24「剣の墓場」
騎士学校時代、実技の授業がある日のシャノンは憂鬱だった。毎度毎度、巻き藁を前に思い切りよく剣を振るも、中程まで食い込んだところで刃がぽっきりと折れるのだ。さらに強く速く振れば、藁の半分も切れずに折れてしまう有様。ならばと弱く振っても、剣は無事だが藁を切ることは敵わず。筋はいいはずなのに、なぜか断ち切ることができない。
鈍ならともかく、研いだばかりの新品であってもダメにしてしまうので、ついに彼女は木剣しか握らせてもらえなくなった。
そこへ偶然、イスルギの武人が視察のためにやってきた。彼らは防人と呼ばれる兵士の強化を進めており、特に統率力を高める上でのよき模範を探していた。それを知ったノアリズが声をかけ、騎士を体系的に養成する現場へと招いたのだ。
訓練場の外から遠巻きに見ていた武人は、シャノンが木剣を持たされていることを不思議に思った。刃の振りは鋭く、無駄な力みもなく、剣筋は美しいとさえ言えるまでに完璧だ。真剣であれば巻き藁など真っ二つだろうに、どうしてきちんとした道具を使わせないのかと彼は教官に聞いた。
教官とて、シャノンの剣技には一目おいていた。しかし剣を折ってしまうのだと武人に打ち明けると、彼は少し考え込んで訓練場へと踏み込んでいった。
武人は学生から剣を借り、シャノンに振ってみるよう言った。そして彼女がいつも通り剣を折ったのを見て、根本の問題に気づいた。
シャノンが剣を振る速度は非常に速く、そこに持ち前の腕力が加わることで、巻き藁と接触した際の力に刃が耐えきれず折れてしまうのだ。
武人はその論を証明するため、己の獲物を鞘から抜いてシャノンに渡した。折れず、曲がらず、よく切れる……イスルギ皇国独自の技術で鍛え研ぎ澄まされた、強靱なる太刀を。
シャノンは慣れない武器に戸惑いつつも、武人から指導を受けながら素振りを繰り返して具合を確かめる。何となく要領が掴めたところで、ダメもとで巻き藁に振り下ろしてみると、刀は斜め一直線に巻き藁を断ち切った。藁は刃が通過して一拍ののち、スルリと傾斜を滑り落ちて地面に転がった。
教官も周囲の生徒も、シャノン本人すらもその切れ味に驚き、言葉をなくした。武人もまた、数振りで使いこなすシャノンの技量に感心し、貸し与えた太刀をそのまま授けたのだった。
一人で回想を終え、シャノンは柄頭をツンとつついてため息をつく。
「あの出会いがなかったら私は落ちこぼれのままで、ここにはいなかったでしょう。運がいいというか、何というか。その武人様は天の導きとおっしゃっていましたが」
イスルギを見守る尊い御方が「異国の民であってもその才を潰すのは惜しい」と巡り合わせたに違いない。闊達なる武人は刀にまつわる知恵を惜しみなく与えた。
得意げなシャノンの顔を見上げ、ニーナは降参だと言いたげに両手を上げた。
「アタシは神様がどうの以前に宗教ってもんがよく分からんのだけど、シャノンが太刀をブン回して岩とかぶった切ってるの見ると、神秘ってのも何となく理解できる気がすんね」
「シャノン、魔法を使わず素で石を切る。私も最初はとても驚いた……」
「コイツの場合は魔法自体も規格外だけどな」
サムエルは視線だけで後ろを振り向き、苦笑いをする。
「魔法ってか魔力で全てをブチのめすシャノンを目の当たりにして、アタシも基礎の大切さを思い知ったもんですよ。そしてどんな超絶技巧を持ってしても火力お化けには敵わんのだなーと絶望した」
「ニーナ、だいぶ本気で落ち込んでたね……」
チラッ、チラッ、とニーナがわざとらしくシャノンに目配せする。ここで気を使ってフォローなどしたが最後、しつこく絡んでくることは分かり切っている。
シャノンは素知らぬ顔でエレノアに話を振った。
「ここ、見通しが悪いですね。刈っておきましょうか?」
「お願いするわ」
「んじゃ、俺もちょっと休憩~」
サムエルは荷物を下ろして上下に伸びる。シャノンは太刀を抜き、低木を薙ぎ倒した。膝元くらいでも十分だったが、彼女は根本からバッサバッサと切りまくる。すぐにでも背を伸ばしそうな株を手当たり次第に引っこ抜いていくと、辺りはすっかり丸坊主になった。切った枝葉は細かく刻んで適当に撒いておく。
シャノンは刀を鞘に戻し、パンパンと両手を払って皆の元へ戻った。
「このくらいでいいでしょうか」
「さすがのお手前だぜ、草刈りシャノンちゃん」
「お褒めいただきありがとうございまーす」
地味な仕事だが、こうして死角を潰し、不測の事態を招かぬよう対策するのも騎士の務めである。特にこの時期は毎年、国都から「お客様」がやってくるため、入念になる。
これ以降、カナルへ帰着するまでの間に魔獣などの襲撃はなく、一同は茂みを刈りながら行程通りに道を進んだ。
そして、いよいよシモン隊が無事に帰還する夕方――、その少し前。
勤務終了からシャノンを迎えるまでに時間があったノエルは、いったん自宅へ戻っていた。玄関に設置してある郵便受けを確認すると、一通の手紙が届いていた。
宛先はノエル・カーター。
触り心地のいい封筒を裏返してみれば、封蝋には実家の印が押してあった。ノエルは無意識に身構えて、自室で恐る恐る開封する。
「……そっか。あの子たちが来るのか」
遠く、国都リアンデールの方角を見やり、彼は目を伏せて不安を覆い隠した。




