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29「双子が来る!」

 北部の大きな街道を四台の馬車が行く。質素な車には国都リアンデール高等学院の紋章が掲げられ、乗っているのは一年生の成績上位十名である。彼らは二週間ほど前に国都を発ち、北部の要所を見学しながら西部の辺境を目指す往路を進んでいた。


 引率の教師は三人で、彼らは最前の一台と後方二台に同乗している。前から二番目の車には生徒のみ四名が乗り合わせ、車内の空気は異様に重かった。御者側には男子生徒が二人座っていて、そのうち黒髪の少年は腕を組み仏頂面で足下を見ていた。隣にいる赤毛の少年がため息をつく。


「アレン、何だか機嫌が悪いようだけど」


「……どうぞお構いなく。エドワード義兄さん」


「いや、キミを気にかけてるんじゃなくてね。この空間の雰囲気が悪くなる一方だからあからさまにトゲトゲするのやめてくれない? って話なんだよ」


「すみませんね、自分で自分の機嫌も取れなくて」


「あーあー、もうダメだ。本当に耐えられない。キミたち二人はよく平気でいられるな」


 向かいに座るのは二人の女子で、長い栗毛をまとめた方が言った。


「私は自他ともに認める根暗だもの。自分の殻に閉じこもるのが得意だから全然気にしてないわ」


「自分でそういう言い方する?」


 彼女は課外プログラムが始まった当初から、移動中は大好きな石ころを見つめて外野とのコミュニケーションを絶っていた。だからといって周りの声が聞こえていないわけではないので、こうして受け答えもできる。それも気が向いたときだけだが。


 彼女の名前はガルシア・コート。東部山間のオーウェル領で生まれ育ち、実家は宝石商を営む。幼い頃から煌びやかな貴石に囲まれて生活してきたおかげで石に並々ならぬ興味を持つが、その対象は「宝石」ではなく「岩石」であった。


「シルビアは?」


「子供の頃からずっと一緒ですもの、アレンのそれには慣れっこです」


 黒髪を短く切りそろえた少女は肩をすくめた。


 お気づきとは思うが、エドワードとはシャノンの弟、アレンとシルビアはノエルの弟妹である。


 エドワードは姉とあまり似ておらず、筋肉も背丈もそれほどではなかった。髪もシャノンが炎を思わせる色なのに対し、エドワードは日が暮れ始める頃の淡い夕焼け色である。


 アレンとシルビアは性別の異なる双子ながらよく似ていた。背格好も似通っているため、後ろ姿を間違えられることがある。アレンは眉間にしわを寄せた表情が定番で取っつきが悪く、さらに飛び級入学ということもあって男子の中でも孤立気味だった。反対にシルビアは年上にも物怖じしない伸び伸びとした性格で、クラスの妹的な存在に収まっている。ちなみに、シルビアとガルシアは名前の響きが似ていることもあり、一番の仲良だ。


 エドワードは窓枠に肘をひっかけて頬杖をつき、圧迫された頬をもごもごと動かしてアレンに尋ねる。


「キミさぁ、何でそんなに義兄さんに執着してるわけ?」


「してない」


「いやしてるでしょ。カナルで会うかもって心配? 大丈夫だよ、義兄さんはうちの姉さんと違って事務方なんだから。見学で顔を合わせることなんてないって」


「アンタに」


 何が分かる、と言いかけてアレンは口を閉じた。


 昔からそう言って突き放し、話題を遮ってきた癖が未だに抜けない。カーターの学校では世話焼きの勘違い女子によくご指導いただいたもので、「なぜ兄を疎むのか」と聞かれたときの定型として口にしていた。事実、カーター領ではアレン以外に領家を継ぐ候補者はいない。だからこそ使い勝手のいい決まり文句だったのだ。


 しかし、エドワードはロセス領家を継ぐ長男である。細かい事情は異なれど、家の後継者として立場は同じだ。


「俺が何だって?」


「別に」


 下を向いていたアレンの視線が窓の外に移った。頭に渦巻く不満が邪魔をして、過ぎ去る風景は瞳に映るだけだった。


 彼は兄を憎んでいるとか、格下に見ているということはなかった。アレンが口をヘの字に曲げる原因は両親、とりわけ父エリクにあった。


 カーター領は昔から「男が外で働き、女は家を守る」という伝統的な価値観に基づいて治められてきた。一方で、魔法の技術開発が進んだ現在では女も外に出て活躍する場面が増えた。魔法騎士がその最たる例だ。女はもう、男に守られ養ってもらう必要はないのである。


 カーターでは若者、特に女の地元離れが目立つ。領内の産業は盛んで衰えを知らないし、次代を担う若い男連中も十分にいる。新聞でもその盛況が取り上げられ、仕事を求めてよそからやってくる者もある。


 反対に女は流出するばかりで、それもまた新聞に依るところが大きい。紙面で取り上げられる女は皆、自らの人生を己の意思で定め、自分の理想に邁進している。女であるだけで抑圧され、田舎でくすぶる年若き乙女、才媛たちはそんな生き生きとした姿に憧れるのだ。彼女たちは他領や国都へ飛び出して行って、カーターには二度と戻ってこない。


 遠くない未来、それを体現しようとしているのがシルビアである。


 父エリクは一つ、誤解している。国都学院への飛び級は、アレンに置いていかれたくないシルビアが勉強を頑張ったのではない。現実は逆で、シルビアに置いていかれないようアレンが必死に食らいついたのだ。(シルビア)に遅れを取れば父にうるさく言われるのが目に見えていたからだ。


 カーターの学校は男女別で通い、成績も別々で出される。双子たちの成績は、並べて見比べればシルビアの方が良いとすぐに分かる。しかし女の学問を軽んじる父はシルビアの結果など横目にするだけで、アレンの成績ばかりに口を出す。当然、母リリアンもだ。


 シルビアは天才だ。彼女はアレンが三歩分努力する目の前で軽く五歩は先へ飛んでいく。その能力は伸ばされるべきだ。


 もっとも、シルビアの頭脳明晰を知ったとて、両親が彼女の学力に見合う場所へ送り出すことはない。それが分かっているからこそ、アレンは両親の誤解を訂正せず、シルビアを「兄べったりの妹」として国都へ導いた。当の本人は母親譲りの鈍感な質で気づいてないのだから、都合がよかった。


 両親はそんなトンチキであるからして、ノエルの才能にも気づかない。二人の目は、領地を運営できているのが不思議なくらいの節穴だ。


 ゆえに、アレンは自分こそ上手くやらねばと気負う。彼は己の苦心と苦労を自覚していたから、それを無駄にしないためにも、ノエルにだけは後れを取るわけにいかないと思っていた。


 シルビアは本人が家督にいっさい関心を持っていないので、安心して放置できる。しかしノエルはどうか? 今後、兄の才が取り立てられて家督争いに参加してくるようなことがあったら――。勝てるかどうか、アレンには自信がない。


 しかし、虐げられていた奇才の兄が平々凡々の弟を蹴落とし、両親を見返して家を継ぐ……そんな惨めは御免だった。だからアレンは人一倍に努力し、何があっても兄だけは越えなければならなかった。


 少年はまだ十三歳だというのに、死期を前にした老人のように思い詰めていた。


「……」


 エドワードは彼に少しばかり同情している。アレンは決して意地の悪い子供ではない。相手(ノエル)を貶めるのではなく、自分を高めて追い越そうとする姿勢は評価できる。エドワードがカーターの両親に会ったのは、ノエルとシャノンが籍を入れた際の会食で一度きりだ。あの家庭状況では兄を蔑み道を踏み外しそうなものなのに、なかなか真っ当に育ったものだ。


 エドワードは視線を移し、口を半開きにしてぼんやりと天井を仰ぐシルビアを見る。この妹はよくも悪くも他人に無関心で、外野の影響を受けず我が道を行く自由人だ。彼女がノエルに対してどんな思いを抱いているのか、それはエドワードにも分からない。


「何かもう姉貴に全部ブッ飛ばしてほしいな……」


 そのつぶやきに女子二名が勢いよく身を乗り出した。


「なになに!? お義姉様のお話ですか!?」


「シャノン様がどうしたの!?」


「……キミたち、どうして姉さんの話だけ聞こえるのさ」


「だってぇ! シャノン様っていったらそこらの男より紳士な灼炎の麗人だもの。聞こえて当然よ」


「しゃくえん?」


「灼熱の炎のごとき闘志と赤い御髪が相まってそう呼ばれてるの。知らない?」


「知らない」


「弟のくせにモグリなんだから! 騎士学校を卒業する際に制作されたブロマイドは飛ぶように売れたのよ? アッ、私いま持ってるけど見る? 見る!?」


「見ない、いらない」


「何で!? かっこいいのに!!」


 人間にとんと興味がないシルビアとガルシアだが、シャノンの名前を聞けば目の色を変えて飛んでくる。この二人を呼び止めたければとりあえず「シャノン」と口にしろ、とは一年生の授業を受け持つ教師陣の常識である。


「ガルシー、私それ見たい! みーしてっ」


「もちろん! はいどうぞ」


 ガルシアは鞄の中から革の見開きフレームを取り出し、さっと開いてシルビアの前に差し出した。左側には、詰め襟の礼服にイスルギの太刀を佩き、制帽を被って毅然と正面を見据える気高い立ち姿が。右側には、卒業式恒例のパフォーマンスで制帽を高く放り上げて笑う場面が写し取られていた。


「私もブロマイドほしかったなぁ。ガルシーがうらやましいよ~」


「私はシルビアの方がうらやましいわ。だって、合法でシャノン様をお義姉様って呼べるんだもの」


「フヘヘ。それほどでもありませんことよ」


「キィーッ!! このっ、腹立つ顔してぇ!」


 怒ったふりのガルシアがシルビアの頬をやんわりとつねり、二人はキャーキャーとじゃれ合う。やかましくはあったが、アレンの不機嫌が蔓延していたよりはマシな空気になった。


 生徒たちを乗せた馬車は三日後の夕方にカナルへ着く予定である。カナルでは到着した翌日から街全体を歩いて地勢を学ぶ。二日目には騎士の働きを見学し、三日目の午前中にカナルを発つことが決まっていた。そして復路は南部の要所を周り、行きと同じく二週間ほどかけて国都へと戻る。


 おおよそ一ヶ月をかけたプログラムで、教師陣は折り返しを前にやや疲れた様子で、移動中に居眠りをする場面があった。そんなとき、存外気が利く子供たちは教師を起こさないよう静かに窓から外を眺め、隣国システルからの旅行者に手を振ったりなどするのだった。

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