1997年の君と現代を生きる僕 --time goes by-- ep3
うちは実家に帰るのを少し渋った。親が嫌いなわけじゃない。親が心配しているかもっていうゆーじ君の視点はうちには無かった。
でも、うちは昨晩、おかんとケンカをした。うちが門限を破ったから。
でももううちも大人やで?門限なんてナンセンスよ。
そして…オカンと口を利かないまま、今朝は家を飛び出してしもうたんや。
でも、その今朝はうちにとってはたったなん時間か前でもおかんにとってはもう何十年も前のことなんやな。
うちがおかんとケンカしてそのまま何十年も帰っていない、連絡もないってことになるんよね。
本当はすぐにでも顔を見せに帰った方がいいのは分かっている。分かっているけど…、うちはどんな顔して帰ればいい?
家族はまだあの家におるんかな?それにさ、お父さんやおかん、お姉は元気なのか。
あまりに失った時が大きすぎて梅ちゃんはまだ受け入れられないのよ。
こんなことを考えていたら…うちはそのまま寝ていたらしい。
シャワーも浴びずにメイクも落とさずに。最悪だ。でもしゃあない。だって疲れていたんだもん。
ゆーじ君はソファで寝ていたみたい。寝室には来なかったみたい。ごめんね。寝室を占領してしまって。
こういうところ、とてもゆーじ君らしいと思う。
とりあえず洗面所を借りて洗顔して寝ぐせをなおす。
ゆーじ君もそろそろ起きて来るやろ…。
あっ、起きたみたいや。
「おはよう。梅ちゃん。なんか名古屋の家に君がいるのはとても不思議。
昨日の事は夢じゃなかったんだね。」
ゆーじ君はもううちの事を受け入れている。うちはまだこの時代とおじさんになったゆーじ君に戸惑っている。
「おはよう、ゆーじ君。ベッド占領してごめんな。」
「いいよ。疲れていたみたいだから。ごめんね。寄り道させて。」
ゆーじ君はおじさんになった今も昔のように、いや昔以上に優しい。でもまだ受け入れられないうちにはちょっと痛い。
こうスムーズに言葉が出て来んのよ。
2人の間に静寂が流れる。ゆーじ君はキッチンに向かった。
「朝ごはん、トーストでいい?」「ありがとう。でもおなか空いていないからいいや。ごめんね。」
うちは窓の外から見える名古屋の街並みを眺めながらそう答えた。はるか遠くに観覧車が見える。ゆーじ君の顔を正視できなかった。しかし…本当に見晴らしの良い部屋だ。
いったい家賃はいくらなんやろうか(笑)。
ゆーじ君は散らかった部屋をかたしはじめた。ふふ、男のひとりくらしなんて散らかってて当たり前だと思うで。
手持ち無沙汰のうちもちょっと手伝ってみたいけど、何をどこに置いたらいいのかわからない。
「うわ、テレビでかっ!うっす!」
ゆーじ君の家のテレビはなんだか高そうだ。こんな薄くてデカいテレビみたことないよ。
「あはは、そうだよね。1997年のころはまだLEDのTVなんてなかったしね。今は大型のテレビも安いんだよ。」
そんな会話をしながらゆーじ君を見つめる。ああ、せめてゆーじ君がまだ若いままだったら良かったのに。なんかゆーじ君をまっすぐ見れない。
「なあ、今日はどうするん?」
「う~…ん。仕事は休んでいるし、裁判も昨日行ってきて次の期日は当分先だし…。うめちゃんはどうしたいとかあるの?」
「あのな、実家に帰った方がええってゆーじ君は言ってくれたやんか。うちもそれはそのとおりだと思うねん。でも、心の準備がな。少し欲しいのよ。
…。本当にさ、この世界から元の世界にうちは帰れないのかな。」
また長い静寂が流れた。ゆーじ君はとても困った顔をしている。本当に嘘がつけない男のままやね。
「帰れないよね…。ごめん、困らせた。どうしよう。
うち、どこで過ごそうかな…。」
「梅ちゃんが嫌じゃなければ、少し僕の家で過ごさない?もともと子どもと暮らす予定の家だったからベッドも3つあるし、窮屈な思いはさせないと思うよ。」
「うん、ありがと。少し考えさせて。」
おじさんとなったゆーじ君と一緒に暮らす…。まあ、これが現実的なんだろうな。それにきっとゆーじ君はうちを襲うようなこともしないだろうと思う。
でもそしたらここからどこにも行けなくなるように思えた。やっぱ地元に帰らなきゃだよね。
でも、みんなは変わっている。うちだけ取り残された。そんな世界は残酷よ。
なんか窓の外を眺めているのが楽。ゆーじ君にも顔向けできないよ。
はあ、なんでこんなことに。うち、元の世界に帰りたいよ。
「うめちゃん、僕は久しぶりに君に会えて嬉しかったけど、君は戸惑っているんだね。僕にとっては変わらぬ世界に君という久しぶりに会えたお客さんが現れただけだけど、君にとっては周りの世界が全て変わってしまったんだもんね。」
「うん…。そうやねん、こんなんひどい。残酷やで。」
「少しゆっくりしてもいいと思うよ。昨日はすぐにでも実家に行くべきだなんて言ってしまったけれど、君の気持ちが置いてけぼりだと気づいたよ。君が一番安心だと思える場所でゆっくり過ごしたらいい。」
「そんな場所、ないよ!」
思わず声を荒げてしまう。ゆーじ君は何も悪くないのに。イラっとしてしまった。
ゆーじ君は優しい声がけをしてくれたのにうちにはそれが無神経に見えてしまった。うちは嫌な子やね…。
また沈黙が続いた。
「どうしてあげるのが君にとって一番いいんだろう。」
「元の世界に帰りたい」
うちは圏外でつながるはずのないポケベルを握りしめながらそう言っていた。
ゆーじ君はまた沈黙。ゆーじ君にもどうしようもないんだもんね。ごめんね。これはもうNGワードだ。
でも気持ちの持って行く先がないのよ、ほんと。
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僕には梅ちゃんがイライラしているのが良く分った。僕は少し浮かれていたのかも知れない。友人以上の思いがあった昔の人に久しぶりに会えて。それも奇跡的な出会い方で。この子の親の気持ちを考えたけど、この子の置かれている状況はとても残酷なんだ。
以前のように僕を頼れないのだ。同一人物だと分かっていても心が追い付かないのかもしれない。僕は梅ちゃんを守りたい。親元に届けてあげるのが親御さんにとっても梅ちゃんにとっても一番の幸せではないかと思ったけど、そこにもハードルがあったんだ。僕と一時的に暮らすのも受け入れられない未来は、ストレスを常に感じるストレスフルな場所なのかもしれない。
果たして僕に彼女を救う事はできるのかーー。歳を重ねて経験を積んだけれど、僕の中の裸の心はまだまだ昔のまま、大人になってクレバーな思考ができるようになっていたわけじゃないって気づいた。