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43「辺境騎士のお飾りじゃない花婿」

 襲撃事件から三ヶ月ほどがたち、カナルにも日常が戻った。


 事件を受けて騎士の皆は日々の訓練にますます力を入れるようになった。不測の事態には身一つで対処する場面も生じることから、己の体を資本とする装甲科が即応要因として重要であるとされた。そのためには即座に現状を把握する能力が必要だ。よって、装甲科の騎士も各々で望遠魔法を修得するよう義務づけられた。


 魔法科にしても、高度な魔法道具の一部を勤務外でも携帯および使用を許可する案が検討されている。申請により持ち出し該当の道具を把握し、保管場所や管理状況の定期的な確認を行うなど、是正体制を厳しくする条件で遠からず認可が下りる見通しだ。


 さて、レイフレールの企てを阻止した功労者ノエル・ロセスといえば、相変わらず資料室での業務に励んでいる。負傷した肩は固定具をはずして自由になり、適切なリハビリを経てだいぶ動かせるようになった。そしてこれはまだ先の話だが、ノエルは資料整理の任務を終えたのちに騎兵部作戦科への異動が決まっていた。魔法の造詣は申し分なく、さらに資料の仕分け作業に携わったおかげで、彼は様々な過去の事例を把握するところとなった。作戦科はそういった経験を生かすにもってこいの部署なのである。


「しっかし、サリバン人事官(あのクソババア)め。先見の明だとか言って、ノエルの努力を自分の手柄にしてるのが腹立つのよね」


 などと不満を露わにしたのはシャノンだ。彼女は本日から一週間、事務方と終業時刻が合致する勤務体制で、さっそくノエルと一緒に帰宅するところだった。


 爆破された部分の再建がようやく始まった正門を後にし、二人は市場に寄って夕食の買い物をしてから自宅へと足を向ける。


「あの人はそういう性質なんだって思えば気にもならないよ」


「貴方は優しすぎるわ。あんなのにさえ慈悲をかけるだなんて」


「慈悲のつもりはないんだけどね。早い話が、気にするだけ無駄ってことだし」


「分かっていてもムカつくの。わたくしは」


「うーん。僕の場合は両親が……アレなので。鍛えられたというか、図らずも身についてしまった処世術というか」


「ノエルは大丈夫なの? それって窮屈ではなくて?」


「前よりはマシだよ。これまでの僕なら、他人の気質を理由に関係改善をあきらめるなんて、考えてみることさえはばかったと思うし」


「それだと、今は割とずけずけ言ってるわね」


「言ってるねぇ」


 顔を見合わせて二人はプッと吹き出す。こんなふうに、会話とは取り留めもなく弾むものだなんて、以前のノエルは知らなかった。和やかで朗らかで、心が自然と軽くなっていく。


 自宅に到着して郵便受けを開けると、一通の手紙が入っていた。国都の消印で、シルビアからのものだった。


 生徒たちは事件のあと、残りの日程を全てキャンセルし、騎士を護衛につけて国都へと帰還した。


「双子さんたちはお元気?」


「ええっと、少々お待ちを」


 家に入って買ってきた荷物を片づけ、ひとまずお茶を一杯。夕食前の一休みとして、二人はそれぞれソファに腰掛けた。開封した手紙をノエルがカップを片手に読む。


「学院の休暇期間がまだあるから、アレンとシルビアはカーターに戻って休息を取るようすすめられたらしい」


「では、ご実家へ?」


「それが……帰らなかったみたい。実家でアレコレ聞かれて見当違いな心配をされるより、気の知れた友達がいる寮で過ごした方が養生できるし~。とのことです」


「シルビアさんもだいぶはっちゃけたわね」


「アレンも同意見で、テキトーな理由を考えてくれたんだって。今回の事件をきっかけに国防の意識が強まったとか何とか」


 故郷のため国のため、いっそう勉学に励む。などと使命感を漂わせれば父エリクはさもありなん、母リリアンも寂しそうにしつつ双子の意志を尊重した。


「アレンはお父様たちのことをよく把握してるよ。本来ならそこまで気負わないでもいい立場だったのに」


「けれど、それはノエルのせいではないわよ? そのような家庭環境にしたのはお義父上だもの」


「……だね。こんなたらればを言ってたらアレンに怒られそうだ」


「余計な口は出さず、アレンくんとシルビアさんが助けを必要としたときには惜しみなく手を貸す。それで対等というか、相子なのではなくて?」


「うん。今の二人にはそれが正解なんだと思う。関係性は変わっていくものだし、その都度、ちゃんと対応ができるよう僕も経験を積んで成長しなきゃ」


「ええ。いい心がけだと思うわ」


「そういえば――」


 ローテーブルにカップを置き、ノエルは騎兵署で読んだ新聞の内容に話題を向けた。


「レイフレールは結局、トカゲの尻尾切りにされたらしいね」


「わたくしも署で記事を読んだわ。クィンはレイフレールの計画に一切関わっていないとし、例の一件はラティナの独断であるとの見解を示した。だったかしら」


 ラティナ・レイフレールの密謀は人の道にもとる行いであり、誠に遺憾な出来事だったとクィンは言った。それどころか、愚昧なる首謀者とその手下がノアリズにていかなる処分を受けようとも関知せず、また非難もしないとまで表明した。


 その知らせを聞いたレイフレールだが、次の日には髪が全て抜け落ちるくらいのショックを受けていた。手下の七一、三八にしてもレイフレールひいてはクィン聖国への忠誠が強かったようで、抜け殻のようになってしまった。四〇は静かに目を伏せるのみ。二八少年は己が捨て駒だったことを知って悲しみ、今後を悲観して呆然とした。


「まったく! どの口がって話よ」


「実行犯が自供してるのに、平然と知らん振りで自分も被害者みたいな顔ができるのはすごいよね……」


「そこまで図太くならないと立ち行かないなんて、国家として終わっているわ」


 まだ記事にはなっていない話だが、レイフレールはノアリズに乗り込むまでの間に少なくとも三ヶ国を渡り歩いたと判明している。北の隣国システルから彼女の足取りを遡ると、その西に位置するエイヴールを経て、さらに西のナザロクスフまで辿ることができた。しかしながら、それ以前の動向は探れず闇の中だった。


 このナザロクスフという国もかわいそうなもので、独立国であるものの、痩せた土地のせいで食糧事情を隣国のクィンに握られている。そのため普段からクィンに隷属的な姿勢が目立ち、調査もその先はどん詰まりだった。追及を諦める選択はないにしても、そう簡単に進展は望めそうにない。


「やめましょうか、この話題。やるせなくなるばかりで精神に悪いや」


「ションボリしたときはご飯をいただくに限るわ。今日は栄養とか関係なく食べたいものを作りましょ!」


「作り置きのアイスも全部食べちゃう?」


「食べちゃう!!」


 シャノンは甘いものが好きだ。ちびちびと食べて一週間は持つように作ったアイスを一晩で食べ尽くしてしまうなんて、目の前にぶら下がった甘美な背徳に彼女は少女のように声を高くした。


 職務中はきちんと「大人の女性」で「男装の麗人」なのに、家の中では思いのほか「女の子」。その可憐な姿を見るのはノエルのほかにロセスの家族だけだろう。同僚の騎士でさえ知りえない一面だ。


「ねえ、シャノン」


「何かしら?」


 ノエルは前髪の間から縹の瞳を覗かせ、妻を見上げる。


「貴方さえよければ、式を挙げたいと思っているのだけど。どうかな?」


「……式?」


「結婚式だよ。書類上では夫婦だけど、関係を公にする儀式はしていなかったから」


「ケッコンシキ? けっこ……ん?」


「なぜそんな、聞いたことのない単語みたいに」


「結婚式ですって!?」


「うん、そう。結婚式」


 顔を髪と同じく真っ赤にして、シャノンが閉口する。想像通りの反応にノエルは笑みをこぼし、この提案を打ち明けるに至った己の心境を振り返る。


 わが身を省みずアレンとシルビアを助けに行ったあのとき。窮地に駆けつけてくれたシャノンに抱きしめられて、彼女の温度に包まれ恐怖が解けていった。シャノンはノエルたちを本心から心配して、無事に済ませられなかった己の力不足を嘆き、悔やんだ。


 本当ならノエルはそんなシャノンに対して、苦労をかけたと恥ずべきだった。それなのに、ノエルの心にわき上がったのは「喜び」だった。


 この人(シャノン)にとって自分がどんな価値を持つのか――どれだけ大切にされていて、胸の内をどれほど占有しているのか。それを実感して、シャノンと同じ分だけ、自分の心を彼女で満たしたいと願った。


 シャノンに心配をかけた後悔と恥辱がやってきたのは、その願いを自覚してからだった。だからこそ、この先は何があろうとも決して、彼女に惨めな思いはさせないとノエルは誓った。


「僕もお飾りの立場はそろそろ返上したいので」


「エッ? エッ!? そ、そそそそれはどう、いう……?」


「ど? え? どうって」


 まさかそこを聞き返されるとは思っておらず、ノエルも頬を熱くして言葉に詰まる。だが、ここでひるんでいても話は進まない。ノエルは腹をくくって宣言した。


「仮面夫婦じゃなくて、貴方の本当の夫になりたい……ってことです!」


「ワ……ッ!?」


「だから結婚式もちゃんとやりたいなって、最近ずっと考えてたんだ」


「アヒェ……」


 両者ともに全身で放熱し、鼻筋にぷつぷつと汗が浮かぶ。


 シャノンが陥落しているのは明らかだが、最後の一押しだとノエルは彼女の手を取り上げて甲にキスを落とした。


「ね。お願い」


 精一杯の格好を付け、上目遣いで照れくさそうにささやく。


 これはもう、シャノンを殺しにかかっていると言ってもいい。自分の一挙手一投足がシャノンにとっていかに致命的か、そこはまだノエルも分かっていないので余計に威力が強い。


 まさに全身茹で蛸になったシャノンは噛みしめるように叫ぶ。


「ひゃい!! しましゅ! 結婚しる!!」


「結婚はね、してるんですよー」


「そう! でした! わはは!」


「えへへ……」


 そこから先は二人そろって何を言えばいいか見当もつかず、黙り込んでしまった。情けない空気がリビングに立ちこめるが、嫌な雰囲気ではない。ノエルは耳から首の後ろまで血色で染め、最後の一撃を決める。


「そしたら指輪も用意しなきゃだね」


「――ッ!?!?!?!?」


 過熱を起こしたシャノンは動作不良により身体機能を停止した。


「あれ? シャノン? シャノン!? どうしたの!?」


「わたくし、死んでしまったわ……」


「し、死んじゃった……?」


 今からこの調子では、いざ式を挙げた際にはどうなることか。文字通りシャノンが爆発しかねない。


 じっと固まったまま瞬きすらしないシャノンを前にノエルは考えあぐねて、あぐね極まって後日、いつかのようにエレノアを頼った。


 エレノアは太陽よりも明るく温かな笑顔で、「ロセスくん。これから一日一回シャノンを口説きなさい」。果たして相談した相手が悪かった。とはいえ、こればかりは誰に助けを求めたとて同じことを言われたろう。おかげでシャノンどころか、ノエルも修行の日々を送ることになった。


 それから約半年後。


 二人は長きに渡る苦行を乗り越えて結婚式当日を迎え、多少のトラブル(誓いのキスは当初「結婚指輪に」と打ち合わせていたのをノエルが大胆にも「頬」に変更し、案の定シャノンが爆発した)はあったが、概ね無事に終えた。


 ちなみに仕返しとして今度はシャノンがノエルの唇を奪うのだが、それはもう少し先の話である。



〈終〉

最後までお読みいただきありがとうございます!

最終話ですし、ブクマや評価、リアクションなど気軽にしていただけたら嬉しいです~!


完結済にはするものの、もしかしたら続きが生えるかもしれません(もちろん生えない可能性も大いにあります)。

とりあえず、恋愛主軸のルートはこれにてお終いとなります。ありがとうございました!

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