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18「魔法使いの格」

 この日、ノエルは魔法科甲小隊による夜間の哨戒任務に同行していた。なぜそんなことになったかというと、決闘でサリバン相手に圧倒的な勝利を収めたノエルの手腕が魔法科の面々に知れ渡ったためである。加えて師事したのがイライアス・エスターとくれば、結果はまぐれなどではなく、確かな実力として評価された。その情報は魔法科部隊を統括する佐官の耳にも入り、第一分隊ひいては甲小隊のメンバーで力量を見極めるよう達しが出たのだ。


 ロセス領は南から北に向かって土地の標高が上がっていく特徴がある。カナルもロセス領都ほどではないものの、それなりに標高が高い山地の谷間に拓かれた都市だ。東から西へと流れ下る河川に沿って集落が形成されているのは以前に述べたが、その川は最終的に隣国クィン聖国内の湖へ流れ込む。


 さて、河川は一般的に上流ほど水の流れは細く、反対に下流では川幅が増し流量も増える性質がある。また下流では流れが蛇行しやすいため大水の際に周辺の地形を削り取り、大量の土砂が運ばれて平地を作り出す。水流はそうして途方もない時間をかけ、大地を抉り均して現在の地形を築いた。


 そこに住み着いて国を興し、境界を引いたのは人間の勝手だ。立地がどうのと文句を付けるのはまったくのお門違いである。しかし、ほかの地域は山の頂を境として峠の突破も難関なのに対して、カナルだけがなだらかな地続きで隣国の侵入が容易だ。


 なぜカナル(うち)ばかりが――地勢に対する恨み節は最西端の長城を築く原動力となった。人々は川に橋を架け水門を設置し、平らな野原が山岳へと変わる南北両端まで延々と城壁を張り巡らせた。並々ならぬ士気をつぎ込まれたその守りは二百年を経てもなお、堅固な姿を保っている。


 ノエルが連れ出されたのはそんな水門の上だった。シャノンとエレノアのほか、第二分隊のリドリー副隊長、第三分隊のエイデン隊長が彼の能力を見極めるべく目を光らせる。


 ノエルは壁から目を覗かせ、クィン国内の水門に視線を向けた。視点をずっと前方に持って行き、鮮明度と照度を調節して景色を露わにする。


「クィンの水門上には二人一組で巡回する兵士が五組あります。鋸壁(きょへき)の表面に焚いた松明の明かりを目くらましに、壁の各切れ込みから辺りを監視する者も潜んでいます。筒を覗いて望遠魔法を使っているようです」


「ロセスくんにはそこまで見えるのね」


 エレノアが感心を漏らす。


「巡回組ですが、一方は鎧を身にまとい弓や槍を所持。もう一方は白い装束で武装している様子ありません……っと、腕に紋様らしき入れ墨が見えましたので、魔法の使い手かと思われます」


「そんなとこまで見えてるの? すげーなキミ」


「その目は確かなようですね。資料室に押し込めておくのが実にもったいない」


 第二分隊副長リドリー、第三分隊長エイデンがノエルの望遠能力を高く評価した。彼女たちの証言は今後の異動申請に一役買うだろう。というか、既に今から魔法科部隊に寄越せと人事に脅しをかけたいくらいだった。前線に即時配置はできないにしても、これだけ詳細な偵察が可能なら指令部門で重宝されるはずだ。


 エイデンが興味深そうにノエルを眺める。


「望遠魔法の紋様もないのに、いったいどうやって見ているのか。不思議でならないのですが、何か特別な仕掛けでも?」


「魔法紋様はこの中に刻んであるんです」


 ノエルはピアスを指して言う。


「そういえば、ロセスくんには前に魔法の講義をお願いしたけれど、まだ叶ってないわね」


「シモン隊ばっかズルいぞー。うちらだって婿殿のことは気になってるのに」


「我々だけでロセス殿と絡む機会はほぼありませんからね。この機会を逃すと次はいつになることやら」


「つーわけで、婿先生。ここでお一つご講演をお願いできませんかね」


 リドリーとエイデンに代わる代わる催促され、ノエルは照れくさそうにしながら解説を始めた。


「簡単に言うと、この飾り石の内部にまず望遠魔法の基礎紋様を刻みまして、その上に鮮明度、照度、倍率、視点といった視界を調整するための紋様を重ねて刻印してあるんです」


「外からは見えないけれど、内部は層状に紋様が重なっているのかしら」


 エレノアがノエルの耳元に顔を寄せ、まじまじと見つめる。それをシャノンが引き離し、


「隊長」


「なぁに?」


「他人の夫にくっつきすぎです」


「あら。これは失礼したわね、ロセス夫人」


「ふ、夫人!? それいい響きなんですけど……!」


「はいはい。そしたら次のお話に進んでいきましょ」


 くねくねするシャノンをあしらってエレノアが先を促す。そこでノエルはいつも腰に下げている手帳を取り出した。ベルトの金具を外し、革張りの表紙を開いて一頁ずつめくって見せる。


「構造としては、これと同じです」


「一頁ごとだと、最初に書き付けられている属性別の基礎紋様しか意味が分からないな」


「ところどころ、条件や範囲を指定する紋様の断片らしきものがあるけど?」


「はい。これらの紋様ひとつずつで魔法は成立しません。最初の基礎紋様に各頁の紋様を累加していき、目的の魔法を作り上げるんです」


「どの頁にどの紋様が書いてあるか、作った本人なら覚えているのは理解できます。しかし狙った頁に魔力を充填するとなると……」


 エイデンは横から頁の厚みを見る。


「何と言えばいいか、必要な紋様の〈位置〉を間違えたりは?」


「そのあたりはもう感覚頼みです。ずっと幼い頃から慣れてきた方法なので」


 ノエルのやり方はあらかじめ多様な部品を用意しておいて、つど必要なものを選び取って望んだ紋様を完成させる。顕現できる魔法は変幻自在だが、自由度が高いだけに高度な魔力操作が要求される。


 言っておくが、これは誰にでもできることではない。その証拠に、エイデンは悔しさを噛み殺した顔で、どうにか声を絞り出してノエルに尋ねた。


「簡単に言ってくれますけど、これはだいぶ複雑な構造ですよ。ロセス殿は何級の資格をお持ちなんです?」


 簡単な火起こし、照明、重量の軽減など、日常生活に役立つ魔法であれば無資格の一般人でも使える。それら紋様は専門店で販売されており、用途や威力はあらかじめ定められ、改造はもちろん厳禁だ。違反した場合は罰金もしくは刑罰が課せられる。


 そして高度な魔法となると、紋様の所持からして資格が必要となる。対象となるのは新たな魔法や独自の紋様を開発する学者や業者のほか、当然ながら国防に就く魔法騎士も取得が必須である。


 むろん、ノエルも資格を持っている。


 地元の学校にも通えなかったのに、それが叶ったのはイライアスのおかげだ。教官の資格も持つ彼の教えは学校での講義と同様に扱われた。さらに直々の推薦状を書いてもらえたことで、ノエルは十五歳の時に国都の検定で魔法使いとして認められている。


「私が持っているのは準二級ノ二ですね」


「準二ノ二!? 資料室を管理してる事務官が? そんなことある??」


「宝の持ち腐れどころじゃありませんよ。サリバンがボロ負けするのも道理です……」

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