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36「辺境襲撃(3/5)」

『白亜種だと……? こレは驚いたな。いい土産がでキタ』


「な、にを――」


『お前は知らヌか。獣でアれ人でアれ、白亜種は万病を癒す薬トなるのだ。どレ、目を見せてミろ。色によっては最高級ノ……』


 容姿を隠す長い前髪を女が杖でそっと払いのける。


『ハハハ!! よもや重瞳とは! まさに僥倖。貴人の相とも言われるその目を献上すれば我がレイフレールの過去など帳消しだ!!』


 彼女はついにシステルの言葉を捨て、流暢に母国語で歓喜した。発音からしてクィンの人間と判明し、外道を地で行く相手にノエルは今までにない焦燥を覚える。アレンとシルビアは未だ昏睡状態だ。ノエルが隙をつくって逃すことはできない。


 レイフレールはノエルの首元を踏みつけて七一に声をかける。七一はようやく意識がはっきりしてきたのか、三八と四〇を再起不能にしたノエルを悔しそうに見やった。


『コレも連れて行く。恨めしいかもしれぬが、殺すなよ。素材は新鮮な方がいいに決まってい』


 レイフレールの声を断ったのは一筋の風だった。枝葉を揺らす程度の弱々しいそれであったが、凝縮された魔力を感じ取ったレイフレールは軽口を閉じざるを得なかった。あわてて辺りを見渡すと、四〇が突破した壁の向こうで鞍を空にした馬が二頭、のんきに足下の草を食んでいた。


 誰か、最低でも二人。この場に――、レイフレールは首筋がじっとりと濡れるのを感じた。


『ならばお前を殺そう、クィンの匹婦』


 ノエルを踏む足に太刀が落ちる。月を反射した三ツ角がチカチカと光り、防御魔法とかち合って火花が散った。レイフレールは素早く足をどけ、追って繰り出された薙ぎの一刃を飛び退いてよける。彼女が太股から先を切断されなかったのは、本人と七一による防護が重なったのもあるが、何より振り下ろされたのが素の刀身だったからだ。


 ノエルを庇うように立ちはだかったのは殺意で髪を赤々と燃やす魔法騎士、灼炎のシャノンだった。放置されていた双子は連れの騎士に介抱され、魔法の盾で保護された。


 形成はにわかに逆転した。


 果敢にも、七一がレイフレールの前に踏み出す。


『雑魚に用はない』


 シャノンが刃で軽く空を撫でると、七一の体が足下から燃え上がった。


『アアッ!? やめて! 熱い!!』


『署を襲った子供も、火だるまになって同じことを言っていた』


 シャノンは肌が焼ける臭いに顔をしかめ、七一にばしゃりと水を打ち付けた。これでも火加減はしたので、ひどい火傷は負っていない。服で覆われていない部分が焦げたぐらいだ。


 シャノンは最初から一貫して、レイフレールのみを見ていた。緑の瞳に射られた夷人はじりじりと後退って反撃の機会をうかがう。


 その顔を見て、双子を守る騎士がつぶやいた。


「ラティナ・レイフレール……」


『あ? 誰だお前は。なぜ我が名を――』


「コイツ、クィンの貴族だ……」


 相手の正体を明かしたのはナタリヤである。彼女は地面に唾を吐き、宿敵を心の底から嫌悪した。


「買い叩いた子供を洗脳し、手駒として使い捨てるクソッタレの一人。匹婦も同列にされたくないであろう、下衆の中の下衆……」


『小娘ごときが、言わせておけば!』


『おや? ウジ虫に人間(ノアリズ)の言葉が分かるとは驚いた……』


『口を慎め! この蒙昧!!』


 顔面をしわだらけにして叫ぶレイフレールだが、ナタリヤは涼しい表情で笑い飛ばした。


『慎まないよ。お前はドブネズミにも劣るゴミクズだから……』


 どうにか自分だけでも逃げられないかと考えるレイフレールは視線をあちこちに泳がせる。


『よそ見とは余裕だな?』


 その声は耳元で聞こえた。レイフレールは冷や汗をかく暇もなく、とりあえず体を翻して杖を構える。シャノンはそれを腰から抜いた鞘で跳ね上げ、素首を落とす勢いで刀を振った。レイフレールはそれを魔法で防ぐも、シャノンの一撃は鈍器のように重かった。


 首まであと薄紙一枚というところで、レイフレールが姿勢を崩す。太刀の勢いに押し負けてしまい、立っていられなかったのだ。シャノンは髪の毛を切るだけに終わった刀を見てため息をつく。


『なるほど、こうしてかわされることもあるのか。これからは受け手の技量も見極めた上で手を打たないといけないな』


 それをクィン語でぼやくものだから、レイフレールはついに唾を飛ばして激昂した。


『暴力にものを言わせる蛮族めが! 我が神聖なる祖国の言葉を話すでない!!』


『こちらとて、一言舌に乗せるたび吐瀉物の味がする言語など口にしたくもない』


 シャノンは毎秒ごとに鬼気迫る。対するレイフレールは屈辱を耐えて立ち上がり、じりじりと間合いを取った。太刀を構えるシャノンをよくよく観察し、装備に簡易な魔法紋様しか刻まれていないことに気づく。


『何とまあ! かように粗末な紋様で私に勝てるとでも? 我が魔法は神より授かりし清浄の業であるぞ! お前のような素人に――』


『では試してみよう』


『その慢心、後悔させてやる!』


 待ち受けるシャノンに、レイフレールは不遜な笑みを浮かべて杖を掲げた。風と炎を複合し、岩をも溶かす高温の火炎を解き放つ。シャノンは刀身に薄く水をまとわせ、それを正面から叩き切ろうと腕を振り上げた。


『無駄だ! そんな鉄クズ、一瞬で灰となるわ!』


 レイフレールはそう豪語したが、彼女の(ほむら)は太刀の水膜に触れた先から蒸気と共に霧散していった。


『は?』


 間の抜けた声を上げるその顔は見物だった。というのはのちにナタリヤが語ったことで、シャノンは灼熱の蒸気を割ってレイフレールの胸を袈裟切りにした。皮膚を切ったそばから傷口を焼いて出血を止め、捕虜として生け捕りにする任を達する。レイフレールは最後に足掻くつもりか大量の魔力を放出したが、それは魔法と成ることなく霧散していった。


 痛みにもがき転げ回るレイフレールを見下ろし、シャノンは切っ先を払って刀を鞘に戻した。


「先輩~、クィンでまともに魔法を使えるのは王侯貴族くらいだって言ってましたよね? コイツ本当に貴族とかなんですか?」


「そのはず。なのだけど、子供の私が逃げ出せたくらいだからこんなものかも……? なぜだろう、言っててとても落ち込む……」


「ぜんっぜん! 手応えなかったです」


「うむ、ニーナの茫然自失を実感した。どんな超絶技巧を持ってしても火力お化けには敵わんのだなー……」


 シャノンがレイフレールをふん縛り、あちこちに倒れている手下三名も捕縛する。ナタリヤは上空へ白い光りを打ち上げ、高いところでひときわ輝かせた。危機を脱したことを知らせる合図である。


 そう間を置かず、サムエルとニーナが合流した。

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