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34「辺境襲撃(1/5)」

 夜を裂く光は轟音を伴いカナル全域に響きわたった。騎兵署は建物の一部が崩壊し、近辺も窓ガラスが割れたり屋根が吹き飛ばされるなどの被害が出る。衝撃はノエルとシャノンの居宅にも波及し、壊れるものはなかったにしても、爆風の末端と地響きが家を揺らした。


 就寝中だったにもかかわらず、シャノンは即座に身支度を整えて家を出た。追うように寝巻きのノエルも外に出て状況を確認する。


 騎兵署の方角が赤く燃えている。


「ノエル、私は署へ向かいます」


「緊急時は僕も住民を避難所へ誘導することになってるんだ」


「貴方は戦闘員ではありません。無茶はしないでください」


「シャノンも気をつけて」


「ええ。では、また後で」


 言葉を置き去りにしてシャノンは飛ぶように走り去った。ノエルはさっと部屋へとって返して騎兵署員証である腕章と紋様帳を持ち、混乱が渦巻いているであろう町中へと駆け出す。


 宿直任務の署員たちは無事だろうか?


 なじみの住民は怪我をしていないだろうか?


 思考が不安で埋め尽くされる中、ふと身内の顔が脳裏をよぎった。アレンとシルビアだ。学院の生徒たちは南側対岸の宿に泊まっている。被害の中心からは遠いが、あの爆音は耳に届いたろう。どんなに疎遠でも弟妹のことである。心配になったノエルはしばし立ち止まって望遠魔法を発動させ、視界を宿に向かわせた。


 河川敷を過ぎて川を越え、街の中心部にかかる橋のすぐそば――カナルで一番大きな旅荘の正面へ回り込む。客室のいくつかは明るくなっており、やはり異変には気づいたらしい。だが今のところ屋外に人の姿はなく、切迫した様子は見られなかった。これなら問題なく署員の誘導で避難できるだろう。そう思って視界を元に戻そうとした時だった。


 まさに目の前で二室の窓が内側から弾け、三つの人影が表通りに飛び降りた。彼らは一つずつ何か大きな物を脇に抱えていた。割れた窓から子供が身を乗り出し、手を伸ばして空を握る。遅れて地上に大人が数名走り出て魔法を放った。それを避けた拍子に不審者の一人が腕から荷を落とす。混乱に乗じた物取りかとも思ったが、置き去りにされたそれは駆けつけた大人にすがって震えていた。


 宿から奪われたのは子供だった。


 ノエルは血相を変え、逃亡する三名を目で追った。ぐんぐんと近づき、明度を補正して彼らが誰を連れ去ったのか確かめる。


「――アレンと、シルビアまで!」


 誘拐犯を追跡する者はいない。ノエルは一度だけ騎兵署に顔を振り、やむなく規定を破って南の対岸へ体を向けた。


 ノエルの自宅からだと、双子が泊まっていた宿まではだいぶ距離がある。今からその場に駆けつけているようではあまりに遅い。彼は意を決し、片目で襲撃者を追尾しつつ、もう片方で自分の視界を確保しながら先回りしようと針路を取った。勢いよく地を蹴り、まずはカナルを二分する川を目指して足を動かす。


 ただ走ったのでは追いつけるはずもない。ノエルは川まで来る間で手帳に充填していた魔力を各頁に流した。流水に踏み出す最初の一歩、靴底が着水すると同時に水面が冷気を吐いて凍り付く。できることなら対岸まで届く道を作りたかったが、流れ続ける大量の水を氷結させるのは難しい。よってノエルは足下を凍らせて流氷を渡り歩く要領で川を横断することにした。


 体勢が崩れそうになるたびに自身を風で煽ってバランスを保ち、慣れてくれば背中を押して一足駆ける距離を伸ばす。都合のいいことに、誘拐犯たちは川下へ向かって逃走していた。川の流れに乗れば併走する形となり、ノエルは着実に双子のもとへ近づいていった。


 岸に上がれば足取りは水上よりもはるかに軽やかで、背を押し上げる風量を増やして宙を飛ぶように駆けた。果たしてノエルは誘拐犯に追いすがり、岩壁をそそり立てて彼らの逃げ道を塞いだ。


 突如として目前に現れた障壁に不届き者の三名はそれぞれ驚き、つんのめって足を止めた。ノエルが背後で靴底を鳴らすと、彼らは素早く振り返って臨戦態勢になった。アレンとシルビアはぐったりとしていて、意識がない。


「子供たちを離せ」


 一人だけ手ぶらの女が前に立ちはだかった。仲間に先に行くよう指示し、己はノエルと対峙する。両の腕を前方へ掲げた際、袖からのぞく肌に入れ墨がかいま見えた。


 双子を抱えた二人が背を向けるのと、ノエルが動作なしに魔法を仕掛けるのは同時だった。女はノエルが魔法を使うと予測していなかったのか、表情をこわばらせて後れをとった。鋭い刃となって襲いかかったノエルの疾風をぎりぎりのタイミングで防ぐも、踏ん張った足が風圧で後方へ押し下げられる。その威力に女は焦りを覚えた。


 誘拐犯の二人は女の方が魔法で壁を破壊し、男とともに再び逃げ出した。ノエルは乱暴に舌打ちして、行く手を阻む魔法使いを突破することに専念する。対人の制圧術を知らないノエルは最悪、相手を死に至らしめることも覚悟して腕を振り払った。風と火の魔法が正面からぶつかり合い、熱風が土を巻き上げる。あたりは土煙に覆われ、わずかな時間だが視界がなくなった。女は煙幕を隠れ蓑にする考えがないのか、吹き飛ばそうと試みる。


 そういう一手間が仇となるのだ。


 日常的に望遠魔法を使って生活してきたノエルにとって、視点の転移は非常に容易い。目玉を左右に振る感覚で、視線を土埃の先へ移し、女の位置を把握して頭の上から大量の冷水をぶっかけた。


 落下した水の重みと凍える痛みに耐えられず、女は膝をつく。ノエルはその隙に突風で彼女を吹き飛ばし、岩壁に思い切りよく叩きつけた。頭を保護してやれるほどの余裕はなかったので、相手にどれほどのダメージがあったか分からない。女は地面に倒れて動かなくなった。ノエルはほんの少し惑ったのち、量足の致命傷となり得ない箇所を穿ってからその場を離れた。

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