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22「非道、外道、許すまじ」

 そんな二人を後目に、エレノアが熊の死体を見下ろして腕を組む。


「それにしても、これは何なのかしら? 動きは明らかに敵性魔獣のそれだったけれど」


「頭に石っころは見当たりませんぜ」


「待って、サム。目を見て……」


 ナタリヤが指さした熊の右目には石が押し込まれていた。サムエルが魔力を遮断する手袋をはめ、石の目玉をくり抜いて取り出す。


「これはまた……ずいぶんとひっでぇ紋様だな」


 どこにでも転がっていそうな河原の石ころを丸く加工したそれに、五つの紋様が描かれている。


 一つ目は装着した者の魔力を吸い上げ、ほか四つの魔法紋様を有効化するもの。


 二つ目は主に五感の向上。これには上限の規定がなく、感覚が敏感どころか不快になるレベルまで引き上げるものだった。


 三つ目は防御と反射の同期。


 そして四つ目は当人の限界を無視した身体強化だ。


 五つ目にいたっては用途が分からないものだった。何か特定のものに反応して作動する紋様の応用と推測されるが、石の一部が欠けており断定はできない。ただ、一つ目のものに連動するよう印されているのは確かだった。


 はっきり言って、相手が動物だとしても胸くそ悪い仕掛けであった。ナタリヤは熊を瞑目させ、自らも瞼を閉じる。


「かわいそうに。きっと、つらかった……」


 ひとしきり哀れんだあと、死体に防腐処置を施して陣地の隅に安置した。本当なら布で包めればよかったが、あいにくと余っているものはない。


 横たえた熊の冥福を祈り、サムエルがエレノアにうかがう。


「この熊さんはお持ち帰りで?」


「ええ」


「っすよねー。明日の出発前に担架でも作って、俺とシャノンで運びます」


 素材はそこらの木を一本倒して板状に加工し、遺骸も蔓などで固定すれば落とす心配もない。


「いつも大物を任せちゃって悪いわね」


「しゃあないですって。なあ、シャノン」


「大丈夫です! 問題ありません」


 第一分隊で互いに同程度の体力と身長を持つのはサムエルとシャノンしかいないので、運び手は自然とこの二人に限られる。


 シャノンは今から肩が重いとばかりに腕全体をぐるりと回した。


「こういうときのための筋肉ではありますが、重量を軽減するにしても一苦労ですね。これは」


「クィン、死すべし……」


 ナタリヤが目尻をつり上げて吐き捨てた。


 シャノンとエレノアが彼女をなだめる一方、サムエルがふと違和感に気づく。


「そういや、ニーナがやけに静かなんだけど」


「言われてみれば。ニーナ、どうかした、の?」


 言葉を詰まらせたエレノアの目線が向く先に、愕然と立ちすくむニーナの姿があった。


 その足下には鍋が転がっていた。キノコと鳥肉で出汁を取ったスープは土にぶちまけられ、具材がシミの上に散らばっている。額縁で切り取れば、安易な食品廃棄に警鐘を鳴らす前衛的なアートに見えなくもない。


 普段のニーナなら呪詛でも唱えそうな場面だというのに、それもなく。


「あーぁ。ごはん……楽しみだったんにな……」


 あまりの被害に文句を言う気力も削がれ、彼女は萎れていた。毒を吐くのが趣味の人間がそれを忘れ、ただただ憔悴する後ろ姿は実に切なかった。


 ナタリヤがバッと西を振り返り、「クィン死すべし……!!」。相手を最大限に侮辱する手仕草で怨念を繰り返す。


 その手をサムエルが覆い隠し、天を仰いであきらめたように言う。


「作り直すしかないな」


「ルイス先輩、私もお手伝いしますので。そんな落ち込まないでください」


「何だったら、休んでていい。私たちで作るよ……」


 ナタリヤがニーナに寄り添い、頭を優しく撫でる。それで元気が出たのか、ニーナは顔を上げた。


「よっしゃ、切り替えてこ!」


「ニーナ、強い子……」


「あんがとね、ナタリヤ。――とはいえ、まず水がないんよ」


「それなら私が魔法で作るわ」


 任せなさいと胸に手を当てて得意げにするエレノア。その声が聞こえないはずはなかろうに、部下たちは彼女の発言をなかったことにして話を続ける。


「今から沢に行けっかな~?」


「あそこまで戻るとなると、だいぶ歩くぞ。お前さんで作れないの?」


「できるけど、ちょっと時間かかる」


「かまわんぜ」


「だからっ! 私が作るったら!」


「そしたらシャノン、鳥肉は余ってそ?」


「お肉は余裕あります。しかし葉物が全滅、乾物は節約しないとですね」


「葉物といっても、しょせんは雑草。その辺の草でもいける……?」


「ねえ! 私が作るって言ってるでしょ! お水!!」


「……」


 ついに聞こえないフリも難しくなり、サムエルがジトッとエレノアを見た。およそ上官に向ける目ではない。


「アンタが作る水はまずい」


「ま゛っ!?」


「何か、お酒っぽい味するよ……」


「お、おおお酒なら美味しいじゃない!」


「俺はにおいだけでもダメな究極の下戸なんで」


「私も進んで飲みたいものではありません」


「職務中にアッパラピッピになるのはアタシも勘弁でーす」


「ふわふわする感じ、私は好き。だけど、今は正気でいるべき……」


 次々に異議を突きつけられ、エレノアは顔を赤くして柳眉を崩した。顔の中心にしわを寄せて怒りを耐えても、美女が破綻しないのはさすがである。


「あーあーはいはい! 分かりました! それなら私はもう何もしませーん!!」


「そりゃ結構なことで」


 子供のように頬を膨らませるエレノアをサムエルが冷たく受け流す。


「ほいじゃニーナさん、どうぞ鍋に並々とお願いします」


「任せなさい、キリエ。アタシが沢のお水を完璧に再現してみせましょう」


「ひゅーひゅー。ニーナかっこいい……」


「うちの隊だとルイス先輩が一番料理まともですもんね~」


「こういう時は上手って言うんだよシャノンちゃんよォ!」


 それからニーナが時間をかけて水を作り、妙な味もにおいもないとサムエルが確認した。夕食を通り過ぎて夜食となったそれをさっさと食べると、見張り番の二人を残してほかは交代の時間まで就寝となった。

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