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05「不穏」

 ロセス領家で一夜を過ごしたノエルは翌日、イライアスと別れてシャノンと共にカナルへ発つことになった。屋敷の前でロセス夫妻に見送られ、二人の姿も見えなくなる門扉まで来て、イライアスは頭をぐらりと揺らして馬ごと翻った。


「それじゃあ、ノエルもシャノンも道中、気をつけて行くんだよ」


「ご心配なさらず、エスター先生。わたくしがついていますもの」


「確かに! キミほど心強い同行人もいないね」


「カーターからここまで、ありがとうございました。先生もどうぞお気をつけて」


「どういたしまして! またね~」


 イライアスは全身で手を振り、国都リアンデールに向けて東の街道を去っていった。


 ノエルとシャノンはそれぞれ手綱を握り、北回りの街道でカナルへ向かう。カナルへ行くにはカーター領からやってきた道を戻るより、北側からロセスを出て南下した方が近道なのだ。


 シャノンは騎士とあって馬に慣れており、その長躯には柔軟な芯が通っている。馬の足運びが乱れようと彼女の視界は揺らぎなく水平で、振り回されることがない。ノエルと偶然(・・)出会った翌日にカナルを出たにもかかわらず、シャノンがロセス領家で彼を出迎えたのは、この北回りルートを無駄のない手綱さばきで駆け抜けたからだった。今回の帰り道はノエルの歩みに合わせるため、二日と半日ほどかかる想定だ。


 普段の行いが良いのか、天気は良好である。


 だが二日目の午後、今夜の宿を予約していた村里へと入る前に問題が発生した。


 街道を進む途中、腐敗臭が漂ってきたので発生源を探ってみたところ、野生動物の死骸が放置されていた。頭が潰され、肉はほぼ残っており、補食されたようには見えない。この一度きりであれば、賢い個体が弱き者をもてあそぶこともあろうと納得できた。しかし数時間の旅路で二度、三度と同様の現場を見つけてしまっては異状な事態を疑うしかない。


 気を張りつつ、夕暮れ時のことだった。


 先行していたシャノンが不意に森の奥へ視線を向け、馬に停止を合図して素早く地に降り立った。彼女は手を上げて後方のノエルを制し、腰の短刀をいつでも抜けるように身構えた。


 ノエルは当初、シャノンが何を感じ取ったのか分からなかったが、武器に手をかけたことで緊張を走らせた。地面に下りて馬たちを庇うように立ち、魔法で守りを固める。女を前に男たる自分が後方に下がるなど臆病この上ないが、下手に動く方が騎士の邪魔となる。


 シャノンはわきまえているノエルに安堵した。


 ほっと吐いた息を吸うと同時に虚空へ一閃を煌めかせる。


 刹那で抜刀された刃が赤い日を反射した直後、茂みで何かが倒れた。


 シャノンはノエルにその場を動かないよう指示し、警戒を怠らないまま道を外れて結果を確認しに行く。


 かき分けた低木の向こうに猪が息絶えていた。首が断たれた状態で転がっているそれを簡単に検分してみると、額に磨き上げられた鉱石が埋め込まれていた。


 石の周りを切開し、魔力を断絶する包みで取り上げて観察する。


「またこれか」


 シャノンは顔をしかめた。


 透明石の内部には二重の魔法紋様が刻み込まれていた。上層の印は痛覚を刺激するもので、下層は装備対象の魔力を強制的に吸収するためのものだった。下層の紋様で猪の魔力を徴発し、上層の魔法を稼働させていたと思われる。


 猪は石を埋め込まれてから昼夜絶えることのない激痛にさらされ続け、正気を逸した状態で森を徘徊していた。そこに人の気配が近づいたため前後不覚で襲いかかろうとしたが、シャノンによって街道へ飛び出る前に介錯されたのだった。


「シャノンさん、大丈夫ですか?」


 ノエルが街道から身を乗り出し、シャノンを心配する。


「ええ。敵性のある魔獣と遭遇しましたが迅速に処理しました」


「それは猪ですか? あまり見ない模様ですね」


「……どこからか迷い込んだのでしょう。馬の様子に変わりはありませんか?」


「お馬さんたちに異変はありません」


「よかった。記録を取るので、今しばらくお待ちください」


「分かりました」


 シャノンは鉱石を包んで袋に封じて腰袋へと仕舞った。次いで、死体が痛まないよう防腐の紋様を地面に書き付けて魔法を発動させる。そして赤い広幅の紐を取り出して付近の木に巻き付け、足下に発光石を設置した。この石は魔力を込めることで光るもので、注入した魔力の量に比例して明るさが増し、点灯する時間も長くなる。最後に、街道沿いの枝にも同様に紐を巻いて発光石を置き、現在地を手帳に記録して最低限の現場保全を完了する。


「お待たせしました、ノエルさん」


「では、日が暮れないうちに急ぎましょう」


「村に着いたら宿の手続きをお願いしてもいいでしょうか? 私は駐在所へこの件を報告に行かねばなりません」


「お任せください。大きいお荷物も私の方で運んでおきますね」


「ありがとうございます」


 すっかり騎士モードのシャノンは毅然とした面もちであった。村に着くと彼女はノエルと別れ、駐在の騎士に魔獣と遭遇した場所を伝えた。


「これだけ村の近くに出没したとなると、哨戒を増員した方がいいかもしれません」


「ご報告ありがとうございます。ところでその猪ですが、何か特徴などありましたか」


「黒い牙に茶と白の縦縞でした」


「……やはり。ロセスでは見ない種ですね」


「はい。速やかに死体を回収し、この石も一緒にカナルへ送ってください」


「承りました。あとは我らにお任せを」


「よろしくお願いします」


 シャノンは頭を下げて駐在所を出た。彼女はその後も気が抜けず、カナルに到着するまで表情を堅くしたままだった。

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