表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

「画面が先に語るとき」

朝は急がなかった。

ブラインドの隙間から光がこぼれ、

床とキーボードの上に細い線を落とす。

そこにはまだ昨夜の指の跡が残っていた。


時計は10時43分を指していた。

エイリドはゆっくりと目を開け、息を吸った。

少しこもった空気の中に、

コーヒーと冷めきらない夜の街の匂いが混じっている。


白い髪は乱れ、Tシャツはしわだらけ。

青い瞳は少し疲れていたが、穏やかだった。


彼は湯を沸かした。

ポットが低く唸り、

立ちのぼる湯気はまるでまだ眠っているようにゆるやかだった。

カップの中でコーヒーが溶け、

スプーンが小さく鳴った——その音がなぜか心地よかった。


テーブルには昨日のラーメンの皿。

冷めてはいたが、まだ食べられた。

窓の外ではもう街が動いている。

誰かが急ぎ、誰かがゆっくりと仕事へ向かう。


食後、彼はテーブルを拭き、食器を洗い流した。

棚には古い心理学と観察記の本が数冊並んでいる。

勉強のためではなく、ただ興味で買った本。

隣には薄いノート。

昨夜の記憶のように短いメモが並んでいた。


頭の中ではまだサオリの声が響いていた。

「もし明日、時間があったら。話したいことがあるの。」

彼は微笑んだ。

「時間はいつだってある。ただ、人は別のものに使ってるだけだ。」


窓を開けると、新しい空気が流れ込んだ。

濡れたアスファルトが光を返し、街が少しきれいに見えた。

ポットが冷める間、エイリドはほうきを取り、床を掃いた。

昨日の小さな誤りのように、ほこりが消えていく。

手を洗い、イヤホンをつける。


流れるのは静かなLo-fi。

彼はパソコンの前に座った。

モニターが白く光り、デスクトップが開く。

フォルダ名は「試合」「分析」「観察」。

指が自然にキーボードへ——まるで帰ってきたみたいに。


タブにはすでに大会サイト「FARA-NET」。

かつてのHLTVのように、世界のチームがランキングされている。

トップ300、分析、ピック、ドラフト。

彼の目はリストの行を滑り、

他人が見落とす細部を拾っていく。


保存してある試合ID。


Runa Blue vs Apex Core — 2:1、Runaのサポートのタイミングがずれた。

Zenith Edge vs Odin Line — 0:2、ドラフトミスとキャプテンの焦り。

Crysta vs Runa Blue — 1:1、均衡したシリーズ、終盤でマップコントロール喪失。


ノートの一行一行が生きている。

彼はゲームを見ながら、人間を見ていた。

呼吸、動き、リズムの途切れる瞬間。


モニターが通知で光った。


WorkLink.Pro:

エイリドさん、前回の勤務報告が承認されました。

Crysta社より次回イベントへの参加要請が届いています。


彼は瞬きをし、もう一度読んだ。

「へえ……ガルデローブの方が履歴書よりコネを作るとはな。」


スマホが震えた。


Eirid > Saori: 君の仕業?

**Saori > ** まぁ、ちょっとは押してあげないとね ;)


彼は笑った。

「押す、ね。さて、どっちがどっちを動かすか。」


冷めたコーヒー。

窓の外では街が新しい一日を始めていた。

モニターにはグラフと顔。

一人一人のプレイヤーが、新しい章のように見えた。

エイリドは初めて感じた。

これは仕事じゃなく、意味を読むための行為だと。


モニターが再び点滅する。


WorkLink.Pro:

Crysta Group提携勤務に割り当てられました。

シフト有効期間:2週間。


画面をクリック。


CrossLight Theatre — 夜勤 × 週3回。

Media Hall CRYSTA — テクニカル補助 × 週2回。


「なるほど、ガルデローブがフランチャイズ化か。」

心は落ち着いているのに、指先だけが微かに震えた。


彼は立ち上がり、伸びをしてシャツを脱いだ。

鏡の中には淡い肌、濡れた髪、手首の跡。

白い髪が光を拾い、青い瞳が少し明るく映る。

「同じ顔なのに、俳優が変わった気分だな。」


シャワーを浴びる。

熱い水が夜と疲れを流していく。

ミントの香りが微かに漂い、朝が彼に少しだけ猶予をくれる。

目を閉じると、サオリの声がよみがえる。

「あなたって変わってる……でも、忘れられない。」

彼は微笑み、

「俺も、多分ね。」と呟いた。


シャワーの後、ゆっくりと体を拭き、黒いパンツと灰色のシャツを着た。

再び湯を沸かし、パソコンを開く。

画面は同じFARA-NET。

更新された試合結果をクリック。


Crysta vs Zenith Edge — 1:2。

「リズム外したな。」

ノートに書き込む。

“Crystaキャプテン、コール前に瞬き多し。

カメラ光で自信変動。”


彼の指はもう迷わなかった。

少しして、即席スープを作り、ソファに腰を下ろす。

スマホが肘掛けで震えた。


**Saori > ** 今日、働く?

**Eirid > ** ああ。同じ劇場みたいだ。

**Saori > ** みたいじゃないよ、確定。スケジュール見たもん ;)


彼は小さく笑い、フォークを置いた。

「やっぱり、押してくるな。」


夕方


窓に金の光が滑り、街が柔らかく染まる。

袖を留め、WorkLinkのバッジを確認し、ノートをポケットへ。

外では雲がまた集まり始め、傘を手に取る。

ドアが閉まり、後ろにコーヒーと清潔な空気の匂いを残した。


「Crystaの勤務……同じ芝居でも新しい幕ってことか。」


通りへ出る。

濡れた舗道が灯りを映し、

遠くの窓にはもうネオンが灯っていた。

時刻は18時02分。

あと二十分で開演。


風が髪を揺らし、屋上に新しい看板が光った。

“CRYSTA Media Hall — Tonight Event”。

彼は微笑んだ。

「さて、今日の演目は誰だ?」


そして光の中へ歩き出す。

街が再び彼のために幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ