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21「クィン死すべし」

 闇夜のお客様は足音からして人ではなく、大柄な動物と推測された。荒い息づかいにうなり声が混じり、興奮していることが伝わってくる。複数が連れ立っている気配はなく、おそらく相手は一人きりだ。


 誰よりも前に立ちはだかったのはナタリヤだった。彼女は魔法紋様が記された道具を持たず、両手をまっすぐ正面に突き出す。その後ろでエレノアが腰から三節状の戦鎚を抜き、瞬時に連結させた。シャノンも腰を低くして太刀の鯉口を切る。後方ではサムエルとニーナがそれぞれ補助魔法でのバックアップ態勢を取っていた。


 攻撃は出し抜けだった。


 闇の中からドッと力強く地を蹴る音が聞こえた直後、岩のように確と構えていたナタリヤがわずかに後方へ下がる。彼女は殴りかかってきた敵の拳をがっちりと受け止め、膝を折ることなく耐えた。


 焚き火の明かりでわずかに見えた襲撃者の特徴は、毛むくじゃらな太い腕と鋭い爪。


 熊である。


「え。でっか……?」


 立ち上がった姿はシャノンの身長を優に超える。


 そんな野生動物と組み合っても、ナタリヤの細腕は砕けない。彼女が得意とするのは防御魔法だった。幼少期にクィンで盾役の僧兵として養成されたが、忌まわしいことにそれは本人の資質によく合致していた。紋様を刻んだ道具もなしに魔法を顕現させられるのは、これもまた忌々しいことにクィンで施された墨――刺青に依る。


 ナタリヤは頭皮を含む体の至るところに魔法紋様を直に刻まれている。道具がなくともその身一つで強固たる壁を成し、あらゆる障害から「主人」を守ることを求められたのだ。


 熊は牙の間から涎を垂らし、ナタリヤの防御魔法を打ち砕こうと打撃を繰り返す。たとえ自分の腕が折れようともお構いなしだ。


 明らかに常軌を逸した行動に、エレノアは制御不能と判断し即座に攻撃する。足下から突き上げた岩で体を押し返したところに雷撃を落とすが、熊の反応速度が尋常ではなく、稲妻は毛の先を焦がすこともできず空振りに終わった。そこへ、熊の後方へ回り込んでいたシャノンが太刀を振り下ろす。


 だが、熊は肉体の強化をしていたようで、彼女の一撃は弾き返されてしまった。


「へあ!?」


「おいシャノンちゃん、まじめにやれ!」


「マジでやってますって!」


 熊はシャノンを無視し、猛スピードでナタリヤに突進した。彼女の防御魔法はサムエルの強化を得ており、危なげなく拳を受け流す。エレノアが攻撃して熊に回避行動を取らせ、先ほどよりも強くシャノンが刃を打ち込む。


 しかし、さほどもダメージは与えられない。


「隊長! とにかく一時でいいんで動きを止めてください!! アタシが神経ぶっちぎります!」


「分かった! シャノン!!」


「了解!」


 シャノンが下がって魔力を練る時間を稼ぐため、エレノアは弱い攻撃でひたすら熊の気を引く。それをナタリヤがまさに命がけで防ぎ続けた。熊を十分に引きつけたところで、エレノアは髪の毛が逆立つほどの魔力を放出した。高威力の魔法を上空一点に展開し、


「サム!」


「はいよぉ!」


 エレノアの魔法はサムエルの補助で効果範囲を毎秒広げていく。空気がピリピリと肌を刺し、小さな光の粒が星のように瞬いた。


 他方、聞き手の肘を後ろに引き、抜き身の切っ先を正面に向けて集中していたシャノンが顔を上げた。


 その瞬間――、エレノアは出し惜しみせずに閃耀を放った。夜が晴れるほどの光が天上から降り注ぎ、敵の姿が白の中に消える。一拍遅れて爆音が地面を穿ち、シャノンどころかニーナの出番もなく戦闘が終了するかに思われた。


 エレノアはすかさず風を送って土煙を追い払う。


 焦土の真ん中。熊はその形を保っていたが、さすがに身動きが鈍っていた。ニーナが両手の指を組み合わせて弱体の魔法紋様を結び、自身の魔力を相手の神経に送り込んで断ち切ろうと試みる。


「うっわコイツ回路グチャグチャになってる!?」


 感覚の糸が全て絡み合い、どれを断てば手足を無力化できるか分からない。とりあえず手当たり次第に切っていくものの、それが余計な刺激となって熊がさらに狂乱を増した。


「これ、キッツい――!」


 ニーナが顔に苦痛を浮かべる前に、シャノンが動いた。突き出した刃を水膜で覆い、切っ先に白い火炎をまとわせ熊の胸めがけて柄頭を押す。


 灼熱の刀が熊の硬い皮膚をドロリと溶かし、体の組織を焼きながら心臓へと達する。しかし熊は鼓動を破壊されようとも生気を失わず、シャノンに向かって爪を振り上げた。それをナタリヤの魔法が防ぐ間もなく、シャノンは刀を切り上げながら引き抜き、頭上の腕を素早く切断した。次いで両足を。最後に首を落とすと熊の動きは完全に止まり、胴体が地面に倒れた。


 一同はしばらく臨戦態勢を解かず、死体がピクリとも動かないのを確信してから肩の力を抜いた。エレノアが戦鎚を仕舞って皆の顔を順繰りに見る。


「みんな、よくやったわ。ありがとう」


「おつかれさん。いやぁ、久しぶりに焦ったぜ。こんなデッケー熊この辺にいたか?」


「アタシのクソ故郷なら時々いましたよ。けど、生息域はずっと北の国境付近です」


「ここいらの動物じゃねえってことだな」


「とてもとても、硬かった。最初の一発、私もびっくり……」


「素の攻撃が通らなかったんでだいぶ魔力を練り込んだんですけど、正解でしたね」


「うん。いつも以上に、属性がはっきり見えてた……」


 シャノンは決して魔法が巧みな方ではない。それにもかかわらず初任でカナルに配置された上、シモン隊に所属が許されたのは、魔力を操る才能がずば抜けて高かったからである。


 彼女は様々な紋様を介して形ある魔法を繰り出すのではなく、属性を定める基礎紋様を駆使して「地水火風雷」という純粋な「性質のみ」を現象として顕現させる。魔力で直に殴っていると言えば分かりやすいだろうか。


 簡単そうに聞こえるが、これはたぐいまれな魔力操作の才能を持つからこその絶技だ。魔力の制御をおろそかにすれば「属性」はたちまち暴走し、自身どころか周囲を巻き込んで大惨事につながる。基礎紋様とは属性を定義するだけのものゆえに、通常の紋様に組み込まれる事故防止の機構がないのだ。


 変幻自在が強みの魔法として、自由度はゼロといえよう。しかし余計な紋様を介さないだけに、魔力の無駄も無く最大威力を引き出せるのは立派な特長だ。そこに加えて本人の身体能力も高く腕前は折り紙付きということで、シャノンは新人にしてカナル戦線に配属される異例となったのだった。


「ったくよォ。あんだけ魔力ブッパしてもピンピンしてんだから、やっぱ火力お化けはすげーわ。チッ!」


「態度悪いですよ、ルイス先輩。普通にほめてください」


「これでほめてんだよ分かれよ」


「ええまあ、分かってるんですけどね」


「こんにゃろめっ!!」


 ニーナはしれっとするシャノンの横っ腹を一発殴り、そっぽを向いた。

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