32「見えていないもの」
といっても、シャノンの特異な魔法は先日の野外勤務で明らかになった通りである。繰り返しになるためここでは描写を省くが、魔力そのもので魔法現象を起こす力業に皆がドン引きしたことは記しておく。ついでに魔法を使わずとも刃だけで岩を切る様も見せ、絶句させた。
憧憬だけで到達できる領域ではない。
魔法を身近に扱う女子はもちろん、それに詳しくない男子も言葉をなくしていた。
その後は昼食を挟んで事務方の紹介となり、人事、総務、会計など各課を順繰りに見て回った。
一通りの見学が終わると、日も暮れてしまった。昨日の夕食は夜市で取ったが、今日は騎兵署の計らいにより職員が利用する食堂で提供してもらえることになっていた。食事はバイキング形式で、日中に歩き回った子供たちはパンや野菜に加え、特に男子はこれでもかと肉やら揚げ物やらを皿に盛りつけてテーブルに着いた。
引率の教師が席に座り、「では頂きましょう」。皆で明日の糧となる命に感謝の声をかけて食べ始める。
シルビアはパンをちぎりながらアレンに話しかけた。
「あの人、ぜんぜん見かけなかったけど本当にここで働いてるのかな?」
彼女が言うあの人とは、むろんノエルのことだ。アレンは眉をひそめ、いたって興味もなさそうに返す。
「見ないならその方がいいだろ」
「いいわけないし。元気かどうか気になるじゃん」
「俺は心配してない」
「アレンはもう少し身内に興味持ってもいいと思、あ」
「あ?」
「窓の外にシャノン様が!」
「またそれか」
食堂からは騎兵署の正門と前庭が見渡せる。今日はもう終業なのか、制服から着替えたシャノンが噴水の縁に腰掛けていた。
「シャノン様ですって!? どこどこ?」
「あそこ! 噴水のところよ!」
「赤い御髪が夕日を受けて燃え上がるようだわ。お美しい~」
「誰か待ってるのかしら?」
女子が例外なく食事を放り出して窓に群がった。午前の見学では人間離れした技量に引き気味だったくせに、もう忘れてしまったのか黄色い悲鳴が飛び交う。学校での成績が良くとも、まだ十五そこらの少女たちだ。偶像を前にして子供らしく周囲が見えなくなる様子に、その場に居合わせた署員たちが笑みを漏らす。
見かねた教師の一人が席を立ち、窓の前に陣取って彼女たちを咎めた。
「はしたないですよ、皆さん。憧れの方が気になるのは分かりますが、先にお食事を終えなさい」
「食べ終わってからではもういらっしゃらないかもしれません!」
「それならば運がなかったということです」
「でもでも!」
「ごねてもダメです。このお食事も厨房の方々が貴方たちのためにと特別に作ってくださったのですから、きちんと味わってお食べなさい」
「……はぁーい」
「シルビア、実況お願いね」
「任せてください」
シルビアの席からはシャノンの様子がよく見える。席に戻った女子一同は食事を進めつつ、チラチラと窓をうかがった。シルビアの役目はさっそくやってきた。
「たった今、シャノン様が立ち上がりました」
「お帰りになるのかしら?」
「やはりどなたか待っておられたようです。お手を振って」
そこで言葉がとぎれる。気になった皆は腰を浮かせる勢いで続きを催促した。
「誰をお待ちになっていたの?」
「もしや同僚の方?」
「お夕食に行くのかもしれないわね!」
「それが誰なのかって話よ~。ねえったら、シルビア?」
ガルシアがせっついても返事はない。代わりにエドワードが首を伸ばして窓を見やり、答えた。
「待ってたのは義兄さんだね」
「にいさん?」
「俺の義理の兄。つまり姉さんの夫」
「噂に聞く!?」
「アレンとシルビアのお兄様ですの!?」
「エスター先生の秘蔵っ子という!」
「キミたちさぁ、人様のこと珍獣みたいに言うもんじゃないよ」
話題にするとアレンが砂を噛んだような顔になる「兄」なる者。男子も気になるらしく、子供たちは教師の制止も聞かずに再び窓の前に群がった。
頭を抱える大人を横目に、双子とエドワードはしれっと食事を進める。
女子がシャノンの様子をたれ流す。
「ちょ、ちょ! ちょっと見た今の!? シャノン様のお顔が花のように綻んで!」
「眼福ですわ~!」
「あーん! 凛としたシャノン様も素敵だけど、柔らかく微笑むシャノン様も……いい! 好き!!」
「ぐぬぬ、シャノン様のあんな表情を引き出す旦那様……! 末永くお幸せに!!」
ナフキンを両手で握りしめ、悔しさをにじませる。エドワードは内心で「どこ目線だ」と突っ込んだ。
男子の注目はノエルに注がれていた。
「旦那さんの方、髪の毛ちらっと見えたけど白くなかった?」
「カーターたちは黒髪だし、兄貴は染めてんのかな?」
「いいな! 僕も青に染めたいんだよねー」
「お前さぁ、親への反抗もいい加減にしないとマジで停学食らうぞ。成績でどうにかするにも限度ってもんがあるだろ」
「だって、この真っ茶色の髪を見てよ。地味ったらない」
「おい、俺にケンカ売ってんのか?」
同じく栗色の髪の毛を持つ一人が目を三角にする。
「売ってない。よそ様の髪は何だっていいの。自分の頭に生えてる毛の色が地味すぎて嫌って話なの」
「だからって青はねえわ」
「は? 青髪は尊き絶世の正義なんだが!?」
「お前の沸点が分からん……」
黄色だったりピンクだったり、様々な声が混じり合って虹というよりは泥沼色の騒音であった。教師は周囲を振り返ってひたすら頭を下げている。署員は誰もが「元気で何より」という顔で、気にしてないと首を振った。去年のクソガキに比べたら、この程度の騒ぎはかわいいものだった。
シルビアはちらりと窓を見て、アレンにささやく。
「あの人もこっちで何とかやってるみたい。元気そうでよかったよ~」
「あっそ」
「いざとなったら私たちで面倒見なきゃと思ってたけど、杞憂だったね」
「……シルビア」
「なぁに?」
「お前ってアホな」
「え? アレンより頭いいのに?」
「そういうところがアホだって言ってんの」
「意味わかんない。ムカつくんだけど」
アレンはシルビアの文句を聞かないふりで、作業のようにパンを口に詰め込む。
二人を眺め、エドワードはため息をついた。
「俺の義家族が難儀すぎて目も当てられない……」
むろん、ノエルも含めてのことである。




