとけ)もなく閑散とした場所だった。


 シャノンが慣れた仕草で玄関の錠を解き、古ぼけた丸いノブを回してドアを押し開ける。


「ふう。ようやく我が家へ帰って参りましたわ」


 彼女は先にノエルを室内へ通し、自分がドアを閉めて内鍵を掛けた。ソワソワと家の中を見回すノエルに両手を広げ、ニッコリとする。


「お帰りなさいませ、ノエルさん」


「ただいま帰りました、シャノンさん」


「ンッ、フフフ……!」


「何やら嬉しそうですね。どうしたんです?」


「これから新しい生活が始まるとあって、わくわくしてきましたの」


「私もこの家で暮らせることに、心が躍っています」


「ノエルさんのお気に入りですものね」


「シャノンさんには不便をかけてしまうかもしれませんが……」


「日当たりが全くないわけではありませんし、ここは騎兵署にも通いやすい距離にあります。お買い物は少し遠くなってしまいますけれど、やはり住み心地の良さに勝る条件はありませんわ」


 ウォールハンガーにそれぞれマントと上着を掛けてリビングへと移動する。シャノンが壁に描かれた法紋に触れて照明をつけると、真新しい一人掛けのソファが二脚、姿を現した。


 個人宅の明かりは発光石や蝋燭などの灯火に頼るか、魔力を光に変換する鉱石によって確保する。後者の鉱石は夜市で光っていたランプと同じものだが、原動力は人の魔力である。もちろん、地下から霊力を引いてスイッチ一つで操作する仕組みも採用できないことはない。


 それにもかかわらず誰も手を出さないのは、最新技術なだけに施工が高くつくためであった。リアンデールやロセス、ここカナルにしても、霊力設備があるのは公共施設に限られる。夜市は出店主たちの出資金と客からの寄付、そして国の支援金によって賄われており、何にせよ設置には莫大な資金が必要なのだ。


 明るくなった室内にはソファのほか、磨き直した年代物の食卓と椅子がひっそりと居座っていた。キッチンのカウンターには調味料を納める棚や小物が並び、調理台の周囲にはよく使う道具が吊してある。


「シャノンさんは少し前にこちらへ住まいを移していたんですよね」


「ええ」


 ノエルは今日ようやくこの家に帰り着いたが、既に生活感があるのはシャノンが先んじて住んでいたからだった。彼女は部屋をぐるりと見渡し、心地よさそうに目を細める。


「古い家ですが設計はしっかりとしていますし、一部屋が広すぎず狭すぎず、収納が多いところもポイントが高いですわ。大きなクローゼットに納戸、パントリーも存外使いやすく、騎士の宿舎とは比べものにならないほど快適です」


「私の趣味につきあわせてしまったと思っていましたが、そう言っていただけると気が楽になります」


「どうか恐縮なさらずに。年月を重ねた古式ゆかしい雰囲気はわたくしも好ましく思います」


 ここはもともと空き家で、食卓や本棚といった大きな家具だけを残して長らく人の手が入っていなかった。借りると決めてからは二人で予定を合わせて壁や床の張り替え、新たな家具の設置、外観の修繕や周辺の掃除などを重ねてきた。


 そのかいあって以前のあばら屋とは見違えるようになり、今では「古民家」と呼ぶにふさわしい風格を漂わせるまでになった。


「この家は一目見て気に入ったんです。古びて見えても堅固な造りで、木材一つ取ってもこだわりがありありと見える。以前の持ち主がどんなにか大切にしていただろう……そういう温もりを感じてしまったら、もう他に考えられなくて」


「いつか戻ってくるつもりで、昔のまま残していったのかもしれませんわね」


 しかしそれは叶わなかった。どんなきっかけで建てられたのか、持ち主はどうしてここまで立派な家を手放したのか、実際のところは何一つ分からない。十八年もの間、引きこもり同然だったノエルはそういうエピソードに思いを馳せ、自分の人生と異なる「誰かが歩んだ歴史」を感じる瞬間が好きだった。柱の年輪に手を滑らせ、ほうっと熱っぽい吐息をもらす。


 しばらく沈黙が続いたあと、ノエルはシャノンの視線に気づいて我に返った。


「あの、シャノンさん? どうしました?」


「わたくし、今になって噛みしめてますの」


「噛み……?」


「自分も案外、人を見る目があるものだと。ノエルさんの感性を信じて正解でしたわ」


「……そうだといいのですが」


 ノエルはシャノンの手を取り、明かりの下にやってきて彼女の目を見上げる。


「私は生家を出たいばかりに、貴方との縁談に飛びつきました。弁解のしようもない手前勝手な理由です。けれど、だからこそ私は貴方に対して誠実であることを誓います」


 シャノンは一度だけ目をぱちくりとして、すぐに破顔した。


「カーター領家の事情はわたくしも聞き及んでおります。努力が報われず己を認めてもらえないのは苦しいものですわ。地獄から抜け出そうともがく貴方の手を、わたくしが掴み取れたのなら幸いです」


「シャノンさん、貴方は本当に……私にはもったいないくらいの方です」


「そんな顔をなさらないで。かく言うわたくしも、自分につきまとう噂を払拭したくてこの結婚に至ったのですから。おあいこですよ。むしろ、こんなわたくしの夫役を引き受けて下さったノエルさんの方が、周囲に何と言われるか心配でなりません」


 そうは言うが、シャノンの顔に憂いはない。彼女はノエルの手を決して離さず、これから始まる新たな生活に期待を膨らませる。


「わたくしも、ノエルさんには誠心誠意、真心をもって相対することを誓いますわ」


「ありがとうございます。お互いによい関係を築いていけるよう、頑張りましょう」


「ええ。二人で共に」


 ノエルとシャノンの間に男女の関係はないが、親愛の情をもってパートナーとなる契約をした。同じ時を過ごし、様々なことを互いで分かち合うために必要なのは「求め合う愛」だけではない。尊敬と尊重、思いやりがあればそれは成立し得るもので、両者の仲を十分に取り持ってくれる。


 それからもう少し、二人は手を握って見つめ合い、そのうち同時にはにかんだ。取り留めのない話をしながら荷物を片づけて、就寝の準備が整う。


「それでは、お休みなさい。シャノンさん」


「お休みなさいませ、ノエルさん」


 彼らはそれぞれの寝室に向かい、挨拶をしてドアを閉めた。

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