表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/36

15「デート(後)」

 街に戻って向かったのは書店だった。ノエルはシャノンの手を引いてずんずんと店内へ踏み込み、新刊コーナーの棚に面出しで陳列されている書籍の前に連れてきた。


 とたんにシャノンが目の色を変えた。


「これ! 魔総研がまとめた最新の魔法書ではありませんの!? エスター先生がそのうち出版できそうとおっしゃっていましたけれど、もう世に出ていたなんて。お値段もお手頃ですわ……!」


 装丁は地味だが中身は魔法研究の粋を集めた上級者向けの解説書である。内容からして書籍自体も豪奢に飾って然るべき一冊だったが、買ってもらえなければ本末転倒だ。そんなイライアスの一声によって、一般には廉価版が流通している。


 ノエルはシャノンの反応を満足そうに見上げ、「はわわ」と感嘆する彼女を引っ張って会計へ向かう。店員に声をかけ、丁寧に包装された大判の品物を受け取り、店の外に出た。後ろ髪引かれる思いで何度も例の本棚を振り返るシャノンをベンチに座らせ、店員から受け取ったものを差し出す。


「シャノンさん、どうか受け取ってください」


「へ? わ、わたくしに、ですか?」


「そうです」


 シャノンの興味を引くと分かっている書籍を前に、その反応をうかがって。しかしその場で買い求めるでもなく、あらかじめ注文していた品物を引き取って「プレゼント」とは。


「きっと喜んでくれるとは思ったのですが、やはり弱気になってしまい……。でも、本棚を前に目を輝かせる貴方を見て、自分の選択が間違っていなかったと自信を取り戻しました」


「ほっ、ほほう……?」


 否が応でも期待が高まる。


 シャノンは恐る恐る、包みを剥がした。


 そうして目に飛び込んできたのは三方背の外箱で、紺色の地に空押しの文字で装飾が施してあった。シンプルながら手の込んだ仕様で、中には上製本が収まっている。背表紙の題目が先ほど見た魔法総合研究所の最新魔法書と同一だったのだから、シャノンは外面を放り出して奇声を上げた。


「ンィ~~~~~ッッ!!!!!!」


 箱から引き出した本体の表紙には薄いプレートがはめ込んであり、シリアルナンバーが打刻されている。まさにプレミアそのもので、コレクター心をくすぐる出来映えだ。


 一般には価格を抑えた簡素なものを流通させ、権威ある豪華版は公的機関や名家の本棚に、というのが魔総研の方針だった。個人の注文も一定数に達すれば受注し、限られた数が刷られた。そのうちの一冊が今、シャノンの手にある。


「ど、どどどどうやってこれを、この短期間で手に入れたんですの!? もう受注期間はとっくに過ぎていたはずですわ」


「ダメもとでエスター先生にキャンセル分が残っていないかとお聞きしたら、運良く何冊か余剰があったそうで送ってくださったんです。それから……」


「それから?」


「手紙ではシャノンさんへのプレゼントだと伝えたもので」


 表紙を開くと、癖のある筆跡が斜めに走っていた。


『本書が貴殿らの糧となることを願って。イライアス・エスター』


「あ、わぁ……!!」


 シャノンは反射的に表紙を閉じ、手で顔を覆い隠してうなった。嬉しいあまりに語彙を失い、「あー」と「うー」しか声が出てこない。彼女の喜び様を見てノエルはそっと胸をなで下ろした。


 それでいてソワソワとしながらシャノンに言葉をかける。


「あの、プレゼントしておいて何ですが、あとで私にも少し読ませていただきたく……。構いませんか?」


「ぜんっぜん大丈夫オールオッケーですわ! エスター先生も〈貴殿ら〉とお書きになってますもの!」


「ありがとうございます」


「しかしこれはアレです。うっかりキリエ副隊長にバレぬよう気をつけるべきでしょうね。血の涙を流して首を絞めに迫ってきそうです」


「確かに。私がサムさんの立場だったらそうします」


「するかもとかではなく、しますのね……」


「はい。します」


 真顔で断言されたので、シャノンは本を箱に戻して紙に包み直した。このまま持ち歩くのも恐ろしい気がして、いったん家に帰って棚の中に隠してからデートコースへ戻った。


 といっても日は既に暮れかけており、残る予定はディナーのみであった。カナルにドレスコードを定める店はないため特別な演出を用意することはできなかったが、シャノンにとっては気取らない方がありがたかった。格式のある店であれば、食事をそっちのけで魔法談義に花を咲かせることもできなかったろう。


 一時間ほどのち、酒は二人ともやらないのに、どこか酔いが回ったようなふわふわした気持ちで店を出た。


 家へ帰る途中、ノエルがふらついたので、近場の公園で一息つく。


「日中に外出しただけでこれとは、体力がなくていけませんね」


「日焼けに気を使ったのもありますけれど、その遮光マントも結構な重さでしょう。丘を登って街をぐるりと回ったのですから、十分にやりきったと思いますわ」


「とても楽しくて、柄にもなくはしゃいでしまいました。シャノンさんはいかがでした?」


「わたくしも楽しませていただきました。実を言うと、カナルの街を真面目に観光したのはこれが初めてでしたのよ」


「非番の日はこれまでどう過ごされていたんです?」


 シャノンはしばし視線を泳がせ、口をすぼめて答える。


「お恥ずかしながら、宿舎でも今の家でもダラダラとしていました。夕方まで寝ていたり、寝間着から着替えるのも億劫なときもあって」


「騎士のお仕事は緊張が続きますから、神経が疲れていたんでしょう。今日も、あちこち連れ回してしまった影響がないといいのですが……」


「そこはご安心を。明日も休暇を取っております」


「さすが。自己管理が徹底してらっしゃる」


「これも騎士の務めですもの」


 同じタイミングで笑い出し、ノエルは実感を込めて思いをこぼす。


「ああ、本当に楽しかった。だからこそ謝罪の代わりではなく、純粋に二人で楽しむことを目的にこうして出かけたかったです」


「で、では……っ。次は理由もなくデ、デェトしたらよろしいのではなくて?」


「ええ、是非とも! 今回は私が計画しましたが、二人で一緒にあそこに行こう、ここに行こうと相談して決めましょう」


「それ、きっと行く前からもう楽しいやつですわ」


「自分は今から既に楽しみです」


「ふふっ! わたくしもです」


 二人はどちらからともなく、小指を絡ませ約束した。


 この日の全てに、シャノンがノエルに惹かれた理由が詰まっている。他者を貶めず、関わり理解する努力を惜しまず、不得手があっても克服しようと懸命に励む。他人を優先しがちだったり自分を過小評価する点は気がかりだが、それもきっと、これから時間をかけて解決していくだろう。自分を大切に思う気持ちが彼の中にあるのだから、絶対に。


 ――先日のこと。


 恋バナを強要された際、前述のアレコレを聞き出したエレノアはこう言った。


「彼、打てば響くものねぇ」


 その言葉に外野の皆がそれぞれ力強くうなずく。


 そうして皆は若い夫婦の甘酸っぱい話を満喫し、ホンワカと気分良く訓練に戻る……、はずだった。


「ははーん。世間知らずの年下彼氏を自分好みに仕上げていくのがたまらんわけか」


 下心を的確に突いたニーナがエレノアに頭をひっ叩かれたのは言うまでもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ