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セラフィア

 朝食を終えたあと、フェリアはしばらく部屋で過ごしていた。


 何かをするように言われたわけでもない。

 誰かが様子を見に来る気配もない。


 落ち着かない、というほどではないけれど――

 手持ち無沙汰、という言葉が一番近かった。


(……何か、していいのかな)


 部屋を出るのは、まだ少し勇気がいる。

 けれど、昨夜のことを思い出すと、「出てはいけない」とも言われていない。


 少し考えてから、フェリアは部屋の中に控えていたメイドに聞いた。そしたらこの屋敷の中ならどこにでも行けると答えられた。


 フェリアはメイドを連れて廊下に出た。

 静かな屋敷だった。

 朝の光が差し込む長い廊下は、音を吸い込むように静まり返っている。


 しばらく歩いていると、扉の一つが目に留まった。

 重厚で、けれど威圧感のない造りの扉がフェリアを惹きつけた。


 扉の脇には、小さな札が掛かっている。


「……図書室」


 思わず、声に出していた。


 ノックをするべきか一瞬迷ったが、中から物音はしない。

 そっと扉を開けると、微かに紙とインクの匂いがした。

 メイドには外で待ってもらうようにした。


 中は広かった。

 天井まで届く書架が並び、どれも丁寧に手入れされている。


(……すごい)

 光の一族の屋敷にも書庫はあった。

 けれど、こんなふうに“使われている場所”ではなかった。


 フェリアは、恐る恐る棚に近づいた。

 背表紙には、古い文字で家門の名や年代が記されている。


 ――闇の一族史

 ――血統と覚醒の記録

 ――星位と能力の変遷


 気づけば、一冊を手に取っていた。


 椅子に座り、ページをめくる。


 そこに書かれていたのは、各一族における「覚醒者」の存在だった。


 例えば闇の一族には“特等闇(ノクティア)”と呼ばれる者が現れること。

 水の一族には“特等水(マリシア)”。

 炎の一族には“特等炎(フレアリア)”。


 そして――


 光の一族。


 ページを追う指が、わずかに止まった。


『光の一族において、特別に覚醒する存在は「特等星(セラフィア)」と呼ばれる』


 胸の奥が、微かにざわついた。


『特等星は、家門の血統の中でも極めて稀に現れる星位序列を超越した存在であり――』


 フェリアは、続きを読む。


『幼少期においては、力は著しく制限される。手のひらに収まるほどの光しか顕現しない場合が多い』


 ――それ。


 思わず、息を止めた。


 幼いころ。

 どれだけ集中しても、出せる光は小さくて。

 教師たちは決まって言った。


「血が薄いのだろう」

「才能はない」


『これは、血統の力が未熟であるためではない。成長過程で覚醒を待つための抑制が、意図的に働いている』


 ページを持つ手が、わずかに震えた。


『抑制が解除された際、特等星は一等星(プリマスタ)以上の力を示す』


 そこから先は、淡々と能力が列挙されていた。


 光による攻撃。

 防御。

 浄化。

 治癒。


 どれも、制限なく操ることができる、と。


『特等星は、天恵の光を発現する。それは本人の意思と感情に強く呼応し、覚醒時には、家族や周囲の光の序列を凌駕する』


 フェリアは、本を閉じた。


 胸が、少し苦しい。


(……そんなの……)


 自分とは、あまりにもかけ離れている。

 そう思おうとしたのに。


 小さな光しか出せなかったこと。

 期待もされなかったこと。


 フェリアは、しばらくその場から動けなかった。


 自分とはあまりにも似ている。

 もしかすると、と期待を抱いたことは否定できない。


 でも、自分は所詮ただの出来損ないだ。

 ただ運悪くラステルに生まれただけかもしれない。

 だけど、もし自分が特等星なら、助けてくれたラヴィエルに対する恩返しになることができるのだろうか。


 フェリアは閉じた本を、そっと棚に戻した。

 図書室を出る前に一度だけ振り返った。


 ここには、知らなかったことがある。

 否定されなかった記録がある。

 もしかしたら、という希望も、まだ抱いてもいいのかもしれない。


 それだけで、胸の奥に、小さな灯が残った。



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