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12「人の心とは」

 ノエルは出会う人に片っ端からシャノンの行方を尋ね、今日は魔法科と装甲科で合同の訓練を行っているはずだと教えてもらった。遮光マントのフードが脱げるのもかまわず運動場へと走る。


 シャノンの姿はすぐに見つかった。陽光に輝く暖かな赤毛は遠くからでもよく目立つ。訓練は休憩の最中らしく、各々が腰を下ろして水分を補給したり、汗を拭ったりしていた。


 ノエルは息を切らせて駆け寄り、シャノンに声をかける。


「シャノンさん!」


「……おや?」


 肩をビクリと揺らして一拍、間を置いてからシャノンが振り返る。


「どうなさいました? ノエルさん」


「昨日はすみませんでした!」


「え?」


「まさに私の悪癖が大爆発して、貴方の心遣いを足蹴にしてしまいました。誠に申し訳ありません……!」


「いや、そんな。顔を上げてください」


 シャノンは決まりが悪そうだった。彼女とて、ノエルに悪気があってあんな返答をしたわけでないことは分かっている。だからこそ、コミュニケーションを放棄してその場を立ち去り、何となく顔が合わせづらいからと朝の挨拶もなく家を出た自分が後ろめたかった。


 二人でしょんぼり俯いていると、エレノアが取りなしにやってきた。


「貴方たち、どうしたの?」


「……何でもないです。大したことでは」


「いいえ、大したことです」


「ふむ。何かこじれてるみたいね」


 ごまかそうとしたシャノンをノエルが遮ったので、エレノアは彼を向いて事情を聞き出した。しぶしぶ口を開いたシャノンの言い分も聞き、彼女ははっきりすっぱりと裁定を下す。


「それはロセスくんが悪いわ」


「そうなんです!」


 ノエルはいつになく強い口調で自戒した。


「私は自分が感じたことしか分からないと言うか、違和感を覚えてもじっくり考えてみないと気がつかなくて。まったくもって共感力に欠ける……お恥ずかしい限りです」


「そうは言いますが、ノエルさんの生い立ちを考えれば仕方のないことでは? そこまで気負わずとも……」


「私はそれを言い訳にしたくありません」


「ロセスくんのそういうところ、私は偉いと思うけれど」


「ええ。自己を省みることができるだけで貴方は十分誠実なのです。そもそも、先に対話を打ち切ったのは私ですし」


「ですが……」


 ノエルは気持ちが収まらない。


 そこでエレノアがキュピーンと何かひらめいたように眉を上げ、咳払いをしてノエルに向き直った。


「静粛に。裁判官として被告人ノエル・ロセスに判決を言い渡します」


「つ、謹んでお受けします……」


「うちのでっかい妹分を傷つけた罪は重いわ。償いとしてロセスくんはシャノンとデートしなさい」


「は……?」


 シャノンが目と口をまん丸にした。


 ノエルもきょとんとしている。


「カナルは観光地じゃないからあまりいい雰囲気になるところはないけど、貴方がエスコートしてあちこちを散歩するの。夕方にさしかかるならディナーに誘うのもいいわね。一切合切、心の中を打ち明けて、何か行けそうだったらちゅーしてもいいわ」


「ちゅ、ちゅーとかばばばば馬鹿馬鹿! 隊長の恋愛脳もいい加減にして下さい!!」


「馬鹿とは何よ敬愛すべき人生の先輩に向かって。せっかく貴方たちの仲を応援してあげようってのに」


 周囲で「そうだそうだー」と声援なのか野次なのか分からない声が上がる。


 エレノアをはじめ騎兵署のたいていは、シャノンの結婚が「女色」との噂を払拭するための契約であると知っている。それだから、ノエルとシャノンのやりとりが夫婦にしては淡泊だと突っ込む者はいない。


 他方、皆はシャノンがノエルにベタ惚れであることも知っていた。


 シャノンはカナルに来てまだ二年だが、領家の権威を笠に着ることもなく、快活な人柄で実力も申し分ないため同僚からよく親しまれている。ノエルにしても真面目な青年である。ならば周囲の方が二人の仲を取り持つべくお節介を焼きそうなものだが、そこはシャノンが先手を打っていた。当事者の彼女から口出し無用と丁寧に頼み込まれては、どんなにもどかしくとも外野は二人を見守るしかなかった。


 そんな可愛い妹分のお願いを堂々と蹴り飛ばしたエレノアには、皆が拳を握って内心「グッジョブ」と歓喜していた。


 シャノンがエレノアに抗議する一方で、ノエルは下された審判を自分なりに噛み砕き、眼光を強くしてエレノアに承諾の意を伝えた。


「分かりました、シモン隊長。そのくらいの心がけで挑めということですね!」


「ええそうよ。夫婦なんだから。はい復唱」


「夫婦なんだから!」


「噂なんてブッ飛ばせ!」


「噂なんてブッ飛ばせ!」


「サリバンあのクソアマぜってーザマァしてやる!」


「サリバンあのクソア」


「そこまで!」


 続く言葉をシャノンが遮る。


「隊長、ノエルさんに汚い言葉を言わせないで下さい」


「何よぅ。貴方だって普段から毒づいてるじゃない」


「私はいいんです」


「でもロセスくんはダメ?」


「ダーメ!!」


「過保護すぎ。その調子じゃ今度は箱入り婿殿って言われるわよ」


「できるならそうしたいですが?」


「……想像を絶する一方通行なのよねぇ、貴方」


 エレノアは肺の空気をすべて吐き出すようにため息をついた。そして表情を取り繕い、ノエルに振り返る。


「何はともあれ、乗り気のロセスくんにはあとで散策スポットを教えてあげるわ。きちんと下調べをして計画を立てるのよ。テキトーにエスコートしたらこんがり焼き上げるから」


「心得ました! よろしくお願いします」


「はいはーい、っと」


 エレノアが軽く手を上げて持ち場へ戻った。様子を注視していた隊員たちは声を出さず、身振り手振りだけで彼女に静かな喝采を送った。周囲の思惑を知らないノエルはその背中を見送り、「さすがはシモン隊長。皆さんから慕われてるんだなぁ」。昨日の今日で鈍感が改善するはずもなかった。


 彼は隣に立ち尽くすシャノンを上目に見て、小さく笑った。


「私もシモン隊長のように、シャノンさんと軽口を叩けるようになりたいです」


「……ならばあの人は参考にせぬようお願いします」


 シャノンはじっとりと湿り気を帯びた目でお節介な美女を睨みつけた。その視線すら、親しい間柄に許される「特別」のようで、ノエルはうらやましく感じて目を細める。


「デートですが、シャノンさんに楽しんでいただけるよう頑張りますね」


「デッ!?」


 思いのほか大きな声が出てしまい、シャノンは叩くも同然に手で口をふさいだ。その後、顔を赤らめながらごにょごにょと言う。


「わたくしは……できれば貴方にも楽しんでもらいたいですわ」


「嗚呼! おっしゃるとおりです。少し時間をいただくことになりますが、二人で一緒に楽しめるものにしてみせますので、期待していて下さい」


 フードの陰から縹色の瞳が見上げてくる。目が合うと彼はパッと微笑み、シャノンは胸を押さえて息を詰まらせた。


 ノエルは一人、「よしっ」とつぶやいて自分を奮い立たせ、資料室へと戻っていった。彼の姿が見えなくなると、休憩もそぞろだった外野がシャノンを囲んだ。


 ニーナがひときわニヤニヤと近づいてくる。


「おうおう、シャノンちゃんよぉ。当日はちゃんと生きて帰って来るんだぞ」


「もう今から怖いです」


 楽しみが半分、心配が半分。赤くなるやら青くなるやらで忙しいシャノンに、ニーナは以前からの疑問を口にする。


「つーかさ、ぶっちゃけシャノンは婿殿のどこに惚れてんの?」


「ほぉあ!? ほ、ほほほ惚れ――!?」


「それ俺も聞いてみたかった」


「私も。気になる……」


 サムエルとナタリヤまでもがニーナに同調すれば、その他大勢の野次馬もやいのやいのと恋バナを催促した。女色との噂を利用するほど男が苦手だったシャノンが、どうしてノエルに心を許したのか。


「いやあの、皆さん……訓練に戻りましょうよ」


「貴方から話を聞いたら再開するわ」


「隊長まで!?」


「そうよぉ。ほら、私ってば恋愛脳だからぁ~」


「それ根に持ちます!?」


 エレノアからの圧が半端ではない。追いつめられたシャノンは詳細を白状するしかなかった。

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