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1997年の君と現代を生きる僕 --time goes by-- ep4

僕はどうしたらいいのか途方に暮れた。

「安心できる場所にいたらいい」

という僕に対して

「そんな場所、ない!」

と彼女は苛立ちを隠せずに答えた。

もし僕が梅ちゃんの立場だったら…同じように思ったかも知れない。

この現実を受け入れるとしても彼女には時間が必要なんだろう。

元の世界に戻る…。途方もないことだけど、この事も排除せず、一緒に考えてあげないといけないのだろうな。

ひとりにしてあげた方がいいのか、それともひとりきりにしてはいけないのか。

僕は悩んでしまった。そして僕が悩んでしまう間、ずっと沈黙と静寂が続いた。

それもまた梅ちゃんにとっては針のムシロにいるかのようだったのかも知れない。


「ゆーじ君、ごめんな。うち、まだどうしたらいいかわからんのよ」

「うん。そうだね。謝らないで。」

「ちょっと外の空気を吸いたいけど、何も知らない場所で誰も知らんねん。外も出れないよ。」

「そうか。たしかにそうだよね」

僕は彼女の思いの丈を聴いてあげる事が1番ではないかと思えた。共感を大切にして話を聞いた。

「なんでやろうな…。うち、なんでこんなことになったんやろう。」

梅ちゃんの瞳に涙が溢れる。昨日のように抱きしめてあげれたら良かったのかも知れないけど、今の梅ちゃんには僕も異質の存在に見えている気がして僕は何もしてやれなかった。

「ゆーじ君、うち、どうしたらいい?」

僕には梅ちゃんの心を満たしてあげれる答えが見つからなかった。

ただ泣きじゃくる彼女から少し離れて話を聴いてあげることしかできなかったんだ。慰めの言葉が見つからなかった。

でも泣けるだけ泣いたらいいと思うよ。気持ちを全部吐き出して。

しばらくして梅ちゃんは泣き止んだ。そして泣いてしまったことを隠すように話題を変えた。

「ゆーじ君はさ、どんなことがあったの?」

「僕はね、準公務員みたいな仕事。

大阪にも何度か出張で行ったりしたんだよ。梅ちゃんと行った大阪の梅田とか…久しぶりに行けて懐かしくて嬉しかったよ。」

「結婚はどんな人としたの?美人さん?」

「う〜ん、どうだろう?歳上だけど、若く見える人だったよ」

「何歳で結婚したの?」

「26歳だったよ。元妻の連れ子がまだ6歳の時だったんだ。だからさ、僕はいきなりパパになったんだ。」

「そうなんだ…。」

ああ、やっぱりこの人にはうちにはない人生があって今ここにおるんやね。

「仕事、家族どうするの?」

「わからないよ。裁判って自分の人生なのにその大切なジャッジを見ず知らずの裁判官に決められてしまうんだ。僕はやれることをやるだけだけど、難航しているよ。

でも仕事はお休みを貰ったから子どもの事を考えてやりたい。そう思って子どものおもちゃや荷物は皆捨てずにとってあるんだ」

たしかに部屋のあちこちには子どものおもちゃが飾ってある。プラレールとかゲームとか。ゆーじ君も苦労したんだ…。たくさんの悲しみがあって白髪だらけの頭になったのね。少しだけおじさんのゆーじ君が理解できて、身近に感じた。


「梅ちゃんは行ってみたいところある?知りたいこととかあるかな?」

「大学行っても…同級生はおらんし、地元帰っても…誰がいるかわからん。」

うちはやっぱり地元のみんながどうしているかが気になる。でもゆーじ君に聞いても知らないことやろうしな…。

「少しゆっくり考えたいかな。どこかいいとこ知らない?カフェとかでいいからさ。ひとりでちょっと整理したいねん。」

「ひとりでゆっくり落ち着きたいんだね。スターバックスとかコメダ珈琲とかがいいかな。」

「ありがと。うち、迷惑掛けてばかりでごめんね。」

ゆーじ君の車に乗ってコメダ珈琲ってとこに来た。初めてのとこ。

「また迎えに来るよ。ひとりでゆっくりと落ち着いた時間が過ごせるといいね。」

ゆーじ君が行ってしまう。うちは思わずゆーじ君を引き止めた。

「ごめん。待って。やっぱ一緒にいて。ひとりだと心細いし…怖い。」

「いいよ。一緒にお茶しよっか。」

ゆーじ君はこんなわがままにも笑顔で応えてくれた。優しすぎるやろう。

うちは1人になりたいって思ったり1人じゃ寂しいって言ったり支離滅裂やな。

「ゆーじ君の話、聞きたい。聞かせて。」

「うん。何がいいかな…。最近笑って話せるネタがあまり無くてね」

「離婚と仕事で大変なん?」

「そう…だね。でも昨日、久しぶりに梅ちゃんに会えたのは本当に嬉しかったよ」

うちに会えて嬉しい…か。

そっか。そう言ってくれる人がこの世界にも1人はいるのか。なんかようやく少し救われた。ほっとした瞬間にうちの肩の力がふっと抜けた。手の震えも止まった。

「君に書いて貰った手紙、たくさんあったよね。きちんと捨てずにとってあるよ。僕は離婚やら職場の人間関係で疲れ切っていてさ…。」

ゆーじ君は静かにゆっくりと語り出した。

「でも…こないだ、本当に久しぶりに君からの手紙を読んだらね、きっと僕のことを思いやって悩みながらペンを運んでいたんだろうなって…手紙を書いている君の姿が思い浮かんだの。それはとても尊くて…嬉しかったんだ。人間不信みたいになっていた僕を救ってくれたのは90年代の君が書いてくれた手紙だったんだよ。」


そっかあ…。少しウルっと来た。

なんか嬉しい。捨てずに取っといてくれたのかぁ。読み返したりもするんやね。少し恥ずいけど、お役に立てたなら嬉しいな。キュピピーン。


「僕には後悔があって…君からたくさんの手紙を貰うことも東京に来て貰うことも当時の僕には当たり前のことになりすぎていた。東京に来る旅費を捻出するのも苦労したんだろうなって今更になって思えた。あのね、当時の僕は君に複雑な感情を抱いていた。好きだったり、幼稚な嫉妬をしてしまったり…。結果として君を遠ざけてしまった。」


うちは…ゆーじ君が話し出した話はとても大切にゆーじ君が温めていた想いではないかと思った。だから口を挟まず静かに最後まで聞こうと思った。

「でも、苦い記憶も含めて、君と過した時間が全て『思い出』に変わったとき、僕にはもう梅ちゃんに対して感謝しかなかった。若い頃の僕は性急に結果を求め過ぎていたんだ。そのせいで君を傷つけた。謝りたい。そしてこれまでの事についてちゃんと感謝を伝えたい。

でも、記憶が思い出に変わって『ありがとう』が言えるようになったころにはもう君はいない。僕は君と連絡を取らなくなってから実家を出て結婚してしまったし、携帯電話の番号も変えてしまった。君の連絡先も無くしていたんだ。いつかまた笑って会えたらいいねと思っていたけれど、それは奇跡が起きなければありえないこと。だから…昨日、まさか滅多に行かない池袋で君に会えてあまりに驚いたし、嬉しかったんだ。まさに僕にとっては奇跡が起きたんだ。」

ゆーじ君がうちの手を握る。熱い想いがそこにはあった。ゆーじ君の真心を感じた。

「梅ちゃん、ありがとう。そして…ごめんね。僕はこの言葉を伝えたくてでも伝えられない事に後悔していたんだ。」


うちのことをそんな風に思っていてくれたなんて…。なんか嬉しかった。この誰も知らない砂漠のような未来にうちはゆーじおじさんというオアシスを見つけたのかも知れない。うちはこの悲劇的なタイムスリップに絶望しかなかったけど、このゆーじ君に会いにきたのだとしたら意味があったのかも知れないと思えた。

「ありがとう。ゆーじ君。そんな思ってくれて。ここに来て良かったってうちも初めて少し思えたよ。」

うちはゆーじ君に少し勇気を貰えた。だから少しうちも自分のジレンマを話せた。

「あんな、実はうち、昨日おかんとケンカして、口を利かないまま、今朝家を出て来たきりやねん。まさかこんなことになるなんて全然思わんかったから…。おかんきっと怒っている。ケンカしたきり何十年も消息を絶った娘なんて…合わす顔ないやろ。」

「ううん、そんな事ない。そんな事ないよ。きっと梅ちゃんのお母さんは梅ちゃんを責めずに自分を責めて生きていると思うよ。どうして些細なことで娘とケンカしたのか…。なぜ優しく理解してあげられなかったのか…きっと後悔を抱えたまま、何十年も苦しんでいると思う。いつか娘に会って仲直りする日を夢見て」

ゆーじ君はまるでうちのおかんを見てきたように話す。

「なんでそう思うの?ゆーじ君、ケンカの原因もおかんの事も知らんでしょ?」

「親ってそういう生き物だと思うんだよ。ケンカした翌日から娘が帰って来なくなればきっと自分を責めてしまうんじゃないかな。」

そうか。ゆーじくんも『親』なんだもんな。子どもがおるんだもんね。会いたくても会えない子ども君たちが。親の気持ちがわかるんやな。すっかり大人なんや。

「そっかぁ。ゆーじ君はうちのためよりもうちのオカンのために梅ちゃんに早めに実家に顔出せって言っているのかな。」

「ふふっ、そうかも。今の話を聞いたらなおさらだよ。梅ちゃんのお母さんの立場だったらマジでやりきれないと思うよ。」

「でも、おかんに怒られたり追い出されたりしたら…また名古屋に来てもいい?それにおかんや家族に会えなかったら…と思うとそれも怖いのよ。」

「もちろん。大歓迎だよ。その時には僕の家を拠点にして、君らしく自由に生きたらいいさ。」

ようやく見つかった。うちの「安心できる場所✨」ゆーじ君のおかげやね。

そっかあ。そろそろ…覚悟を決めないといけないね。ゆーじ君、まさかうちの事よりうちのおかんの事を心配してたなんて…マジでウケる。でも…本当にありがとう。

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