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39「帰還」

 あと一時間ほどで夜が明ける。


 早朝の暗がりをカナルの街に向かって歩く馬が三頭あった。先頭はサムエルが手綱を握り、アレンが同乗している。真ん中はシャノンで、シルビアを抱え込むように乗せていた。ちなみにシルビア本人は推しのご尊顔が近すぎて気絶中だ。最後尾のノエルは負傷した肩を固定したため、片手で馬を制している。


 ナタリヤとニーナは魔獣と捕虜を移送する手伝いで現場に居残りだ。


 遠くに見えていたカナルの灯火がだんだんと近づいてくる。


 途中の田畑に人の気配はなかった。普段であれば作物の収穫などで誰かしら見かけるはずだった。しかし、夜更けに騎兵署が爆破されたとあっては常の勤めに出る余裕もない。


 静かな黎明の中、次第に喧噪が近づいてくる。


 無事にカナルへたどり着いた五人は道すがら、アレンとシルビアが泊まっていた宿に足を向けた。


 宿の前にはエドワードをはじめとする学院生徒たちがたむろしていた。彼らは教員のなだめに従い、騒がず慌てず、アレンたちが連れ去られた方向を静かに見つめている。束になった視線の先に馬が現れ、アレンとシルビアの姿が目に留まると生徒たちは一斉に駆けだした。教師陣も後を追ってやってくる。


「ああ! よかった! 二人とも帰ってきた!! シルビア! アレン!」


「へぁ……? ガルシーの声……」


 ガルシアの呼びかけでシルビアが意識を取り戻した。開眼一番、目に飛び込んできたシャノンの願容(かんばせ)にヒュッと息を呑み、照れ照れと顔を赤らめる。その様子に「ズルい!」と叫びたい女子生徒たちだったが、怖い思いをしたあとなのだからと気を使ってくれた。


 教師陣もほっとした顔で、用意していたタオルでアレンとシルビアの足を拭い、靴を履かせた。二人はそれぞれ、サムエルとシャノンの手を借りて地に降り立つ。


 途端、双子は無事を確かめる声に揉まれた。


 その光景を誰よりも喜んだのはノエルだった。彼が馬から下りると、エドワードが隣にやってきた。


「もしや、義兄さんも二人を助けに行ったんですか?」


「そう。宿の異変にいち早く気づいたのはノエルなのよ」


 その問いにはシャノンが答えた。


「騎兵署が拉致を把握したのは先生が署に駆け込んでからだったわ。すぐに望遠魔法で探査して居場所を特定し、まずわたくしとナタリヤ先輩で急行したのだけれど……」


「ということは、義兄さんは姉さんたちが着くまでたった一人で賊に立ち向かったと?」


「ええ」


「それで怪我をされたんですね」


 痛そうな顔するエドワードに、ノエルがヘニャっと笑う。


「見た目の割に元気なので。大丈夫ですよ」


「へぇ……」


 エドワードはボロボロな義兄をつま先から頭までゆっくりと見上げ、「義兄さんの自己申告はあてにならないので」。姉に顔を振り向ける。


「どうなんです? 姉さん」


「大丈夫ではないわ。ノエルはこのあと騎兵署の医務室送りよ」


「やっぱりじゃないですか!」


「いえ、私は本当に」


「大丈夫だとおっしゃるなら、その腕を動かしてもらっても?」


「……すみません。元気はありますが無事ではありませんでした」


「ほらもー! 義兄さんは過剰に被害者ぶってちょうどいいくらいなんですから」


「わたくしもエドワードに賛成だわ」


「俺も弟くんに賛成かなー」


 サムエルにまで言われ、ノエルは眉尻をしょんぼりとさせる。自然と視界は下を向き、そこへシルビアがずいと割り込んできた。彼女もノエルと同じような顔をしている。


「あの、その……助けてくれて、ありがとう」


「い、いえいえ! 私も結局やられてしまったわけですし。シャノンたちが来てくれなければ、今頃どうなっていたか分からないのですから、礼を言われることでは……」


「……エドワード様の言うとおりだわ」


「え?」


「兄さんは自分を鼻にかけるくらいで人並みなのね」


「そん――、へぁ? に、い……にいさん!?」


 目を丸々と見開くノエルを見上げ、シルビアは兄の瞳が紫を帯びた縹色だと知った。これまでずっと、味気ない灰色なのだと思っていた。


「それから、今までごめんなさい。私、兄さんのことをひどく誤解していたわ。反省してます……」


「あっ、いや、そんな。いいんですよ、シルビア」


「よくない! っていうか妹に敬語なんておかしいし。普通にしゃべってよ」


「そう……かな?」


「そうなの!」


「……うん。ありがとう、シルビア」


「だから、それを言わなきゃいけないのは兄さんじゃなくて私なんだけどー?」


 認識を正したシルビアが一気に距離を詰めてくる。ノエルはたじろいで手を挙げ、降参のポーズを取った。そんな兄の腰にシルビアはギュッと抱きつく。


 手のひら返しにも見えるその態度が気に入らないのか、アレンは腕を堅く組んで不満の声を上げた。


「調子のいい奴だな、お前」


「私はアレンと違って兄さんに引け目とかないもーん」


「そりゃそうだろうよ」


 実際のところ、シルビアにノエルを疎む気持ちはない。ただ、両親からないがしろにされて「かわいそう」という思いだけがあった。それは年を重ねるごとに変化し、彼女はいつしかノエルを「弱い者」「守るべき者」として見るようになっていた。そうとなれば、騎兵署の食堂で「いざとなったら私たちで面倒見なきゃ」などと上から目線で口にしたのも納得の思考回路だ。


「アレンだって分かってるんでしょ? 兄さんは私たちが守ってあげなきゃいけない弱者じゃない。私を守ってくれて、アレンを助けてくれた心強い人で、敬意を払うべきお兄ちゃんなんだよ」


「……」


 人差し指を立てて一言ずつ説教されたアレンは拳をぎゅっと握りしめ、歯茎を見せて怒りを露わにした。


「ンなこと言われなくても知ってる」

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