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守られる、ということ

 案内された食堂は思ってたより広く、いかにも本家という感じだった。

 天井は高く、シャンデリアがキラキラと食堂を照らしていた。

 長い卓が一本置かれていて、上座には四十代くらいの男性がすでに座っていた。


 フェリアはその男性を見た瞬間、それが誰かわかった。


「光の一族、フェリア・ラステル・ルーミンハート。闇の一族のヴェリス、アルヴァイン・ノクスプリマスタ・レイヴンドーンにご挨拶を申し上げます。夜の理に導かれ、本日こうしてお目にかかれたことに、感謝いたします」


 フェリアはできるだけきれいに見えるように、拙いながらもカーテシーをした。


「ここは正式な場ではないから、そうかしこまらなくて良い」


 そう答えた男性は、闇の一族のヴェリスだった。フェリアは直接挨拶したことはないが、パーティーなどで遠くから見たことならあった。


「そ、そうはいきません……」


「私は堅苦しいの苦手でな」


「で、ですが……」


 首を縦に振らないフェリアにラヴィエルは言った。


「フェリア、父上もそう言っていますから」


「わ、わかりました」


 ラヴィエルはフェリアに近づいて言った。


「で、ではそうします……」


 そして、フェリアはラヴィエルの隣の席に座った。

 食事が始まり、メイドたちが無駄一つない動きでグラスに飲み物を入れたり、プレートを置いたりした。

 料理はどれも美味しく、フェリアは久しぶりのちゃんとした食事に目を輝かせた。


 食事が終わり、三人は食後の紅茶を飲んでいた。

 アルヴァインは人払いをし、咳払いをした。


「フェリア嬢の家族だが、王家から罰されてな。あまりいい話ではないが聞くか?」


 フェリアは一瞬ためらい、そしてアルヴァインを見た。


「……一応家族ですから、聞きます」


 アルヴァインはフェリアを傷つけないように、慎重に言葉を選んだ。


「いくら家族でも、子供への虐待は法律で禁じられている。」


 アルヴァインの声は低く、静かだった。

 断罪というより、事実を告げるための声音。


「あの屋敷で行われていたことは、王家の監査で確認された。証言も、記録も、揃っている」


 フェリアは、カップを持つ手に力が入るのを感じた。

 紅茶の表面が、わずかに揺れる。


「……そう、ですか」


 それだけしか言えなかった。


 驚きは、なかった。

 悲しい、という気持ちも、不思議と湧かなかった。


 ただ――

 ああ、やっぱり、という感覚だけが胸に残った。


「君に直接、責任が及ぶことはない」


 アルヴァインは、すぐにそう付け加えた。


「君は被害者だ。王家も、その点は明確にしている。家名は事実上失われ、資産も没収された。今後、君に干渉する権利は、彼らにはない」


 フェリアは視線を落とした。


 あの屋敷。

 閉ざされた部屋。

 名前を呼ばれなかった日々。


 それらが、「違法だった」と言われても、どこか現実味がない。


「……そう、なんですね」


 言葉は静かだった。


「ただ、アメリオラ嬢は彼女の能力が買われて、今後は光の一族の騎士団に入れられている」


 アルヴァインは、フェリアの反応をじっと見ていた。


「無理に、何かを感じなくていい」


 そう言ってから、少しだけ言葉を選ぶ間を置いた。


「怒らなくてもいいし、悲しまなくてもいい。君がどう思うかは、君の自由だ」


 フェリアは、ゆっくりと顔を上げた。


「……はい」


 隣に座るラヴィエルは、何も言わなかった。

 ただ、フェリアがカップを持つ手を落ち着かせるまで、黙って待っていた。


「君がこの屋敷にいることについてだが」


 アルヴァインは、話題を変えた。


「王家には、すでに報告してある。保護という形だ。闇の一族が責任を持つ」


 フェリアは、思わずラヴィエルを見た。

 彼は、静かにうなずく。


「フェリアが望むなら、正式に我が一族の庇護下に置く」


 アルヴァインは、淡々と言った。


「だが、これは“決定事項”ではない。君の意思を尊重する」


 フェリアは、少し考えた。


 ここに来てから、何度もそう言われている。

 ――選んでいい。

 ――決めていい。


 それが、まだ少し、怖い。


「……すぐには、答えられません」


 正直な言葉だった。

 アルヴァインは、それを否定しなかった。


「それでいい。急ぐ話ではない」


 そう言ってから、ふっと表情を緩めた。


「ラヴィエルは、昔からせっかちだがな」


「父上」


 ラヴィエルが、わずかに咎めるように言った。


「冗談だ」


 アルヴァインは小さく笑った。

 

 フェリアは、そのやり取りを見て、胸の奥が少しだけ緩むのを感じた。


 怖い人だと思っていた。

 闇の一族の長。

 厳しく、冷たい存在だと。


 でも、今は――

 少なくとも、敵ではない。


「……ありがとうございます」


 フェリアは、そう言った。

 今度は、さっきよりも、言葉が自然に出た。


「礼は不要だ。これは、義務だ」


 そして、少しだけ声を低くする。


「君は、もう一人ではない。それだけは、覚えておくといい」


 フェリアは、その言葉を胸の中で反芻した。


 一人ではない。


 まだ、よく分からない。

 でも――

 拒まれる言葉ではなかった。


 食堂を出る頃には、夜がすっかり深まっていた。

 廊下の灯りは柔らかく、影は静かだ。

 部屋へ戻る途中、ラヴィエルが足を止める。


「……無理は、しないでください」


 振り返らずに言った。


「今日は、よく耐えました」


 フェリアは、少し驚いてから、小さく答えた。


「……耐えた、つもりは……」


「ええ」


 ラヴィエルは、静かに肯定した。


「だからこそです」


 それ以上、言葉は続かなかった。


 部屋の前で別れ、扉を閉めた。

 フェリアは、ベッドに腰を下ろし、そっと息を吐いた。


 外では、夜が静かに流れている。


 ここは、まだ仮の場所かもしれない。

 でも――

 少なくとも今は、追い出される心配のない場所だった。


 フェリアは、ゆっくりと横になり、目を閉じた。


 初めて、いい夢を見る夜になるかもしれない。

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