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40「宣戦」

「ンなこと言われなくても知ってる」


「何ですって? 聞こえなかったんだけど?」


「その分だと、俺のこともまるで分かってないんだろうな」


「ハァー? 私が何を分かってないって?」


「秀才と天才に必死で追いすがらなきゃならない凡人の気持ちだよ」


 声を荒げるでもなく、アレンは静かに語る。


「頭がいい自覚はあっても、お前はそれだけ。自分の見たいものしか見ないし、関心がないことは知ろうとしない」


「そ、そんなことっ」


「あるから今そうやって後ろめたいんだろ? お前は母さんそっくりだ。自分こそが正しいとばかりに見当違いの持論を振りかざして殴ってくる。俺の意地も知らないで」


 双子の無事を喜ぶ温かな空気が氷点下に急転した。皆の前でこの二人が、特にアレンがこうも露骨に敵意を表すのはこれが初めてだった。ノエルはおろか同級の生徒も、教師でさえ口の挟みようがない。


 ただ一人、エドワードを除いて。


「俺は知ってたけど」


「は?」


「お前が義兄さんに対してめちゃくちゃ面倒くさくてクッソ重たい感情を抱えてたのも、シルビアの天才ぶりがカーターの両親に知られないよう上手く隠してたのも」


「嘘だろ。アンタが?」


「嘘じゃねーんだわ。義理の弟なんだから、気にかけるのは当たり前だし。仲良しにはなれなくても、程良い距離感は掴んでおかないといろいろ大変だろ」


 思ってもみない理解者の登場に、アレンはあんぐりとして勢いを失う。


「シルビアの才能がバレたら……あの親父さんのことだ。女がどうとか言って勉強が途中でも地元に連れ戻しかねないもんなぁ」


 エドワードの目は答え合わせを望んでいた。もっとも、彼は自分の言に間違いなしと確信しているようだった。


 事実、エドワードの解釈は正しかった。正鵠ど真ん中を射られたアレンは感情を整理するため、呼吸を深くしてやや黙った。ここで逆上しないのが可愛くないところだなとエドワードは思った。


「俺らのことなんてこれっぽっちも考えちゃいないんだ。あのクソ親父」


 アレンは冷静になり、数々の不満をその一言に集約して燃え上がった激情を鎮火する。いつも通りのツンケン具合に戻ったところで、シルビアがおずおずと声をかけた。


「私、アレンの気持ちとかぜんぜん想像してなかった。ごめんなさい」


 シルビアとしては、母リリアンにそっくりだと言われたのがだいぶショックだった。母が嫌いなわけではないものの、鬱陶しく思うことは多々あった。なので、自分もあの鈍感と横暴を受け継いでいるというのはそれはもう、大変に落ち込む事案なのだった。過去を振り返って思い当たる場面がいくつもあっただけに消沈は著しい。人の話を聞き入れ、己を悔い改められるだけでもマシと思わないとやっていけない。


「……本当に、ごめん」


 だからといって、長年の性質はすぐに変えられるものではない。シルビアはせめて、アレンの重荷にならないよう行動するしかなかった。


「というわけで、私は私のために望む道を行きます。私、お父様に何て言われようとカーターには戻りません!」


「結局そうなるんじゃないか。このわがまま娘め」


 シルビアは奔放をその身に羽織り、自分を絶対に曲げないと決めた。両親を置き去りにする勢いで突っ走っていけば、きっとアレンも気を揉まなくて済む。


「アレンのお話、何でも聞くからね。でも話してくれないと私たぶん分からないから、考えてることはちゃんと話してね」


「何だよお前。すごいバカじゃんそれ……」


「バカじゃありませーん。アレンより頭いいもーん」


「知ってる。バカ」


「また言うー!」


 ポコポコと叩いてくるシルビアを無視してアレンはノエルに向き直る。


「もうバレたからアンタにも全部言う」


「は、はい。お聞きします」


「俺はアンタが自分を過小評価してるのが気にくわない。何も持ってないって顔が本当にムカつく。立場を代わってやれるなら是非ともそうしたいもんだよ。領家を継ぐ重責も知らないで」


「……」


「自分ばっかりがつらい立場だとか思うな。俺はアンタを不幸だの不憫だの思ってない」


「うん」


「ぬるま湯で腑抜けるなんて絶対に許さないぞ。アンタは俺が越えるべき壁なんだ。俺がぶちのめす前に勝手に倒れられたら困る」


「え。わ、私はアレンにぶちのめされるんですか」


「うるさい黙って聞け」


「はい!」


「俺は……、……。このまま進み続けるアンタを追い越してこそ、俺は領家当主に相応しい。だから……、兄さんには負けないからな。覚えとけ」


 それで全てなのか、アレンは言い終わると背を向けてつま先で地面を蹴った。


 ノエルはノエルで、シルビアのみならずアレンまで兄と認めてくれたことに感激し、目を潤ませていた。今にも二人を抱きしめたい衝動に駆られるが、そんなことをすればまず間違いなくアレンにへそを曲げられるので、絶対にしない。背後でシャノンとサムエルが拍手をするふりで彼を祝っている。


 ふてくされ続けるアレンの視界に、シルビアが横から顔を突っ込んだ。


「ねえねえアレン。兄さんをぶちのめすなら、私はー?」


「ここでそれを聞くか?」


「わ・た・し・はぁ~?」


「……知らん。俺が行く先で勝手に燦然と輝いてろ。街灯代わりにはちょうどいい」


「任せて! めっちゃキラキラしとく!」


「お前は本当に面の皮が厚いというか、無神経というか。……いい性格してるよ」


「アレンと双子なんだから当然でしょ」


 ベェーッと舌を出すシルビアに、アレンはこれでもかと顔をしかめる。領家息女が何て品のない仕草をするんだとドン引きの様子だ。


 案外まだ幼い二人を眺め、ノエルがシャノンにひそひそと話しかける。


「積もり積もったわだかまりが少しは解けたかな?」


「以前に比べれば関係は劇的に改善したと思うわ。アレンくんは一筋縄でいかないみたいだけれど」


「これからってことだね」


「折に触れてお手紙を書いてはどう? シルビアさん宛なら受け取ってもらえるでしょうし、アレンくんにも無理やり読み聞かせてくれるのではなくて?」


 シャノンの予想を聞いて、耳を塞ぐアレンを想像してしまう。ノエルはクスリと笑って、いろいろと考えてくれていた弟に尊敬のまなざしを向ける。次期当主という重圧を抱えているアレンのためにノエルができるのは、乗り越えるべき障害であることだ。アレンが兄と呼んでくれる――ノエル自身の願いが叶うのなら、どんな役目でも負ってみせよう。


 睦まじいロセス夫婦を見て、シルビアがつぶやく。


「私、兄さんのことお兄様って呼ぼうかな。アレンはどう思う?」


「は? 何で? キモ」


「シャノンお義姉様と呼び方を合わせたほうがいいかしらって」


「好きにすれば。俺は絶対にお兄様とか呼ばないけど」


「それは私もやめてほしい。アレンが兄さんのことお兄様なんて言ったら……、オエ~ッ」


「へえ。シルビアをゲロまみれにしたかったらそう言えばいいわけか」


「そしたら全力でアレンに抱き着いてあげるね!」


「……勘弁してくれ」


 こめかみを押さえるアレンをシルビアが悪意満々で抱きしめる。これまでの不満を吐き出したおかげか、アレンの雰囲気は心なしか柔らかくなっていた。同級生から労りの言葉をかけられて照れくさそうに返事をする少年は、もう一匹狼ではない。


「帰り道は馬車の雰囲気もマシになりそうね。よかったー」


「本当にね」


 ガルシアにエドワードが頷いた。彼は義弟を最初に、義妹から義兄へと視線を移していき、「アレンの奴、この先も苦労するんだろうな……」。シルビアは言わずもがなノエルにしても鈍感で頑固な一面があるので、アレンの舵取りは大変なことになりそうだ。


 今回の一件でエドワードはようやくアレンの素顔を見た。おかげで、今後は心おきなく世話を焼いてやれそうだった。そうしてロセスの義兄は楽しそうに微笑む。先ほどは「仲良しにはなれなくとも」と言ったが、仲良くなれるのならそちらの方がいいに決まっているのだ。

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