満月の前日に
メイドたちに引きずられ、部屋に押し込まれたと同時に、カチャリと鍵がかけられた音がした。
静寂が、遅れて落ちてくる。
フェリアは扉の前に立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。
呼吸をするたび、胸の奥がきゅっと痛む。
「……やっぱり、閉じ込められたんだ」
小さく呟いた声は、すぐに天井裏の梁に吸い込まれて消えた。
フェリアはよろけ、床に膝をついた。
扉の向こうでは、足音が遠ざかっていく。
完全に、閉じ込められた。
窓は小さく、高く、外に出るには到底足りない。
部屋にあるのは簡素なベッドと机、それだけだった。
「……やっぱり、そうなるよね」
小さく呟いた声は、誰にも届かない。
頭では分かっていた。
自分が“釣り合わない存在”だと、この家の誰もが思っていることも。
窓は高く、細い。
外の光は差し込むが、逃げ道にはならない。
ここは“閉じ込めるための部屋”なのだと、改めて突きつけられる。
修道院。
世俗から切り離され、名前も過去も薄れていく場所。
(……行かされる前に、満月が来るかな)
フェリアは、胸元に手を当てた。
あの手紙はもう、ここにはない。
けれど、読んだ言葉だけは、確かに残っていた。
『あなたを二度と一人にしない』
そんなこと、信じていいはずがないのに。
それでも、心の奥で小さな火が消えずにいる。
まだ温もりが残っている気がした。
あの手紙を読んだときに灯った、小さな希望。
(……行きたかったな。光の庭園)
約束の満月まで、あと四日。
その夜を迎える前に、自分はこの屋敷から消されるのだろうか。
不安が胸を、扉の鍵みたいに、きつく締め付けた。
満月の前日の夜。
屋敷の裏手、使用人専用の通路を、老執事は誰にも見つからぬよう歩いていた。
長年仕えてきたこの屋敷で、彼が“主家に逆らう”決断をしたのは、これが初めてだった。
手に握られているのは、封も紋章もない、ただの小さな書状。
「……このままでは、あのお嬢様は壊れてしまう」
彼は迷っていた。
これは、明確な越権行為だ。
だが――
脳裏に浮かんだのは、屋敷の廊下で黙々と掃除をしていた少女の姿。
どれだけ理不尽を受けても、誰も恨まなかった、その背中。
誰も気づかない屋根裏で、耐えることしか許されなかった少女。
救いの手が、ようやく伸びたというのに、それを叩き落とす家。
「……お許しください」
老執事は震える手で、短い書状を握りしめた。
余計な感情は書かない。ただ事実だけ。
――光の一族、フェリア嬢が、屋敷内に幽閉された。
――修道院送りが検討されている。
――本人の意思は、確認されていない。
それだけで、十分だと分かっていた。
そして数刻後。
闇の一族の屋敷で、その書状を読んだ男は、静かに立ち上がった。
「……幽閉、か」
低く落とされた声には、激しい怒りはない。
だが、室内の空気がわずかに沈んだ。
それは、貴族社会では決して珍しい処置ではなかった。
家の名誉を守るため、
“ふさわしくない”存在を表舞台から遠ざける。
等級を重んじる一族であれば、なおさらだ。
「彼らなりに、正しい選択だと思っているのだろうな」
誰かを傷つけるつもりはなくとも、
結果として、心を閉ざすことになる選択。
それを“必要なこと”として受け入れてしまう。
それが、貴族という生き方だ。
ラヴィエルは、目を伏せた。
脳裏に浮かぶのは、舞踏会で見た少女の姿。
居場所のなさを抱えながらも、
誰も責めず、ただ静かに立っていた背中。
自分の価値を疑いながらも、
それでも他人に光を差し出した、あの手。
「……彼女を、修道院に送るつもりか」
それは非難ではなく、確認に近い呟きだった。
修道院。
そこで彼女が祈る姿を、ラヴィエルは一瞬だけ想像した。
――そして、その可能性を思考から切り捨てた。
そんな未来は、存在しない。いや、存在してはいけない。
フェリアは、罰を受けるようなことは何一つしていない。
ただ、“選ばれただけ”だ。
ラヴィエルは外套に手を伸ばした。
動きは落ち着いている。
だが、迷いはなかった。
「正式な手順は、後でいい」
配下が息を呑む。
「彼女の意思が置き去りにされたまま進む話を、私は認めない」
足元に、闇が静かに広がる。
威圧ではなく、決意の気配。
「夜、迎えに行く」
それは宣言というより、
すでに決まっていた事実を言葉にしただけだった。
ラヴィエルは理解している。
これは救済ではない。
正義の裁きでもない。
ただ――
彼女が“選ぶ必要がない場所”に戻すだけだ。
満月は、もう遠くない。
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