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38「辺境襲撃(5/5)」

 茂みから顔を出したのは複数の獣だった。殺気に乗って魔力が漏出し、敵性魔獣であることは明らかだった。皆が魔獣に気を取られる中、レイフレールが痛みを堪えてひっそりと立ち上がる。


 ナタリヤが気づいたときには、彼女は一人で逃げ出していた。


「しまった。足を結ぶの忘れてた……!」


 前が破れた下着姿でもって敗走を選ぶとは思わなかった。


「騎兵署のクソガキがクィン語で喚いてくれたおかげで国境は軒並み封鎖したし、森の中も網を張ってる。魔法も使えないんじゃ捕まるのは時間の問題っしょ」


「だがまあ、次からはしっかりな。人間、死ぬか生きるかの場面で恥を捨てる奴もいる」


「肝に銘じる……」


「そんじゃあ――シャノン。解剖の先生曰く、検体の損傷は少ない方がいいそうだ。氷付けにしてくれ。俺が援護する」


「了解。とはいえ、時間をください」


「ニーナ、足止め頼んだぜ」


「はいはいっと~」


「ナタリヤはノエルたちを守ってくれ」


「心得た……」


 サムエルの指示を得て、シャノンは魔獣を刺激しないようゆっくりとした動きで太刀に手をかける。ニーナも即座に魔力を放って目標を捕捉し、素早く印を結んで足の神経を握った。異変を感じた魔獣たちは体を揺すって動き出すが、ニーナの魔法が動作を妨害して派手に転んだ。腕で這い寄る輩はサムエルが雷撃で牽制する。


 次第にシャノンの周囲で魔力が飽和し始める。サムエルの支援もあって魔力を練る時間は十も数えずに済んだ。


 鯉口を切ったかと思えば、シャノンは目にも留まらぬ速さで刃を抜いた。針のように鋭い冷気が獣どころか周辺の木々にまで突き刺さり、辺りが一面凍り付く。同時に、レイフレールが逃げ去った先の空に光りの亀裂が走った。


 シャノンの魔法で敵性魔獣は漏れなく氷像と化した。ナタリヤをノエルたちのもとに残し、戦闘を終えた三名がそれぞれ魔獣に近づいて検分する。


 魔獣たちの頭部に異物を埋められた痕跡はなく、いつかの大熊と同様に目玉をくり抜いた眼窩に紋様を印した石が押し込まれていた。外観のみの確認では、どれもロセスに生息する種だと思われた。


 サムエルが一匹の目から石を慎重に抜き取り、刻まれた魔法紋様を調べる。欠けのない石には五つの紋様が記され、サムエルはそれを大熊と同じものと判断した。


「熊の時に欠けてた五つ目の紋様だが、本来は所定の魔力に反応する刻印だったみたいだ」


「なるほど。それであのゴミ、シャノンにぶった切られたあとに往生際悪く魔力をぶちまけたんだ。呼び寄せるために……」


「となると、この魔獣襲撃は偶然ではない」


 大熊の場合は石が傷ついて紋様の一部が欠損したことにより、暴走した可能性がある。


「額に石を埋めた外来種の敵性魔獣を送り込んできたのは、目に石を入れた在来種(コイツら)を隠すためだったのかもな」


「考えたくないんけど、これ人間でやったらだいぶ厄介じゃね?」


「嫌なこと言わないでくださいよ、ルイス先輩。クィンならやりかねないところが怖いです。現に、こうやって人を人とも思わず使い捨てて逃げたわけですからね」


 シャノンはレイフレールの手下に憐憫の情を向ける。三人ともかろうじて生きているが、まともな回復が望めるのは軽い火傷で済んだ七一くらいいだろう。三八は指を四本失い、腕の一部も肉がそげ落ちていた。足首は完全に砕けており、治ったとしても歩行は難しい。七一も傷そのものは致命的でないものの、やはり流した血が多すぎた。


 照明で合図は送っているので、そのうち応援の部隊がやってくるはずだ。ノエルの傷についてはニーナが様子を見ている。神経に損傷はなく、傷がふさがるまで安静に過ごせば後遺症もないと彼女は見立てた。今できるのは患部を清潔に保ち、むやみに動かさないことだ。


 ニーナはレイフレールの手下に対しても応急手当を施した。生き残るかは本人の生命力と運次第である。


 一通り行動を終えて、あとは救援を待つだけとなった時、山手の方から三人分の足音が近づいてきた。


「貴方たち、無事ね?」


 先頭を歩いてきたのはエレノアだ。彼女は戦鎚を肩に担ぎ、もう片方の手で何かを引きずっていた。木の陰から出てきたのは、ほぼ簀巻きの状態で捕らわれたラティナ・レイフレールであった。


 ボッコボコにされたその姿は、それはもう、あまりに悲惨だった。シャノンとサムエルが慌ててノエルと双子たちの前に立ち、見ないよう隠したくらいだ。他方、ナタリヤとニーナは満面の笑みでエレノアを迎えた。


「隊長、ありがとう。このゴミを逃したままでは、私はいずれ憤死していた……」


「あっちでピカッと光ったんで、誰かブチかましたなーと思ってたんですが、隊長だったとはね。それにしても、まあ」


「とても景気よくボコした……」


「だって、下着一枚で飛び出てきたかと思ったら、私たちを見て邪の道に堕ちたケダモノだの阿婆擦れだのって叫ぶんだもの。頭に来たから思わず雷を落としちゃったわ」


 テヘッと頭を小突く仕草でさえ麗しい絶世の美女(エレノア)なのだった。それを後ろから半眼で見つめるのは第二分隊副長のリドリーと、第三分隊長のエイデンである。


「それでビビりゃいいもんを、このお嬢さんときたらしぶとくシモンを刺激するもんでさぁ」


「ついにお得意の獲物で直接黙らせた。というオチです」


 エレノアが持つ戦鎚はその実、魔法道具ではない。紋様は他のアクセサリーなどに施してあり、三節戦鎚は見かけ倒しの純粋なる鈍器に過ぎなかった。


「あ。殴りつつ聞き出したのだけど、今回の騒動はこの女と手下四人が起こしたそうよ。ほかに仲間はいないって」


「ゲロ喉に詰まらせながら必死に白状してたから本当だと思うぜ~」


「とはいえ、警戒はしばらく続くでしょう」


 逃げなければ無駄に痛めつけられることもなかったろうに。レイフレールの愚行はまさに、後悔先に立たずと言うほかなかった。

レイフレールの計画では、陽動の二八少年は爆弾で木っ端微塵(身元確認不可能)になり、クィンの犯行であることはバレないはずでした。拉致に成功し本国に帰還してしまえばいくらでもしらを切れる。そう考えていたわけですが……実際はこのザマです。

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