42「今はもうロセスの息子」
「ええっと、その。どうかしましたかな? ロセス夫人」
「……」
「フィオナ」
トーマスが割って入り、まなざしを鋭くするフィオナを制する。
ノエルを過小評価するのみならず、シルビアの才能まで潰そうとするエリクに「ざまぁ」を決めたい妻の気持ちはトーマスもよく分かる。しかし自分も相手も領地を治める立場であれば、一時の感情に流され仲らいを損なうことはできない。
「分かっておりますわ」
フィオナは「コホン」と慎ましやかに咳払いして、その場から一歩下がる。
そこへ、とある紳士がやってきた。
「やあ、お二人とも。ノアリズの火薬と食料を握る両名でご歓談とは、いったいどのようなお話を?」
彼はノアリズ統領連邦をまとめる総頭領ホレイショ・ヘインズ閣下である。ほかの頭領たちと談笑しつつ周囲に目を配っていた彼は、わざわざ話を中断してロセスとカーターの両名に声をかけたのだった。
突如として現れたノアリズ最高位の人物に、トーマスとエリクは一瞬だが息を詰まらせた。その隙をついて、フィオナが朗らかに微笑む。
「カーター領家のこ息女シルビア様のお話しを少々。彼女には兄君のノエル様と同様に魔法の才がおありだと盛り上がっておりました」
「ほう。確か、貴家のご長女シャノン様はカナルで魔法騎士として活躍しておられたはず」
「まあ! 閣下のお耳にも届いておりますの? 光栄ですわ」
「私も魔法には興味がありましてね。私自身はそれが得意というわけではないのですが……身体能力で男に敵わぬ女性が魔法を駆使し、騎士として男と肩を並べて働いている。そんな光景を見ていると、我らも余裕をぶっている暇はないと思うのです」
ヘインズは誰にともなく、しみじみと心中を吐露した。
「事実、男は魔法で女に敵わないが、研究分野ではエスター博士とその弟子たちが奮闘している。国を守る心に性別が関係ないように、学問にも男女の区別は必要ないと私は考えます」
その意志に感銘を受けたトーマスは、喉につっかえていた息をすっと吐き出して続いた。
「皆が皆、己の才に気づき自分の能力を十二分に生かすことができれば、ノアリズはさらに豊かな国となるでしょう」
「いかにも。男女どころか老いも若きも学びを怠ってはいけない。時代と共に変わりゆく観念を更新し、邁進し続けること。それこそが国の発展と強化に肝要なのです」
そう語ったヘインズを前にエリクはぐうの音も出ず、シルビアの今後についてはうやむやになった。しかしこれでは収まりが悪い。ヘインズはエリクの肩を抱き、ロセス夫妻から引き離すように足を翻した。
「それにしても、カーター領はますますもって我が国に欠かせぬ一大領地ですよ。貴領の存在がなくば民の腹を満たすのも一苦労なのですから」
「そっ、そうですかな? 腹が減っては戦はできぬと申しますし、これからもノアリズの食料庫として、最高の品々を連邦全土に届けてまいりますとも!」
「はっはっは! 頼もしい限りです。時に、奥方の姿をお見かけしないのですが?」
「ああ。実は先日、子を授かりまして」
「何と! それはめでたい!」
ヘインズは横顔でロセス夫妻を振り返り、ウィンクを送った。そしてエリクを連れて、先ほど離脱した談笑の輪に戻る。
自覚のない嵐が過ぎ去り、トーマスがほっと胸を撫でた。
「さすがはくせ者ぞろいの頭領たちをまとめるお方だ。敵わないな……」
「私もすっかり毒気を抜かれてしまったわ」
「毒気だった自覚はあるんだね」
「だってあのお方ったら、うちの息子を悪し様に言うじゃない? 噛みつきたくもなるわよ」
「夫人に同意いたします」
イライアスの弟子にしても、手を胸の高さに挙げてしれっと首肯した。フィオナはその手を取って堅く握手を交わす。
「そうよね! 貴方が援護を申し出てくれて本当に助かったわ」
「やっぱりそういう目的で連れてきたんじゃないか……」
「こちらとしても渡りに船でしたので、ありがたく便乗させていただきました。ノエルくんを見くびられたとあっては、我々エスター門下の面子にも関わります」
「本当にありがとう。長く引き留めてごめんなさいね。エスターによろしく伝えてちょうだい」
「はい。それでは失礼いたします」
弟子は丁寧に会釈して別の集団へ挨拶に回った。
少々物足りない場面はあったものの、おおむね満足げなフィオナが麗しい笑みを浮かべた。そんな妻を横に、トーマスはこの宮殿外周を全速力で一回りしてきたような顔だった。
ぶわっと汗が出て心臓が信じがたい速度で脈を打つ。よもや胸から飛び出すのではと心配になるほどだ。
「どっと疲れたな……。カーターも昔ながらの土地柄だから、エリクがああなるのも理解はできるけど、それにしたってノエルくんへの態度はあんまりだよね」
「何よ、貴方もそう思ってるんじゃない」
「もちろんさ。でも、頭領同士で反目するなんてもってのほかじゃないか」
トーマスの言葉は正論だ。しかしフィオナはどうしても感情が先に立ってしまう性分で、ムッとして唇をツンと前に出す。その仕草はいじらしく、トーマスは弱ったなと肩をすくめた。
「今回はちょっときつく言わせてもらったけれど、私はできることならノエルくんとエリクの関係を取り持つ方向で行きたいんだよ」
「……トーマス」
「何かな?」
「貴方って人がよすぎるわ」
「え~? そこに惚れてくれたんでしょ?」
「そうなのよねぇ」
フィオナは頬に手を添え、わだかまった思いを吐息とともに吐き出す。モヤモヤを外へ排出したのなら、頭を切り替えねばならない。
「でしたら貴方は飴、私は鞭。といった具合に役割を分担しましょうか。あのお方の気質なら、女の言うことだからと多少の苦言は見逃して下さるでしょう」
「南部男の〈懐の深さ〉に収まる程度にね」
「あら。心得ておりましてよ、旦那様。せいぜいしゃしゃり出てさしあげますわ」
「私の奥さんが頼もしくてとっても心配」
俄然やる気を出したフィオナにトーマスが遠い目をする。むろん、彼女が領分を逸脱して口を出すことはないと確信している。だが、いざ舌戦に突入したときの雰囲気を想像してみると、やはりトーマスの頭には懸念がもたれ掛かるのであった。
次で完結です!




