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33「盲信と嘲笑」

 日が暮れて二時間がたち、あたりは暗闇に包まれていた。藪もなく見晴らしのきく丘の上、月明かりが雲に隠れたタイミングをねらい、五つの人影がそそくさと野を駆け抜ける。


 夜に紛れるなら暗色の衣装を着ればいいものを、彼らは何の意地なのか純白の服をまとい、それを隠すように暗黒のマントを被っていた。馬に乗る人物は女で、裾からのぞく衣服は上等な仕立てだった。ほかの四名は大柄な男一人と細身の女が二人、そして年端も行かない少年がいる。地べたを走る彼らの服は簡素な作りで、少年に限ってはボロ切れといっていいほどみすぼらしく哀れな格好だった。また、女二人については袖や襟首からのぞく肌にいくつもの入れ墨が見えた。


 馬上の女が下女に問う。


四〇(ヨンマル)、目標まではどのくらいだ?』


『おおよそ二八三〇〇呎、予定通り夜半の到着となりそうです』


『そうか。――おい、二八(フタハチ)。遅れているぞ』


『は、はい……!』


 小さな体で大人の足取りに食いついてきた少年(二八)はすっかり息を切らせていた。それを気遣い、四〇とは違う女が上目遣いで口を挟む。


『マスター、少し足を休めても時間に余裕はあるかと』


『黙れ、七一(ナナヒト)


 マスターと呼ばれた見かけばかりが上品な女は、七一の脳天めがけて杖を振り下ろした。


『無駄口を叩く暇があったらお前が抱えて走るなりしろ』


『自分はまだっ、平気です……!』


『本人はこう言っているが? 七一』


『失礼しました。どうかご容赦を』


『次に不要な発言をしたらその舌を切るぞ』


『はっ』


 一団は月明かりを避けて黙々と野原を進む。それから一時間もかからず、マスターが「目標」と称した場所へ到着した。彼らは故郷に注ぐ大河を左に見やり、丘の裾に広がる市街へ視線を戻す。


『思いのほか早く着いたな』


 町は大地の霊力を吸い上げて夜空の下でも煌々と明るい。マスターはその光景を端から端まで執拗な目つきで眺めた。やがて懐から時計を取り出し、細い針が秒を刻む音に耳を傾け、気分の高まりを押さえた。


 そこで月が雲間から顔を出す。心許ない銀の明かりを受け明らかになった五名の顔つきは、先日システルから入国した旅行者と同じものだった。


 マスターは馬から下りないまま、


『改めて作戦を確認する。四〇、七一、三八(サンハチ)は解散後すみやかに本命の宿へ向かい、障害を無力化せよ。殺しは推奨しないがやむを得ない場合は躊躇するな』


『はい』


『くれぐれも二八の合図を待ってから動け』


 彼女が顎をしゃくると、三八と呼ばれた青年が無言で荷物を下ろした。中から出てきたのは子供が抱えるにはやや大きな箱だった。蓋を開けると太い筒が二本入っており、側面に発火性の魔法紋様が書き付けられていた。


『二八、お前の役目は分かっているな?』


『は、はい』


 二八は蓋を戻した箱を両手で抱え、ずっしりとした重さに少しふらついた。


『これを持って麓の騎兵署に行き、火をつける。です』


『そうだ。騎士に話しかけ、人が近づいてきたところで最大限の魔力を紋様に充填しろ。お前ではそのくらい思い切らないと火種すらつかんからな』


 マスターの顔には侮るような表情があった。彼女はニンマリとし、腰を屈めて小僧の目をのぞき込む。


『単独行動となるが、難しい任務ではない。成功したのなら、国へ帰った際にお前の部屋を離れから東棟に移してやろう』


『東棟に……!? お布団で寝れる、です?』


『ああ。暖かな寝床がほしくば気張ることだ』


 マスターはひどく穏やかな笑みを浮かべた。それは愚直な子供が重責に押しつぶされぬよう、案ずる姿にも見えた。三八と七一も同様の表情で、少年を勇気づけるべく背や肩を軽く叩く。四〇だけは口をつぐみ、感情のない瞳でぼんやりと町の明かりを見つめた。


 マスターが上体を起こし、静寂に声を通す。


『四〇らは各員一人ずつ獲物を確保しろ。欲はかくな、各一人でいい』


『はっ』


『私は所定の位置でお前たちの帰還を待ち、合流次第、本国へ撤収する』


 彼女は水門から続く長城が切れる先、稜線へと馬の足を向けて腕を払った。


『行け。抜かるなよ』


 三八を先頭に少年と女たちが町へ走り出す。


 ――未明。


 カナル騎兵署に一人の子供が姿を現した。


 その少年は衣服ともいえないボロボロの布を体に巻き付け、問題を抱えた身の上だと一目で見当がついた。騎兵署は夜間も明かりを焚き、常に門番が立っている。この日の宿直当番は装甲科の中年男で、彼は少年を見るなり駆け寄った。


「どうした、坊主。こんな夜中に」


 呼びかけに子供は答えない。大切そうに抱える箱だが、本人の粗末な身なりに反していやに清潔だった。騎士はそれに違和感を覚えつつも、とにかく署内で事情を聞こうと少年を招いた。


 相方の門番に断りを入れ、彼は少年を連れて前庭の噴水広場を抜ける。正面玄関を前に持ち物を検査しようと、子供を振り返った。


「その箱を預かってもいいか? そんなことはないと思うが、危険物が入っている場合もあるもんでね。規則なんだ」


「……」


 箱に手を伸ばす騎士に対し、少年は顔面を蒼白にして大量の汗を流した。彼は騎士を拒絶するように身を縮め、肺いっぱいに息を吸い込んで箱を胸に抱え込む。


 装甲科であっても騎士となるには魔法を取り扱う免許の初級が必須である。この日、門番の騎士が少年の体内に魔力が満ちる気配を察知できたのは、その義務を怠らず資格を維持し続けた成果であった。


 異変を感じた騎士はとっさに足を振り、少年が後生大事に抱きしめる箱を思い切り蹴り上げた。箱の蓋が外れて中に納められていた二本の筒が宙を舞う。騎士は側面に印された紋様を視認して目を見開いた。


 直後、それらは青白い光を放って熱を吹く。持ち主の少年すらも唖然とする頭上で、爆轟にも近い火炎の塊が夜陰の町を真昼のごとく照らした。

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