小さな一歩。大きな希望。
少し長め。
命がけの生存競争に勝った後。
狼の素材を使用して、クラフトを行うことにした。
そのためにも解体を行わなければいけないわけだが、
ここで新たに習得したスキルが役に立った。
新たなスキルは《狩り》。
おそらく仮に関する技能が備わるようになったのだと思う。
その証拠に狼の死体を目の前にして、
どこにどう刃を通せば、素材として活用できるかが感覚で理解できる。
まあ、ご都合展開ではあるが自分の身に起きると不思議と受け入れられる。
というかこれくらいの超常現象がなければさすがに生きていけない。
さっそく解体を行おうと思ったが、
今持っている道具では叩き折るか(石斧)、刺し貫く(折れた槍先)ぐらいしかできない。
そのため、まずは狼の牙を素材としてナイフを作ることにした。
石斧で牙を叩き折り、落ちてる枝と組み合わせることでナイフをクラフト。
そのナイフで解体を進める。
少し今さらだが、素材が同じでも作りたい物をイメージすることである程度の自由が利く。
例えば森に入ってから石と木で石斧を作ったが、刃物を想像すると包丁やナイフになるし、
ハンマーを想像すると槌になったりする。
…何というか、このスキルをつくったやつの性格が出てるな。
まぁ、使う分には便利だし、深く考えてもしょうがない。
そんなこんなで時間はかかったが狼の皮と肉、牙などに解体できた。
現状では最上の素材達を前に少し高揚する。
しかし、
「ぐぅ〜〜……」
と情けない音が鳴った。
先ほどの戦闘から立ち直り、生きるための欲求が湧いてくる。
「……とりあえず、食うか…」
さすがに生でいくほどのワイルドさはないので、
火をおこす方法について考える。
自然に存在する材料で作れそうなのは、弓切り式の火起こし器だろうか。
最後に見たのはサバイバル系の動画だが、木材と蔓があれば行けるだろうか…?
幸い森には木材はそこらにあるし、木には細い蔦が這っている。
それらを集める。
「…来い…! クラフト…!」
光が収まると、イメージ通りの道具が手の中にできる。
動画で見てたものが、実物として手に入るとやっぱり少しうれしいな。
さて、使い方は…と、動画の内容を思い出そうとしたが、
どうも《狩り》のスキルには火おこしの知識も含まれていたみたいで、
自然と体が動く。
俺は地面に膝をつき、即席で作った弓切り式の火起こし器を前に深呼吸した。
軸棒を弓の弦に絡め、上から押さえ木を当てる。
弓を前後に引くと、キィ、キィと乾いた音が森に響いた。
「地味だな……せっかくの異世界でこんな原始的な……」
文句を言いつつも手は動かす。
回転が速くなるにつれて、木と木が擦れ合う音が変わる。
ギギッ、ギギギ……
焦げたような匂いが、かすかに鼻を刺した。
「……来てる。これ、来てるぞ……!」
額から汗が垂れ、腕がじわじわと悲鳴を上げる。
だが止めない。止めたら負けだ。
火床の溝に、黒い粉――摩擦で生まれた炭粉が溜まっていく。
その中心が、ほのかに赤く脈打った。
「……っ、よし……!」
弓を止め、息を殺す。
赤い点は消えず、じっと熱を宿している。
慎重に、慎重に――
その炭を火口に移す。
「頼む……頼むから、ここで機嫌損ねるなよ……」
そっと息を吹きかける。
ふぅ……ふぅ……。
すると、
赤が広がり、煙が立ち、パチ……と小さな音がした。
「……お?」
もう一度、少し強めに息を送る。
ボッ
一瞬、火口が橙色に弾け、炎が舌を出した。
「……っし!!」
思わず拳を握る。
小さな炎。だが確かに、俺が起こした火だ。
「見たか……これが文明だ……! いや、原始だけど!」
揺れる火を前に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
腕は痛い。汗臭い。時間もかかった。
それでも――
火を起こせた。
「……これで、今日も生き延びられるな」
炎が、パチパチと静かに答えた。
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揺れる炎の前に、俺は腰を下ろした。
弓切り式で起こした火は、まだ心許ないが、確かに燃えている。
「……よし。次は飯だ。」
フォレストウルフの肉。
赤黒く、野性味の塊みたいな肉だ。
「……正直、あんまり美味そうじゃないな」
前世の頃に店に並んでいた成型された牛や豚の肉に比べると、
どうにも食用とは思えない。
とはいえ、選り好みできる立場ではない。
さきほどの鑑定結果が頭をよぎる。
《フォレストウルフの肉。可食。
ただし処理しないと臭みが強い》
「はいはい、ちゃんと焼きますよ……」
枝でクラフトした即席の串で、肉を刺す。
火の上にかざすと、じゅっ……と小さな音がした。
「……おっ」
脂が落ち、火が一瞬だけ勢いづく。
鼻をくすぐる匂いが立ち上った。
「……あ、これ……意外と、いける匂いしてないか?」
最初は獣臭さが勝っていたが、
焼けるにつれて、肉の香ばしさが前に出てくる。
腹が、ここぞとばかりに鳴いた。
ぐぅ……
「……分かってる。もうすぐだから……」
魅惑的な光景を前に一段と独り言が多くなる。
肉の表面がこんがりと焼け、
滴った脂が火に落ちて、パチパチと音を立てる。
少し冷ましてから、恐る恐る一口。
「……」
噛み締める。
「…………」
もう一口。
「………………」
そして、素直な感想が口をついた。
「……うまくはないけど……おいしい…」
硬い。
獣臭さも残っている。
塩も香辛料もない。
それでも、熱があって、肉で、ちゃんと腹に溜まる。
「……ああ、これだ」
じわじわと、胃に温かさが広がっていく。
さっきまでの空腹の痛みが、少しずつ引いていく。
「……俺、異世界で狼食ってるんだな……」
独り言が、夜の森に溶けた。
火の向こうで、フォレストラットがじっとこちらを見ている。
「……ダメだぞ。これは俺の命綱だ。」
ふいっと視線を逸らすと、どこか残念そうな気配がした。
……こいつ草食だよな…?
食べ終わった串を火の横に置き、息を吐く。
「……はぁ……」
腹が満たされると、不思議と頭も落ち着く。
さっきまでの恐怖や焦りが、少しだけ遠のいた。
「……とりあえず、今日は勝ちだな。」
火はまだ燃えている。
腹も満たされた。
命も、ちゃんとここにある。
俺は炎を見つめながら、静かに呟いた。
「……明日も、生き延びるぞ。何があっても」
炎が揺れる。
ゆらゆら、ゆらゆらと。
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「……改良の余地、ありまくりだな」
火加減も適当。
下処理も雑。
味付けなんて概念すらない。
「次はもうちょっとマシに焼ける気がするんだよな……」
そう呟いた瞬間だった。
視界の端が、かすかに明滅する。
見慣れ始めた、あの“文字”だ。
《実績達成:初めての料理》
《スキル《料理(初級)》を獲得しました》
「これでも料理になるのか…?」
火を起こして、肉を焼く。
かなり原始的だが、それでも料理になるらしい。
食物を口に合うように整え加工するという意味なら、たしかに合ってるか。
試しに、まだ残っている肉を見る。
鑑定してみると、情報が“少しだけ”増えていた。
《フェングウルフの肉》
・適切に焼くことで臭み軽減
・脂の多い部位は弱火向き
・血抜き不足:味低下
「……めちゃくちゃ欲しかった情報じゃん」
さっきまで「食えるかどうか」しか分からなかった肉が、
今は“どう調理すればマシになるか”まで見える。
「これ……かなり有用だな。」
つまり――
俺はもう、ただのサバイバル素人じゃない。
「料理スキル、初級……」
名前は地味だ。
派手な攻撃力アップもない。
でも、この世界で生きるなら、間違いなく当たりだ。
「……また一歩文明レベルが上がったな… 」
「ふ……」と息を漏らし、くくっと笑った。
笑いながら、火をいじる。
さっきより少しだけ、炎の扱いが分かる気がした。
「次は……血抜きして、脂落としすぎないで……弱火だな」
独り言が自然と“手順”になっている。
気づけば、料理は
「生き延びるための行為」から
「工夫できる技術」に変わっていた。
「……こうやって、スキルが増えていくわけか」
戦って、生きて、食って、考えて。
それだけで、世界は何かを返してくる。
「悪くないな。この仕組み」
火の前で、俺は静かに息を吐いた。
「……よし。次は“ちゃんとした飯”を目指すか」
腹も、心も、少しだけ前向きになっていた。
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火が落ち着き、夜の森が静まり返ったころ。
俺は残ったフォレストウルフの肉を前に、腕を組んで唸っていた。
「……一晩で全部食うのは無理だよな。腹的にも、精神的にも」
量が多いのはうれしい。
しかし、生肉。
放っておけば確実に腐る。
「となると……保存だ。保存する方法を考えよう。」
頭の中に浮かんだのは、燻製肉。
たしかそんなに難しい方法ではなかったと思う。
「よし。料理スキル先生、お願いします。」
肉を薄く切り分け、血を拭い、脂肪を可能な限りそぎ落とす。
脂肪が残っていると腐りやすいそうだ。
塩がないため、そのまま煙でいぶすしかないが、
そのままだと時間がかかるため軽く火を通しておく。
燻製のための道具を作ろうとしたときに気づく。
「……そういえば詳しい構造はよく知らないな。
そこそこ大きかった気がするけど、クラフトで作れるのか…?」
クラフトスキルで作ったことのある道具で一番大きいのは、槍だ。
どれでも子供の体になった自分より少し短いくらい。
レベルの概念があるか分からないが、もしそうなら作れるか怪しいところだ。
「……まあ、とりあえず試してみるか。 クラフト!」
今までは手元で使っていたクラフトスキルを、
足元に集めた木材や石に向けて使ってみる。
今まで以上の範囲に広まった光が収まると――
どこかで見たような燻製台が出来ていた。
大きさは俺の身長と同じくらいでいっぺんにかなりの肉を燻せそうだ。
「ふむ…そこまで詳細にイメージしなくても行けるのか。
それにこの大きさ。どれくらいまでいけるんだ…?」
疑問もそこそこに、さっそく火を燻製台の下にセットして、
余った肉を格子状になっている石の上に置いていく。
そのあと、煙を出すためのスモークチップをクラフトして、
火にくべていく。
煙が出てくるのを確認した後、ふたを閉めておく。
そのあと素材を集めながら数時間待つ。
「そろそろいいか…?」
蓋を開けて鑑定を使うと、表示が少し変わっていた。
《フェングウルフの肉(下処理済)》
・乾燥により保存性向上
・完全乾燥されている。
・数週間保存可能
「……よし、方向性は合ってる」
焼かず、煮ず、ただ乾かす……人類の知恵ってすごいな」
煙で燻された肉は、赤黒く締まり、
触ると指が弾かれるような弾力になっていた。
「……おお、ちゃんと燻製肉っぽい」
一切れ口に含む。
「……硬い。でも、噛めば噛むほど味が出る」
先ほどの焼き肉より、明らかに“食事”として完成度が高い。
《燻製肉》
・保存性:中
・腹持ち:良
・携帯性:良
「うん。これぐらいあれば……数日は食いっぱぐれないな」
その事実が、胸の奥をじんわりと温めた。
今日食うか、明日に回すか、街に持ち込むか。
選択肢があるというだけで、心の余裕が違う。
「……生活が、すこしづつ回り始めてる」
昨日までは、生き延びるので精一杯だった。
今日は、“明日”を考えている。
「……文明って、こうやって進んでいくんだな。」
剣でも魔法でもない。
保存食という、地味で確実な一歩。
それでも――
確実に、俺の異世界生活は安定へと向かっていた。
逐一メモを取ってますが、過去の内容と矛盾している部分があればご容赦ください…




