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37「辺境襲撃(4/5)」

「うおっ、もう終わってやがる。さっすが電光石火の盾と矛だぜ」


「人の安眠を妨害しやがってからに。どこのどいつなんだコイツら」


 二人は馬を下りてお縄についた不逞の輩を見て回る。レイフレールの前まで来ると、ナタリヤがこれ見よがしに表情をゆがめて吐き捨てた。


「ソレ、私を買った家の奴な……」


「そうなん? じゃあ殺そっか!」


「うん。でも、殺す前に……」


 ナタリヤはレイフレールが身につけている装飾品を片っ端からはぎ取っていく。クィンにおいて肌に魔法文様を刻むのは下僕の証だ。貴族が体に墨を入れるわけがないと知っていて、彼女は魔法道具と思われるアクセサリーやら手袋、マントなどをポイポイと投げ捨てた。何なら丸裸にしてやる勢いだ。


 下着だけは残してやり、辱めにうめく凡夫を見下ろす。


「準備完了……」


「よーし、ブッ殺すんぜ~!」


「待て待て、ニーナ。コイツらはギュギューッと絞っていろいろ聞き出さなきゃなんねえんだから」


「ハイハイ、分かってますぅ。本気ではありましたが冗談ですよ。ま、ここで死ねなかったことをせいぜい後悔するんだな」


「ニーナはゴミを過大評価しすぎ。コイツは驚くほど堪え性がないチンカス野郎。ピーピー泣いてすぐ吐くよ……」


「ナタリヤちゃーん、チンカスは男に言う暴言な。女なら尻軽、阿婆擦れ、売女、ヤリマ」


「こら!! 女の子がそんなこと言っちゃいけません! というかニーナは変な言葉を教えるんじゃないよ」


「罵倒の語彙は下劣かつ多い方がいいと思いまーす」


「ダメだ。性根が腐ってやがる」


 そんな会話をよそに、シャノンはノエルに声をかけて傷の手当てを始めていた。


「ごめんなさい、ノエル。来るのが遅れてしまって」


「僕は大丈夫だよ」


 シャノンを安心させるべく、ノエルは顔面に浮かぶ恐怖心を振るい落とそうと頭ごと視線を左右に動かした。しかし彼の表情から怖れが消えることはなかった。試みが失敗に終わったと知らないのは本人ばかりで、縹の瞳は未だ狼狽し震えている。


 それを目の当たりにしたシャノンはこみ上げてくるやるせなさをぐっと堪え、ノエルを強く抱きしめた。


「シャ、シャノン……!?」


 突然の包容にノエルは声を上擦らせる。


 シャノンは何も言わず――いいや、言うべき言葉が見つからずに歯ぎしりした。ノエルにしても彼女の力強い腕を振り解くことはできず、されるがままだった。


 密着した胸から互いの心音が伝わってくる。


 恐怖を含んだ鼓動は不安定で、混乱を伴い早鐘を叩いていた。大きな拍の間に(うつ)けた本心とわずかな焦燥が紛れ込む。呆けているのはノエルで、焦りいらだつ気持ちはシャノンのものだ。


 ノエルは彼女の体温を感じながら、ああ……きっとこの人は己を不甲斐ないと責めているのだろう。そう思い至ると、ノエルの怯えた心は安堵に包まれ温まった。


「シャノン、大丈夫だよ。僕がこうして生きているのは、貴方のおかげなんだから。助けに来てくれてありがとう」


 自由になる方の手でそっと彼女の背に触れ、あやすように軽く叩く。


 シャノンはようやく緊張を解き、か細くささやく。


「本当に……?」


「うん、本当に」


 二人はそれぞれに相手を離し、間近に見つめ合って想いを新たにする。自然と頬がゆるんで、示し合わせてもいないのに二人は同じタイミングでフッと笑った。


「そうしたら、アレンとシルビアは?」


「あちらに」


 シャノンの顔が向いた先に双子がいた。ニーナが膝を突いて手をかざし、レイフレールによって狂わされた体調を調整している。


 やがて意識を取り戻した双子は起き上がろうとするのを止められ、体を横に向けてしばらく休むことになった。


「うえぇ~、気持ち悪いよぉ……」


「最悪だ。吐きそう……」


「呪うならあそこの下手クソにしてな。けど、アタシが整えたからにはもうすぐ良くなると思うよ」


「あ。ホントだ、何か平気になりました」


「だっしょー?」


 シルビアはニーナを見上げて感激を漏らす。尊敬の念を向けられたご本人は得意げに口角をつり上げた。


「ま、助かった礼はキミたちのお兄様に言うように。彼がいなかったら今頃クィンまっしぐらだったかんね」


「おにいさま?」


「ニーナの言うとおりだよ。私とシャノンが駆けつけたとき、手下の三人は地面に伸びてた。ロセス殿が退けたのだろう……」


 シルビアはナタリヤの、アレンはサムエルの手を借りて上体をゆっくりと起こす。地面と平行になった視線の先には肩を血で濡らし、シャノンに体を預けるノエルがいた。


「二人とも、大丈夫ですか?」


 青白い肌に白金の髪が溶けて見え、真っ白な顔に黒い瞳孔だけが浮かんでいる。人によってはぎょっとするかもしれない風貌だが、アレンとシルビアは驚くこともなく自然と兄を見つめ返した。ノエルの眉間にはしわの影が差し、眉をハの字にして困っているのが分かる。


 アレンは降参だと言いたげに細く息をついて答える。


「俺たちは、無事。だよな、シルビア」


「うん……アレンの言うとおり。そっちと違って、怪我はないし」


「そうですか、よかった。よかった……、本当に」


「あ、のっ。私たちを助けに来て、くれたの?」


「どうにか間に合ったようで幸運でした。しかし二人には怖い思いをさせてしまいましたね。すみません……」


「ノエル、それはわたくしのセリフなのだけれど」


 シャノンが咳払いをして、双子に改まる。


「アレン・カーター様、シルビア・カーター様。我ら騎士がついていながらこのような事態に巻き込んでしまい、誠に申し訳ございません」


「シャ、シャノン様!? そんなっ、お顔を上げてください!」


「シルビアの言うとおりです。クィンが人攫いを企んでたなんて誰も想像してませんし、別に謝ることないですよ」


 シルビアは誘拐された恐怖が身にしみたのか、泣き出してしまった。アレンはそんな妹をなだめながらノエルを横目に奥歯を噛む。


 騎士でもないのに危険を省みず敵を追跡し、危機が去れば己を差し置いて弟妹を心配してみせたノエル。――この人はいつも、薄暗い部屋でぽつんと寂しそうに笑うしかなかったのに。


 今、心細い闇夜の中にあって、その姿はアレンの目に頼もしく映っていた。それが悔しい反面、期待した通りの「兄」を見せつけられて胸の高まりが収まらない。おかげでアレンは眉を怒らせつつ目尻に涙を浮かべ、さらにはツンとする鼻筋にしわを寄せ、めちゃくちゃな情緒を堪えて唇をぶるぶると震わせていた。


 殊勝な態度のアレンにシャノンとサムエルが目を見張る。この弟くんはどうにも、兄に対して複雑で不器用で非常に面倒くさい敬意を抱いているようだ。


 しかし、両名の視線は瞬きを境に色を変えた。


「お前さんたち、分かってるな?」


「もちろんですよ、キリエ」


「シャノン、ロセス殿をこっちへ。みんな一緒の方が守りやすい……」


「お任せします、ナタリヤ先輩」


 雰囲気が打って変わり、騎士四名は闇から這い寄る気配に神経を研ぎ澄ませた。

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