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31「騎兵署見学」

 二日後、国都高等学院の生徒が辺境の地へとやってきた。


 一日目のカナル視察は滞りなく進んだ。今年の生徒たちは皆お行儀がよく、それでいて学ぶ意欲も持ち合わせていた。鉛筆を片手にメモを取りつつ、教師の言葉からあれこれと想像を働かせ、不明な点があれば地面と垂直に手を挙げて疑問をぶつける。国境とあって寂れた雰囲気を想像していた者もいて、商店のにぎわいや人の活気、物資の豊富さなどに驚き、現地をその目に見る重要性を実感したようだった。


 国防に関わる分野では、一定の品質と仕上げの早さを両立した鍛冶技術も紹介された。また、小路一本とっても整備に余念がないインフラ事業は普段の生活を支える以外に、有事の際にも迅速な防衛体制の構築に資する。ほんの小さな石ころを除け、草の根を刈るに至るまで、無駄なことは何一つない。日々の備えこそが万一の事態を助けると、現場の工員らは生徒に確信を持って伝えた。


 一日の終わりには国境監視の要である長城へと向かい、安全が確保された場所からクィン側の水門を見渡して、宣教活動が減った近況を聞いた。


 二日目は予定通り騎兵署の見学だ。


 日常の訓練風景を前に、生徒たちは装甲科の長から説明を受ける。二人一組、あるいは一対複数の模擬戦では武器のかち合う音が響きわたり、男子であっても首をすくめるほどの迫力を目にした。岩壁や廃屋、池、沼といった数々の障害物を設けたエリアでは、敵役に発見されることなく目的地までたどり着く隠密作戦が行われた。じっとりとした緊張が漂う泥臭い実演であったが、望遠魔法での監視をくぐり抜けたり、直前で接敵を逃れる場面では皆が息をのんだ。


 そのほか、「騎兵」と名乗るからには欠かせない馬との協調も紹介された。主馬署にいるのは大きな物音にも怯まず、誰が乗っても冷静であるよう調教された馬たちである。見知らぬ子供を前にしても毅然とした面もちを崩さず、黒い瞳で小さな客人を見下ろす。彼らは武具を身につけた騎士を乗せてなお、力強く雄壮に闊歩する姿を見せた。


 魔法科の出番は昼の直前になった。講師役はサムエルとニーナで、後ろに控えるシャノンはサービス要員であった。


「魔力にものを言わせて破壊するだけが魔法じゃないことは、学院の皆さんもご存じかと思います」


 シャノンを目にしてざわつく女生徒たちに苦笑しつつ、そう切り出したのはサムエルだった。彼は装甲科の一人と組み、得意の強化魔法を披露するつもりだった。


「強化や弱体といった補助魔法について知っている人はいるかな?」


「はい! 魔法の効果を増幅させる技術です」


「正解。しかし補助の範囲は〈魔法〉だけではありません」


 魔法科では毎年、黒鉛を別の石に変化させる演技を見せる。それは去年から引き続きサムエルの役目で、彼は黒鉛を左手に持ち、煤が付着した手のひらをよく見せてから右の指を振った。内側に紋様の刻まれた指輪を通して魔力で黒鉛を包み、右手で宙を握る。


 すると、煤けた石が一瞬のうちに無色透明な鉱物(ダイヤモンド)に変換された。


「補助魔法というのは、事象や物質、物体に介入して構造を操作する技術なのです」


「あ、ああああの!!」


 岩石マニアのガルシアが興奮気味に尋ねる。


「さ、さ、最初にお持ちになっていたのは黒鉛なのですよね!?」


「はい」


「じゃ、じゃあそれ、こん、金剛……ダイヤモンドになったってことですか!?」


「そうですよ~」


 サムエルの応答にガルシアが一人で鼻息を荒くする。隣のシルビアを始め、他の生徒は何がそんなに彼女の好奇心をくすぐるのか分からなかった。


「ガルシー、どういうこと?」


「騎士様が最初にお持ちになっていた黒鉛は鉛筆の芯にも使われる、炭の成分から成る石なの!」


「うん」


「それと似ても似つかないダイヤモンドだけれどっ、結晶の構造が違うだけで、実は黒鉛と同じく炭の成分から成る鉱物なのよ!」


 ガルシアの言葉に衝撃を受けたのはシルビアとアレン、エドワードだった。サムエルが黒鉛に何をしたのか、具体的に言わずとも察する辺りはさすが成績上位の四名である。これにはサムエルも目を丸くし、驚きと感心を隠さず賞賛した。


「すばらしい知識をお持ちの生徒さんだ。つまり先ほどの私は、石の内部に魔法で干渉し、結晶構造に手を加えて鉛筆の芯を宝石に変えたわけです」


 補助魔法とは事象や物質、物体に介入して構造を操作する技術。その心理を目の当たりにして、普段は魔法に興味のない生徒も感嘆の息をもらした。


 アレンがしみじみとつぶやく。


「だから人の身体能力を底上げする強化方法は禁じられているのですね」


「あー、確かに。筋肉とか神経とかいじくり回すのはヤバそう」


「やり方次第では、痛みとかも感じないようにできるのかしら……?」


「ヤッバ!! こっわ!!」


「思いついてもやらないわー」


 生徒は一様に首を左右に振り、腕を抱えて震え上がる。サムエルは真面目な顔つきになり、自ずから補助魔法の危険性に気づいた皆に言い聞かせる。


「身体機能を操る方法は体に負荷がかかりすぎて人道的ではない。私たちが強化を施すのはもっぱら武器や防具です。魔法そのものを武器にまとわせサポートすることもありますよ。攻撃時に物を凍らせるとか、圧縮した空気で押し返すとかね」


 サムエルは装甲科の相方に二つの強化魔法をかける。剣士である彼は拳大の石を空中に投げ、魔法効果を付与され燃えあがった刀身で細切れにした。これは武器の耐熱性を引き上げ、刃に宿る熱で石を溶かし切ったものだ。


 続いて登場したのはニーナで、彼女も去年から継続で二度目の講義となる。


「はい。ワタクシがお見せするのは弱体魔法、です。えぇ……、あー。強化の逆パターンみたいなもん。です」


 彼女は緊張していた。目は左右に泳ぎ、唇と手が震え、声がひっくり返って言葉に詰まる。その有様は生徒たちも心配になるほどだった。ニーナは汗を拭いつつ、ポケットから取り出した手袋を地面に落とす。


「ヘ、ヘヘッ。すみませんね、人前で、お話し。苦手なもので。フヘ」


 ニーナが手袋を拾い上げると、サムエルが鉄塊を手に横へやってきた。


「ま、まずは弱体効果について。先ほども言ったように、やり方自体は強化と同じ。魔法現象や物質、物体の構造を解析して性質を変えるんよ、です」


 今年の観客は偉いもので、ニーナのたどたどしい解説にもよく耳を傾けた。おかげでニーナも少し落ち着くことができた。笑われたり茶化されたりで散々だった一年前とは違う。前回と同じ轍は踏むまいと、ニーナは視線を定めて手袋をはめた。


 革製のそれには幾何学模様の断片がちりばめられていた。一見だとでたらめなデザインに見えてしまうが、これもまた立派な魔法道具の一つで、手指の組み合わせで紋様を作ることができる。


「これから、この鉄をサラサラにします。キリエ」


「はいよっと。では魔法をかける前に、これが真に鉄の塊であることを皆さんにも確認してもらいまして――」


 サムエルは生徒たちに鉄を渡し、石で叩いたりひっかいたりしてその硬度を確かめてもらう。彼らはそれがどこからどう見ても鉄であることを認め、サムエルの手に戻した。


 魔法で作り上げた台座の上に鉄塊が置かれる。さっそくニーナは両手の親指を交差させ、次いで両の人差し指と薬指をまっすぐに伸ばして鉄塊へ向けた。それだけの動作で弱体魔法は完成した。


「どなたか、試しにコイツを触ってほしいんけども」


「はいはいはーい! 私やりたいです!!」


「ん。そしたら元気なお嬢さん、どうぞ」


 好奇心を抑えきれないシルビアが肩をウキウキさせて前に進み出る。他の生徒はあの動作で本当に魔法がかかったのか疑問に思っていた。


 しかしその疑いはシルビアが鉄塊に触った瞬間に吹き飛ぶ。期待に胸を膨らませる少女が塊の端を指でつつくと、剣も通りそうになかった強固な鉄が乾いた砂山のように崩れたのだ。


「わっ!! すっごーい!」


 目を輝かせて感嘆するシルビアに、ニーナは気分が良かった。残る生徒も次々と鉄だったものに触れ、サラサラとかき崩す。台座の上はすっかり鉄粉の山になってしまった。 


「弱体の効果は様々で、相手の魔法を制限したり、人間の動作を鈍らせたりもできるん、です。場合によっては血流、神経、感覚の操作も可能」


「強化と弱体は表裏一体の技なのですね。ですが、弱体魔法は人体への使用制限がなかったような……」


「そりゃそうさ」


 首を傾げた女生徒にエドワードがつっこむ。


「味方を弱らせることなんてないだろうし。敵にも弱体かけちゃダメってんなら、魔法以前に剣を向けるのもダメじゃん」


「言われてみればそれもそうね。こっちの命取りに来てる相手に人道とか考えてやる義理なんてないわ」


「うむ、貴方は正しい。敵に情けは無用なんよ」


 少女の言にニーナは実感を持って強く肯定した。彼女が同級生や同僚に弱体魔法をかけた実績を知っているサムエルとシャノンは空々しく視線を逸らす。


 他方、男子がニーナをちらちらと見ながら声を潜めてこんなことを話していた。


「あの指を組み合わせるやつ、かっこよかったな……!」


「分かる。俺もあれやりたい」


「でも男に魔法は無理なんじゃね?」


 眉尻を下げて諦めた顔をする彼らに、アレンが言う。


「魔法に性別なんて関係ありませんよ。うちの……」


「うちの?」


「いえ、俺の知り合いにも男で魔法が得意な人がいますし」


 はぐらかしたものの、それはノエルのことだと分かる。兄の特技を否定せず、むしろその腕前を認めているような言い方に、サムエルとシャノンは顔を見合わせた。


 アレンは二人の戸惑いに気づかず続ける。


「魔総研のエスター先生だってそうじゃないですか」


「……その通り!」


 憧れ(エスター)の名を聞いたサムエルは反射的に口を出した。アレンへの困惑など忘れ、彼は芝居がかった仕草で両腕を広げてから胸に手を当てた。


「私にしても、男だてらに魔法騎士をやってるわけですからね。周囲の目もあるかもしれませんが、そもそも学問は性別でふるい分けるものじゃありませんよ」


「へ?」


「ん? 何か今の話で引っかかるところがありましたか?」


「キリエさんは、お姉さんじゃ……ない?」


「そりゃ……、ああ!? そういや言うの忘れてた!」


 去年のようなクソガキ相手なら欺けたことを得意がるところだが、今年は罪悪感が先に立ってしまう。


「申し訳ない、俺はお兄さんです。本当に悪い。だますつもりはなかった」


「お兄さんってか、キリエはおっさんです」


「はいおっさんです! すみません!」


 サムエルは両手を合わせて平謝りになり、注意をそらそうとシャノンへ目をやった。


「魔法も武芸と同様に基礎が何より重要で、それとはつまり、己の魔力と向き合い特性を正しく把握することです。魔力の制御、操作に長ければそれだけで技となり得る。というわけでっ、シャノンあとは頼む!」


 サムエルは逃げるようにニーナの後ろへ隠れた。滅多にないその慌てようが面白くて、「はい。頼まれました」。シャノンは機嫌よく生徒たちの前に出た。


「キャー! シャノン様よー!!」


 などと女子が歓喜の悲鳴を上げて歓迎する。

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