釣り合わない光
――フェリアへ
今日は、あなたと話す時間をいただけたことに感謝しています。
舞踏会という場で、あなたがどれほど居心地の悪い思いをしていたのか。
それでも礼を失わず、誰も責めず、ただ静かに耐えていた姿が、
私の目から離れませんでした。
あなたが差し出してくれた、あの小さな光。
量ではなく、温度を持った光でした。
私はあれを、弱いなどとは思いません。
むしろ――忘れていた何かを、確かに思い出させられました。
次の満月の夜、もし光の庭園でお会いできたらと思います。
強制ではありません。
あなた自身の意思で来てください。
もし来なかったとしても、私はあなたを責めません。
ですが――
来てくれたなら、私はあなたを二度と一人にしないと誓います。
ラヴィエル・ノクスプリマスタ・レイヴンドーン
追伸
ハンカチは、返さなくて結構です。
あれは、あなたの涙を受け止めたものですから。
フェリアの頬に、涙が伝った。
やっと誰かが自分を受け入れたことが嬉しかった。もしこれが夢ならばずっと冷めたくなかった。
でも、本当にいいだろうか。相手は次期ヴェリスだ。自分なんて、ラステルなのに、何もできない。手のひらいっぱいの光を出すので精一杯なのに……
ううん、一回だけ、一回だけ信じてみよう。
もしかしたら、想像していた感じとは違うかもしれない。
だけど、彼はきっとこれまで自分を蔑んできた人とは違う。
なら、もう彼を信じない理由なんてない。
次の満月まであと五日。
その日までにこの手紙を誰にも見つけられないようにしなくては。
次の朝、ようやく部屋から出れたフェリアはいつも通り屋敷の掃除をしていた。ラヴィエルからもらった希望の手紙は万が一のため、ヘッドの下、奥深くまで隠してある。まあ、誰も好き好んで自分の部屋に入ると思わないけど、念の為だ。
だけど、運が悪かった。
普段、メイドですら入らないフェリアの部屋にアメリオラが入ってきたらしい。ベッドの下に隠してあった手紙は見つかってしまった。
アメリオらは手紙を読んで、激怒し、手紙を両親に見せたのだ。
そして今、フェリアは父親の執務室にいる。父親の周りにアメリオラが泣いていて、義母が慰めている。
しかし、フェリアはまだアメリオラが手紙を読んだことに気づいていない。
「自分がなぜ、呼び出されたのかわからないか」
父親の低い声が、重く執務室に落ちた。
フェリアは一瞬、身を固めた。呼び出された理由に、心当たりはある。だけど、言うわけにはいかない。
「……申し訳ございません。心当たりが、ございません」
その瞬間、アメリオラが一歩前に出た。
泣き腫らした目の奥に、はっきりとした怒りが宿っている。
「分からない? 本当に?」
机の上に、音を立てて置かれた一通の手紙。
黒い封蝋。闇の一族の紋章。
フェリアの喉が、ひくりと鳴った。
「これは、次期ヴェリス――ラヴィエル様からの正式な書状よ」
アメリオラは、唇を噛みしめながら続けた。
「問題なのは、誰に宛てられているか」
父が、重く口を開く。
「次期ヴェリスに釣り合う相手とは何か。それは、家格・血統・能力等級――すべてにおいて均衡が取れていなければならない」
フェリアは、嫌な予感を胸に抱いたまま、黙って聞いていた。
「アメリオラは、正統な光の一族。等級も高く、社交の教育も受けている。誰が見ても、釣り合いの取れた相手だ」
義母が、感情のこもらない声で言葉を継ぐ。
「それに比べて……お前はラステル。等級も低く、公式の場に立つ資格もない」
アメリオラが、はっきりと言い切った。
「つまりね、フェリア。あんたが選ばれるのは、おかしいの」
その言葉は、刃物のように胸に突き刺さった。
「ラヴィエル様が、お前を気にかけたのは事実でしょう。でもそれは一時の気まぐれ。“釣り合わない”相手を、正式に選ぶはずがない」
父は、机を指で軽く叩いた。
「このままでは、我が家が笑い者になる。闇の一族に対しても、不敬だ」
「……だから?」
フェリアの声は、かすれていた。
「だから、事態が落ち着くまで、お前を表に出さない」
父は、視線を逸らさずに言った。
「満月の日までは、屋敷から出ることを禁ずる。外部との接触も一切許さない」
「ま、待ってください……!」
思わず声が出た。
初めて、フェリアは父親の言葉に逆らった。
「うるさいっ、私が決めたことに異議があるのか!」
「っ……!」
義母が、追い打ちをかける。
「その後は、修道院に身を置いてもらう予定よ。世俗から離れ、静かに反省する場所としては、悪くないでしょう?」
アメリオラが、ゆっくりと息を吐いた。
「安心して。あなたが消えれば、すべては“正しい位置”に戻るわ」
フェリアは俯いた。
確かに、自分は釣り合わない。
誰もがそう言う。
それでも――
胸の奥に灯った、小さな温もりだけは、消えなかった。
(……それでも、行く)
あの人が「意思で来てほしい」と言ったから。
たとえ世界中が“不適切”だと言っても。
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