19「秘するもの」
リドリーたちが頭を抱える理由は次の通りである。
まず騎士を育成する学校へ入るには、魔法科志望でなくても初級の取得が定められている。魔法騎士の候補生としては五級の取得が最低条件で、そこから準三級へ昇級できなければ学校での課程を終了していても卒業は不可となる。
学校を晴れて卒業した後は各地の騎兵署に配属され、様々な任務に当たる。その後の昇級は本人の自由だが、資格の更新は三年に一度は行われる。
行使できる魔法は階級によって制限があり、強化および弱体の魔法については知識と技量があろうとも二級以上でないと使用許可が下りない。さらに昇任の要件ともなり、分隊や小隊を率いるなら準一級レベル、さらに上の地位を目指すなら一級の合格のみならず等級を保持し続ける実力も持たねばならない。
ちなみにイライアスは「特級ノ三」で今のところ最高位だ。実技はからきしと当人は言っていたが、それはノエルの精巧な魔法と比較すればの話で、人並みには扱うことができる。彼の場合は魔法の腕前より理論の完成度と技術の発展に対する寄与を評価され、その地位を与えられた。
「最近やっと準一ノ二に上がった私。気ぃ抜いてたらすぐ追い越されそー」
リドリーも長らくカナルで踏ん張ってきた騎士である。ただの事務官が背後にぴったり追随している現実には打ちのめされてしまった。
口元をひきつらせる彼女の横で、シャノンは既に通り過ぎた道だと言いたげにカラカラと笑った。
「びっくりですよね~。私なんて初対面の時点で抜かれちゃってました」
「シャノン。お前も大概なんだぞ」
「準三級ごときがシモン隊に抜擢されるの、だいぶおかしいんですよ?」
「今は三級ノ一ですぅ!」
「それでも異例中の異例だっての」
リドリーとエイデンがシャノンのわき腹を鋭い手刀でつつく。
わざとらしく悲鳴を上げるシャノンはさておき、エレノアが脱線した話題を軌道に戻す。
「そのピアスだけど、透明ならまだしも中が見えない石だと刻印はかなり難航したんじゃない?」
「はい。何度も繰り返して、たまたま最後まで完璧に刻めたものがこれなんです」
「なぜ不透明なものを使ったんです? 透明であれば重なりが見えて加工もしやすいはず。あとから表面を曇らせるとか、完成した紋様を隠す手段はいくらでもあるのに」
エイデンの指摘はもっともだ。
ノエルは南の方角を見て遠い目をする。
「最初の一つは石の表面に紋様を刻んで作りました。それで、首尾よく鮮明度の調整に成功したので父に報告したのですが、全く信じてもらえなくて」
「ンン? どういうことだい、それ?」
リドリーたちはノエルの父エリクが固持する信念を知らない。ノエルはまず、「魔法とは女の学問で男がやるものではない」というエリクの姿勢を伝えた上で、
「父からすれば信じる信じない以前に、男が魔法を使うなんてあり得ないという認識なんです。男らしさのかけらもない成果を認めるわけにはいかなかったんでしょう」
「それで魔法紋様を隠した、と」
「勉強に口を出されては困りますし……、自分を否定されたくなかったので」
透き通った石に刻印してあとから表面を加工しても、何かしらの方法で紋様が暴かれる可能性はあった。それならばと、ノエルは不透明な石の内部に紋様を刻んだ。破壊すれば粉々に砕け散る石にどんな紋様が隠れているかなど、確認しようがない。
「それに、魔法紋様とは本来、秘匿するものだと師から教わりました」
当時、イライアスはノエルと一緒に怒って、一緒に言い負かされてしまった。彼は自分の不甲斐なさを責めながらも、ノエルには「秘密の才能だね」と言って励ましてくれた。いつかぐうの音も出ない成果を突きつけて見返してやろうと二人で誓ったあの日が懐かしい。
思い出して口元を緩めたノエルに、エレノアが尋ねる。
「手帳はみんなで見ちゃったけど、いいの?」
「皆さんは信頼できる方々ですので」
「言ってくれるじゃん婿殿よォ。耳のも手帳も、あんなの一朝一夕で真似するなんて無理だっての~」
リドリーは口をとがらせて軽口を叩く。
一連の話題はひとまず落ち着いた。だからというわけではないが、ノエルはふと水門の向こうに意識を引かれた。
「あれは、猪……?」
「どうかしましたか? ノエルさん」
「いえ、クィン側の水門を見ていたら猪が現れたもので」
「こっちでアレコレ話しながらまだあっち見てたんかい!?」
「いやはや、昨今の若者は実に目覚ましいですね。我らも精進せねば」
「正直、焦るわ~」
深々と頷くエイデンにリドリーが同意する。
その間もノエルはしきりに首をひねっていた。
「あの猪、どこかで見たような気がします」
「……アー。そういうこと」
エレノアも望遠魔法で状況を把握し、視界を正面に戻してノエルの気をそらそうと呼びかける。
「あのね、ロセスくん。ちょっとおめめをこっちに向けてほしいのだけど」
「黒い牙に茶と白の縦縞――、そうだ!」
ノエルはとっさにクィン方面を振り返った。
「あれはカナルに来る途中で鉢合わせた敵性を持つ魔獣と同じ種です。クィンから迷い込んだ個体だったのか。でも、あの時の猪は額に傷が……」
彼は一人で記憶をさかのぼり始めた。「敵性魔獣」という単語を聞き、エレノア以外の面々も渋い顔をする。
その中でリドリーが観念した様子で言った。
「婿殿も騎兵署の一員なんだし、隠しておくことなくない? ぶっちゃけ平の事務官だって知ってるんだからさ。守秘義務があるから言いふらさないだけで」
「それはそうですが、まだ推測の段階を出ていないのに……」
「そんなん、断定しないならいつまでたっても推測止まりでしょ。あちらさんの相手は面倒だから、余程の事態にならない限り静観決め込むっていう」
皆の視線がエレノアに向く。彼女は逡巡し、リドリーがしびれを切らす直前で決心した。
「ロセスくん、通常の魔獣と敵性魔獣の違いは分かるかしら?」
「魔獣は本能的に魔法を使うことができる人間以外の動物を指します。習性などは一般の動物と変わりなく、適切に対処すればこちらに害を及ぼしません」
「ええ、そうね」
「後者は……敵性と頭につくからには、好んで人間を襲ってくる個体なのでしょうか?」
「半分正解、かな」
歯切れの悪いエレノアに代わって、リドリーが続ける。
「敵性魔獣ってのは自然に発生したものじゃなくてね。魔法紋様を刻んだ石を体に埋め込んで、人為的に凶暴化させた個体なんだわ」
「人為的だなんていったい誰が――、アッ!」
言いながら、ノエルは真相に気づいたのか目を見開いた。
絶句する彼にシャノンが同情の視線を送る。
「これまでに確認された敵性魔獣はどれもノアリズでは珍しい種で、クィン聖国に多く生息する動物なんですよねぇ」
彼女もこの話を聞いたときは同じような驚きと怒りを覚えた。
それにしても……、実験動物が大量に逃げ出したのか、意図的に差し向けているのか。後者だと仮定して、ロセスどころかノアリズでも見ない種を使うのは、その生息地域を把握していないからなのか。あるいは種類の違いを理解した上で挑発しているのか?
いくら考えたところで目的も理由も不明であり、どの想定も現実にありうるのがクィン聖国という国家だ。
「とんでもない馬鹿か、ろくでもない策士か。マジで分かんないんだよな、アイツら……」
過去の記録から紐解いても、時に賢く、時に愚かしく。馬鹿なときは天上天下唯我独尊――想像を絶する間抜けな理由で無謀な策を打つ。歴代の連邦代表をして「脳みそ死んでるんか?(意訳)」と、ことあるごとに言わしめてきた。
このように、真意にまったく見当がつかない国であるからして。上層部だけではなく末端の騎士どころか一般市民までもが、クィン聖国には「関わりたくない」と言って憚らないのである。




