25「国都の賓客」
「あと三日でリアンデールのガキンチョどもが到着か。去年はイキリ野郎ばっかだったけど、今年はどんなもんかね」
掲示板に張り出された一枚の案内を見て、サムエルが顎を撫でながらひとりごちた。
第一分隊はちょうど早番が終わったタイミングで、私服に着替えてあとは帰るだけだった。彼は去年の災難を思い出して、今回の参加者が皆よい子であることを願い、休憩室にスキップで乗り込む。窓際のソファには新聞を広げるシャノンとニーナがいた。ちょうど国都の学院からやってくる「お客様」に関する記事を読んでいる。
このお客様というのは国都の高等学院に通う生徒のことである。半月ほど前から約三ヶ月の休暇期間に入った学院では、学年ごとに成績上位十名を対象とした課外プログラムが課せられる。のっぴきならない事情でもあれば免除されるが、基本は参加が義務づけられている。
ノアリズ統領連邦では幼等園から小、中等学校までは原則、籍を置く領地にて教育を行う。中等学校以降は進学も就職も個人の自由とされる。
進学に関しては大きな地方都市であれば高等学校も存在するが、より高度な教育を希望するなら、国都リアンデールの高等学院を目指すことになる。その場合、前提として中等学校で優秀な成績を修める必要がある。さらに学校長から推薦を受けた者が入学試験に挑み、筆記と面接により可否が決まる。
つまり、国都の学院にはノアリズの各領を代表する優秀な学生が集まる。その中でも上澄みの十名となれば、将来は国政や領地の要職に就くと期待されるエリートたちだ。言わずもがな、生徒らは子供とはいえ並々ならぬ自負を持っている。
さて、課外プログラムの内容だが、入学して半年を過ごした一年生は地理や産業などを学ぶため地方を回るのが恒例だ。彼らはここカナルも訪れ、国防の要である騎士の職務を見学する。
先に述べたとおり、やってくる生徒は自信満々で自意識過剰な思春期の子供たちだ。であれば、サムエルがつぶやいたような自己主張の強いイキリ野郎が出没しても不思議はない。去年は北部の出身者が多かったため、輪をかけて貴族主義を振りかざす輩が目立った。
余談として、彼らの勢いを削ぐのにシャノンが大いに役立った。ロセス領家も連邦に加わる前は当然、一つの国を治める公家であった。その直系たるシャノンには立場でも人格でも誰も敵わなかった。領家息女として社交の経験もあり、さらには騎士としての実力も伴うとなれば、生意気な輩は怯みに怯んだ。ついでにこの「男装の麗人」は女子に大人気で、比較された男子諸君は精神的にも打ちのめされたのだった。
サムエルは前回の惨憺が再演されないことを祈り、帰宅前の一服をキメる。彼を癒す嗜好品はコーヒーしかない。ミルで豆を挽くと奥ゆかしい香りがフワリと漂ってきた。フィルターに粉を入れて湯をゆっくりと注ぎ、全体を蒸しながら抽出される至高の黒を待ちこがれる。
「そういや今回の課外見学にはシャノンの弟も来るんだよな? エドワードくんだっけ」
「はい。何日か前に手紙をもらいまして、姉貴がサボってないか見に行ってやるぜと書いてありました」
「弟、生意気じゃない? シメよっか?」
北部出身のニーナは去年の悪夢を思い出して剣呑な目つきになる。
彼女は地位も立場もない一般どころか貧困家庭の生まれである。必死の努力により奨学生として学院に入ったはいいものの、学生時代は同郷の生徒に妬まれ随分といじめられた。精神が未熟で分別があいまいなだけにやり口はあくどく、歯や鼻が折れるくらいの仕返しで済ませたことを今になっても未練がましく思うほどの壮絶な体験だった。
その過去はシャノンも本人から聞かされており、それゆえに慌てて首を左右に振った。
「姉弟だからこそのノリであって、よそ様には普通にいい奴なのでやめてください」
「ま、シャノンちゃんの弟だもんな」
「去年のクソガキみたいな精神だったら恥ずかしくてお外に出せませんよ。私も両親もそれを許すようなアホではありません」
「ロセス住民の爪の垢を煎じて北部のクソどもに下痢するまで飲ませてやりたいぜ」
「先輩も少しは言葉使いを柔らかくした方がいいのでは」
「それは余計なお世話」
「そうですか……」
ニーナは気に入らない他者への批判は惜しまないが、自分への苦言は聞く気がない。小物臭漂うチンピラ系ツンデレとはまさに彼女のことで、仲の良いナタリヤから「性格が悪く根性が邪悪で破滅的」と評されるだけはある。
「ま、ニーナの話は置いといてだ」
サムエルは仕上がったコーヒーを一口含み、シャノンに聞く。
「弟くんはやっぱお前さんに似てたりするのかね? 筋肉とかムキムキ?」
「どうでしょう? 最後に会ったときはヒョロヒョロでしたけど、学院で筋トレに目覚めた可能性もあるので否定はできません」
「ふんふん。小僧エドワード、どんな奴か楽しみにしておこうじゃん」
「ルイス先輩が言うと何か不穏です」
「だいじょーぶ。悪いようにはせんし」
「するんじゃないぞ。本当に」
そこでサムエルは一服に専念すべく、椅子に腰を下ろした。ニーナもまだしばらく居残るらしい。シャノンは席を立って二人に別れの挨拶をし、ノエルにも一声かけてから帰ろうと資料室へ向かった。
しかし、ドアには鍵がかかっており、ノックをして呼びかけても返事はなかった。兵站部の終業時刻にはまだ早く、シャノンは首をひねりつつ人事課へ足を向けた。
ドアの隙間から室内を見渡してサリバンがいないか確認する。マグカップを手にした事務官がちょうど通りかかり、
「おや、シャノンさん。どうされたんです? そんなところにお隠れになって」
言っている間に、彼女はシャノンがドアの陰に潜む理由に見当がついた。
「サリバンならいませんよ。今日からリルバーンに出張なんです」
「一週間! 絶対に帰ってこないから安心して!」
遠くからそう付け加えたのは人事課長である。そういうことなら、国都からやってくる弟も目の敵にされず済みそうだ。シャノンは親指を立てて力強く拳を握り、課長も同じ仕草で返した。
心なしか課の雰囲気も和やかで何よりだ。
「それで、何かご用でしたか?」
「はい、ノエルさんを探しておりまして。資料室にはおらず……どこへ行ったかご存じありませんか?」
「ロセスさんですか? 彼なら早退されましたよ。見るからに具合が悪そうだったので、手すきの職員に自宅まで送らせました」
「具合が悪い……!?」
予想外の答えにシャノンは衝撃を受ける。今朝、出勤前に言葉を交わしたときはそんなふうに見えなかった。
そこへ、中年の事務官がシャノンの姿を見つけて駆け寄る。
「おお。ちょうどよかった、ロセス。お前さんの旦那なんだが……」
「こちらもちょうどいいタイミングです。ロセスさんのことは彼に頼んだんです」
「そっちもノエルの話をしてたのか。アイツ、立ってるのもやっとみたいな感じだったぞ」
「何と!? 哨戒任務で家を空けていたとはいえ、帰ってきてからは毎日ちゃんと顔を合わせていたのに……妻失格です!」
「だったらンなこと言ってないで早く帰ってやりな。その格好だと今日はもう上がりなんだろ?」
「そうします! ありがとうございました、お先に失礼いたします!」
「お大事にとお伝えください~」
「急いで転ぶなよー」
シャノンは慌てふためき騎兵署を後にした。




