07「カナル魔法科部隊」
夕焼けが山の向こうに消え、空もすっかり黒く染まってしまった。月明かりが木々の間に隠れてしまえば、己の手足でさえ見失う暗黒が景色を覆い隠す。しかし、辺境の街は辺鄙な田舎でありながら煌々と明るかった。
ノエルはことあるごとに感嘆の声を漏らし、首が一回転する勢いで辺りを見回す。
「すごい……! ロセス領都もそうでしたが、ここでも霊力による明かりが使われているんですね。カーターはこの時間だと、どこも真っ暗でした」
暮夜の市場を照らすのは灯火でなく、大地に流れる霊力を利用した発光石のランプだ。霊力というのは地下を巡る魔力のことで、ノアリズ統領連邦では動植物が持つそれと区別して呼称する。ランプの中で光っているのは特定の金属を含む鉱石で、表面には魔力または霊力を熱に変換する「魔法紋様」が施されている。紋様とは魔力を魔法として顕現させるための機構であり、ランプの鉱石は紋様によって生じた魔法熱で含有金属を白熱させ、暗闇を照らすのだ。
これらの照明はノエルも言ったとおりカーター領にはないもので、一般的な器具ではない。今のところは国都リアンデールの首府とロセス領都、そして国境の要所でのみ普及している最新の設備である。
ノエルは羨望の眼差しで「ほあー」だの「はあー」だのと、すっかり語彙をなくしている。分隊の面々はそれをしたり顔で聞きながら、席が空いている屋台を見つけて素早く椅子を確保した。
「婿殿は何か苦手なものとかあるかい?」
「いえ、特別ありません」
「好き嫌いなしとはこれまた偉い!」
「何ですかキリエ。アタシの偏食にケチつけるつもりですか」
「偏食の自覚があるなら改善してほしいんだけどなぁ」
根暗にチクチクと言われつつ、ポニーテールの彼女が手を挙げて店員を呼ぶ。適当に料理と飲み物を頼むと、皆が姿勢を正して向かい合った。
「それじゃあ、料理が来るまでの間に自己紹介といきましょう。私はエレノア・シモン。平時は第一分隊の長としてこのメンバーで哨戒などしているわ。有事の際は第一から第三までの分隊をまとめた甲小隊の指揮も務めます。よろしくね、ロセスくん」
「美貌も過ぎると行き遅れるっつー証人だイッテェ!」
「ニーナ、ぶったわよ」
「そりゃ見れば分かりますよ! 本気で殴らんでください!」
「コミュ障の貴方がほぼ初対面のロセスくんを前に、緊張して多弁になってるのは理解してる。けどね、発言の内容は慎みなさい」
「……っす」
とはいえそれは本当のことで、エレノアは時代が時代なら国を傾けた美女であった。彼女が身につけた宝石はことごとく石くれとなり果て、いかに凝った意匠であろうとも凡作に成り下がる。おかげで男は隣に並び立つことを敬遠し、花の顔容を持て余したエレノアは婚期を逃して今に至る。最近では開き直り、いっそ死ぬまで美麗を追い求めてやると豪語していた。
彼女とは正反対に、親しみやすい美しさを体現するのが次の人だった。
「俺はサムエル・キリエ。第一分隊の副隊長やってまーす」
艶やかな金髪に青い目が映えるこの人はシャノンと同じくらいの背丈だが、華やかなドレスをまとったのなら放っておく男はいない容姿端麗だ。ただしこの評価は著しい誤解であり、それというのが、
「男同士、仲良くしてくれな。ノエル」
「はい、よろしく……。え? キリエさんは男性なんですか!?」
「そだぜー」
サムエル単体で立つか男の中に放り込めば、ノエルも彼の性別を間違えることはなかったろう。しかし隣に男装の麗人たるシャノンがいると、どういうわけか脳内で補正がかかり、ハスキーボイスのやや骨太な女に見えてしまうのだった。本人はそれに気づいてからというもの、毎度のごとく初対面の相手を惑わせては面白がっている。
ご尊顔がまぶしい二人に続き、挙手して立ち上がったのは口が過ぎる陰湿女だった。ちなみに、サムエル以外の隊員は間違いなく女である。
「ニーナ・ルイス。弱体魔法が得意な湿度高めのクソ女とはアタシのことだぜ。呪われたくなかったら用心しな」
「ノエルさん。先に隊長もおっしゃいましたが、この人は緊張のあまり余計なことを口走っているだけですので。全て聞き流して大丈夫です」
「フヒッ、ヒヒ! か、かわいい後輩の婿殿だしぃ? 優しくしてやんよ!」
「うんうん。先輩、黙りましょうね。これ以上は一人反省会が辛くなるだけですよ」
「うううぅぅうるせーーー!」
シャノンに諭され、ニーナは椅子がきしむ勢いで投げやりに腰を落とす。
「お、お手柔らかにお願いします。ルイスさん」
「任せろくださいオラァ!!」
シャノンの隣から顔をのぞかせたノエルに、彼女はヤケクソであった。雰囲気が全体に暗く、眉を隠す黒髪も湿って見え、羞恥と後悔でめちゃくちゃになった表情が実に陰惨でホラーだ。その自覚があるのか、隈に縁取られた目が泣くのを耐えて痙攣している。
自業自得で居たたまれなくなっているニーナに、最後の一人がハンカチを差し出す。
「あ。私はナタリヤ、ただのナタリヤ。よろしく、ロセス殿……」
「ナタリヤ先輩はぽやぽやして見えますが、割と何でもまるっとお見通しな方です」
「観察眼が優れてらっしゃるのですね」
「気配を消すの得意。偵察、斥候、お任せあれ。イェイ……」
「後方彼氏面させたらナタリヤ先輩の右に出る者はいません」
セミロングの髪はエレノアと同じ栗色で、緩いウェーブを描いて末広がり気味だった。ヘアケアには興味がないらしい。
ナタリヤの声には抑揚がなく、表情も微動だ似せず感情を読みとるのは難しかった。瞼が重いのか目つきは常に半眼で、思慮しているようにも眠気を我慢しているようにも見え、はっきり言って何を考えているか見当がつかない。事実、貸したハンカチでニーナが鼻をかんでも眉一つ動かさないのは辛抱強さの現れなのか、懐が深いのか、はたまた意に介していないのか……判断しようがなかった。
他方、茶目っ気はそれなりにあるようで、彼女は無表情ながら両手の人差し指と中指で作ったはさみを顔の横でチョキチョキと動かした。
第一分隊の紹介が終わると、今度はノエルの番である。
「ノエル・ロセスです。こんな見た目で驚かせてしまうかもしれませんが、病気などではないのでご安心ください」
「シャノンから聞いてんけど、それって生まれつきなんしょ?」
ニーナはヤケクソが極まり、誰もがはぐらかしたがる部分に踏み込んでいく。ノエルは自身の見かけを異質に思いながらも、人それぞれにある特徴の一部と受け入れたい気持ちがあった。そのため、目を逸らさず外見に言及したニーナに対し、ノエルは歓迎の笑みを浮かべて答えた。
「はい。お医者様が言うに、色素を持っていないためだそうで」
「アタシも調べたんよ~。白亜種ってやつで、人間も野生動物も、時々そういう個体が出現するらしいね」
「私も初めて会ったときはびっくりしちゃったわ。あの態度は失礼だったわよね、ごめんなさい」
「いえ! 今はこうして普通に接していただいてますし、どうかお気になさらず」
「しっかし、肌って色味が薄くなるほど日に弱いもんだろ? ノエルはどうなんだ?」
「私の場合ですと、日焼けすると火傷みたいになりますね」
「大変だ、火傷は怪我。もしかして、前に会ったとき被っていたマントは遮光の役割がある……?」
「そうです」
ノエルは膝の上に畳んでおいたマントの裾をつまみ上げる。
「これは日中にも外出できるよう、エスター先生――家庭教師の方が特別に作ってくださったんです」
「へぇ~、ってちょっと待った。エスターって、まさかイライアス・エスターじゃないよな? 魔法理論の権威で、魔総研を創設した一人の」
「そのエスター先生です。カーター領家の当主である父の伝手で――」
「うおおおお!? マジか! マジか!?」
突如、サムエルはテンションに任せて椅子から立ち上がった。顔は興奮で赤く染まり、鼻息が荒い。周囲の客は最初こそ奇妙な視線で彼を見たが、怒声を上げたわけでないと分かると、興味を失って目の前の食事に戻った。
「エスター博士に師事したってことは、ロセスくんも魔法が使えるの?」
エレノアがサムエルの腕を引いて椅子に座らせる。
「魔法科部隊の皆さんほどではありませんが、多少は」
「やったわねサム。男魔法使いの仲間が増えたじゃない」
「カーター出身なら、なおさら親近感わきますね~!」
「キリエさんも南方の方なんですか?」
「俺はお隣のハモンドな。あの辺ってだいぶ時代遅れ――じゃねえや、昔ながらの土地じゃん。魔法使いなんか男らしくないって圧が病的でヤベーの何のって」
「そのお気持ち、よぉーっく分かります……!」
ノエルは実感を込めて拳を握り、サムエルはその悔しい声に大きく首肯する。
「魔法は女性が得意とする分野ではありますが、男にも扱えないわけではありません!」
「だってのに性別で区別して男らしさがどうのって、ホンット下らねえったら。だから周囲の偏見も省みず、魔法理論を極めたエスター博士に憧れててさ! お前さんが羨ましいぜ」
「私もエスター先生にご教授いただいた経験は奇跡だったと思っています。ですが、キリエさんはご自分の努力で魔法を修得なさったんですよね?」
「ヘヘッ、まあな」
「すばらしい! その上カナルの魔法科部隊にいらっしゃるのですから、それはもう誇るべきことですよ、キリエさん!」
「サムでいいぜ、ノエル!」
「はい、サムさん!」
男は二人、ひしと手を握りあって意気投合する。
「おお、通じ合っている……」
「男の友情ってやつ? むさいな」
「サムにもロセスくんにもいいことなんだから、水を差しちゃだめよ。ニーナ」
「う~っす」
「……」
「どうしたの? シャノン。難しい顔しちゃって」
エレノアに指摘された通り、シャノンだけが黙りでサムに鋭い視線を送っていた。彼女は自分の両手をがっしりと掴み合い、暴走しそうな左右の手を抑えてブルブルと震わせる。妙な仕草で何を堪えているのか? エレノアとニーナが不審に思っている中、ナタリヤだけが彼女の内心を察した。
ナタリヤはシャノンの拳に触れ、それをテーブルの下に隠した。
「だめだよ、シャノン。これは無い無いしないと……」
「ウヴーッ!!」
「この子は何をケモノみたいに唸ってるのかしら」
「おそらく、手を引き剥がしたいのだと思う。サムと婿殿の……」
「は?」
「自分だけのロセス殿だったのに。という……」
「うへぇ。シャノン、本気で婿殿に惚れてんね。引くわ~」
「魔法談義で盛り上がってるだけじゃない。嫉妬することもないと思うのだけど」
「だ、だ、だってぇ!!」
大口を開きながら小声で反抗するシャノンの顔面は恥と焦りに塗りたくられ、真っ赤を通り越して青筋が立って見えた。
「ノエルさんはわたくしの旦那様ですのに……!」
「あーあ、始まった。シャノンのジメジメ恨めし女モード。めんどくせー」
「ルイス先輩に言われたくありません!」
「もともと男が苦手な分、懐に入れてしまったロセス殿にはメロメロなんだね……」
「まぁ、シャノンにとっては初恋の旦那様なんだし。仕方ない……のかしらね?」
「は、はゃ? 初恋だにゃんてっ、隊長は何を言ってンンンン」
「どう見てもそうでしょ」
「隊長に同意……」
「初恋こじらせシャノンちゃんってか。ゲハハハ」
飲み物が運ばれ注文した料理がそろっても、ノエルとサムエルのおしゃべりは終わらなかった。何なら先に乾杯して食事を始めたエレノアたちにも気づかないほどだ。
ノエルが感情豊かに言葉を発するのはシャノンとしても喜ばしいことである。だが、彼女は次第に、自分が引き出せなかった表情を他人に振りまくノエルにまでムカムカしてきた。
シャノンはブンブンと頭を振り、目下のステーキに集中する。悔しさを肉に押しつけて、それでもカトラリーの扱いは領家息女の所作を忘れず、楚々として口に運び優雅に咀嚼する姿は健気そのものだった。
こうなるとニーナでさえシャノンに同情した。彼女は持ち前のコミュ障を遺憾なく発揮し、サムエルの話を遮って白熱した空気に冷水を浴びせた。それまではよかった。
勢い狂ったニーナがシャノンの心情をぶちまけてしまうと、本人が悲鳴を上げてついに暴れ出した。最終的にシャノンの癇癪はノエルとサムエルが必死になだめて事なきを得、ニーナはまたしてもエレノアから小言を受けて落ち込んだ。
そんな一悶着も夜市においては溢れる喧噪の一部にすぎない。にぎやかな市場を照らすランプがチカチカと明滅し始めれば、本日は店仕舞いの合図だ。ひしめいていた客の姿はやがてまばらになり、第一分隊の面々も騒々しさの余韻に浸りながら解散となった。




