1997年の君と現代を生きる僕 --time goes by-- ep6
朝がきた。
梅ちゃんを実家に届ける朝だ。
突然にやってきた僕にとって夢のような日々が終わるだろう日が来たんだ。
梅ちゃんはいつだって突然に来たね。そういえば最初の出会いも突然だったなと思う。
正直言ってしまえば、梅ちゃんにはここに残って欲しい。また一緒に2人で楽しく笑って過ごせたら僕は幸せ。
でも、それは梅ちゃんの幸せなのか?梅ちゃんの家族はどう思うか??
そのあたりを自問すると葛藤する。すると…僕のエゴは出してはいけない。きちんと梅ちゃんをお家に帰すという結論以外ありえない。
梅ちゃんを籠の中の小鳥のようにいつまでも引き留めることはできない。
彼女は自由な存在なんだ。昔からね。
それにもし彼女が望むなら改めて名古屋に来てもらったり僕が関西に行けばいいんだから。
早起きしてしまった僕はかつて梅ちゃんから貰った手紙を紐解く。
そこには差出人として梅ちゃんの実家の住所が書かれていた。
その住所をGoogleで調べる。そう、僕はGoogleMapやストリートビューで今の彼女の実家がまだそこにあるのかを調べようと思ったんだ。
梅ちゃんの実家なんて僕は見たことがない。だからどんな家が建っていてもそれが梅ちゃんの実家かどうかなんてわからない。
でもさすがに本人に見せたらそれが自分の実家なのかどうかは分かるはず。
もし…彼女の記憶の中の実家ではないものがそこにあったとしても住居があるならそこにまだ家族がいる可能性はある。
一軒家をアパートに変えたり、大幅なリフォームをすることもあるだろう。
だが、そこがもし更地になっていたら…家族はきっとそこにはいない。
梅ちゃんの家族の手がかりを探す旅が始まるのだろう。
見た感じ、豪邸、お屋敷かなって思うくらい立派な家が建っていた。
石垣みたいな外構がある。家もとても大きい。10人以上が暮らせそうだ。
ただ、新築の家ではなさそうだ。僕は築古戸建て投資をしていたから築古の家をたくさん見ている。同じような歴史を感じる。きっとこれが梅ちゃんの実家なのだろう。
梅ちゃんってひょっとしてお嬢様だったの??
「おはよ」
梅ちゃんが起きて来た。
「あっ、おはよ。梅ちゃん、昨日はちゃんと寝れた?僕のいびき、大丈夫だった??」
「うん。大丈夫やで。きちんと耳栓して寝たから。洗面所借してな。」
良かった…。あの『昨日までとても仲良かったのに一晩経ったら(僕のいびきのせいで)不機嫌になっている人』とすごす朝って、本当困るし…嫌なんだよね。
イライラしていたり怒っていたり…僕には自覚がないからなおさら相手を苛つかせるんだろう。
リビングで寛いでいると梅ちゃんが洗面所から戻る。
「ゆーじ君、うちの手料理覚えている?」
「覚えているよ。ガーリックの効いたバターライスだったよね」
「ゆーじ君にしてみたら何十年も前のことなんやろ?良く覚えているな。おいしくはなかったやろ?」
「そんな事ないよ。とても美味しかったし、嬉しかったよ。」
「……。いや…お世話になったからな、朝ごはんくらい作ろっかなって思ったんやけど…」
「ありがとう。でも冷蔵庫の中はろくなものがないかも。」
「なら仕方ないな。梅ちゃんのせいじゃないよな。またバターライス作ってあげよと思ったけど、仕方ない♪」
まぁ、男の一人暮らしなんだ。ろくなモノがないのは許してよ。
それにしてもなんだか梅ちゃんは楽しそうだ。この梅ちゃんの楽しげな笑顔を見てしまうと…
『やっぱりもっと一緒にいたいな』
って、めちゃくちゃ思ってしまう。いけない、いけない…。
「梅ちゃん、これ見てみて」
僕は梅ちゃんの住所から割り出したGoogleMAPの衛星写真を梅ちゃんに見せる。
「うん…?何これ?ひょっとして…うちの近所の写真!?ゆーじ君、なんでこんなん持っているの?」
「僕が持っているわけじゃないんだよ。今の世の中は住所がわかればここまで調べられるんだ。インターネットでね。」
「うそっ…。こわっ。」
僕はさらにストリートビューを展開し、梅ちゃんの実家住所にあるお屋敷を見せた。
「あっ…」
梅ちゃんが息を呑む。
「これ、今の…?」
「う〜ん。どうやら去年Googleカーが撮影したものみたいだ。このお家が梅ちゃんのお家?」
「………うん。うちの家。たしかにうちの家よ。少し雰囲気違うけど…」
雰囲気が違うのは…梅ちゃんが知っている自分の実家とストリートビューに映る写真の家の築年数が大きく違うからだろう。
「なら…まだお父さんやお母さんはここにいるかもね」
「うん…。いるかも。何もなければ引っ越さないよ。阪神大震災があっても引っ越さなかったんやから」
阪神・淡路大震災…。梅ちゃんの友達をたくさん奪った大きな震災だ。彼女の中では大きなトラウマなんだろうね。僕にとっての東日本大震災よりもよほど恐怖なんだろう。
「……行ってみよ。ゆーじ君、ちゃんと付き合ってな。うちをもう1人にしないで」
「もちろん。準備ができたら出掛けよう」
「女の準備は時間掛かると思ってるやろ?うちは早いからな」
「それは助かるよ(笑)」
僕らは簡単に朝食を済ませてから新幹線と在来線を乗り継いで梅ちゃんの実家を目指す。
新幹線から降りて在来線に乗り換えた頃、僕ら2人は徐々に無言になった。梅ちゃんは車窓から外を眺める。きっと懐かしい景色と新しい景色が織りなす景色を眺めながら家族のことを想っているのだろう。この時間は彼女にとって大切な時間。僕が声を掛けて邪魔することは無粋に感じたから、この静寂の時間を大切にすることにした。
ガタンゴトン…という車輪の音が、僕たちの沈黙を埋めていた。山手線にはない地方の電車のガタゴト音。昔はどの電車もこんなだったな…。
静かな時も不思議と寂しくはなかった。ただ、しっかりと『今』を感じていた。
とうとう梅ちゃんの実家の最寄り駅までやって来た。
僕の知らない景色。梅ちゃんがかつていた場所。当時と変わってしまったモノ。当時とまるで変わらないモノ…。さまざまあるのだろう。梅ちゃんの心臓の鼓動が僕まで届く気がした。彼女はとても緊張していた。