第8話 活路
リュウからの質問に、セーアは一息ついてまっすぐな目で答えた。
「出来ません。たとえエディミアでも、奪った力の中で持つことが出来るのは一つだけ。もしも能力を上書きした場合、前の能力は消滅します」
セーアからの正直な答えに、リュウは今までよりも大きな納得の声を上げた。
「そうか。つまりそれは弱点たり得る部分だな」
だからこそセーアは少し戸惑ったのだ。それがエディミアの万能を崩す要素であり、セーアはそれを理解している。
だが、リュウがここでレクタリアを討つことを見守ると決めた以上、そういう質問には答えようという彼女なりの誠意が、その答えを返したのだ。
「それなら、もう一つ聞きたいが……セーア」
「はい?」
「次の質問については、君が嫌なら答えなくてもいい。その上で聞いてくれ」
「は、はい……」
――――。
「……っ!!」
「どうだ?」
リュウが放った質問に、セーアの表情が凍った。唐突なその質問に、セーアは悩みで顔を歪めて、リュウの真意を理解したうえで、質問の答えを返した。
「―――です」
「さて……っと」
焚き火を消して、まだ完治してない脇腹の傷に痛みを覚えつつも、着ていた制服をそのまま着直してリュウは立ち上がる。
「よし、身体もなんとか動く。出発しよう」
気丈に振る舞いつつも、少しよろけるリュウに心配の色を滲ませるセーアだったが、彼の姿を尊重してそのまま見守る。
「分かりました。ですがリュウさん、レクちゃんのことはともかく、他に行くあてはあるんですか?」
ひとしきり荷物をまとめて、二人で野営の道具を分担した所で、セーアから質問が飛ぶ。
そう、ここまでずっと森の中で過ごしていたので、リュウにはこれから行く場所の計画などはなかったのだ。だが、あの老人との短いやりとりの中に、行き先に関するヒントがあったことを思い出して、セーアに尋ねた。
「そう言えばこの世界には転生者が多いらしいな。それらが集まる都市などはあるのか?」
老人の言っていた言葉、それを、聞かれたセーアは両手をポンと叩いて、それに近い場所の心当たりを返した。
「それなら【ナラシア】があります。転生者達が集まって出来た都市なんですよ。私も時々、食材の調達とかに行きます」
「それなら、セーア。そのナラシアまでの道案内を頼めるか?」
「はいっ! おまかせください!」
かくして行き先はナラシアに決まり、セーアの道案内で森を歩いていくこととなった。道中でレクタリアと出会うことをかすかに期待しつつ、二人は荷物を持って歩き始める。
セーアの案内により、木々の生い茂る深い森を抜けて、人間が行き来するための踏みならされた道に出てきた二人。一本の道を成しているそれに出てすぐに、セーアが話しかけてくる。
「この道を向こう……西の方に進むと、ナラシアの方面に、そして反対に東に進むと、そっちは【パブロ連合国】と言う国の端っこに行き当たります」
あちらやこちらとばかりに手を添えて、道の向こうを示すセーア。リュウはそれぞれの道の向こうを眺めつつ、この森林の広さを感じ取った。
「いずれ、パブロ連合国にも行くことになるんだろうな」
「そうですね……ですがパブロはエメラクサスでも歴史のある国で、転生者への警戒心が強い場所です。たぶん、いい思い出にはならないかと」
神妙な面持ちで語るセーアに、リュウはパブロ連合国がある方を無心で見据えた。この世界の事情が、この少ない時間で少しずつ分かり始めたような気がして、リュウはその針路に背を向けた。すると、
「へぇ〜、お兄さんまだ生きてたんだぁ〜。しぶと〜い」
ナラシアへの道、その土の道で、二人を待ち構える紫髪のツインテール。ニヤニヤとした顔でこちらを見るそれは、先日見たレクタリアで間違いはなかった。
「レク、ちゃん……」
「あれぇ? セーアちゃんどうしてそんな男と一緒にいるのぉ?」
リュウのとなりで荷物を持って、彼に付き添っているセーアを見たレクタリアは、不思議そうに彼女を見つめて首を傾げた。
「そいつぅ、もう能力は持ってないよぉ? どうせアタシ達には勝てないんだし、さっさと殺しちゃえばいいのに」
「レクちゃん、私は……」
レクタリアの煽るような言葉に、沈痛な顔をするセーア。そんな彼女を見て、リュウはその足で前に出た。
「お前こそ、能力を刈り取ってご満悦なんだから、他のエディミアに干渉する理由も無いんじゃないか?」
リュウの落ち着いた言葉、だがセーアは気付いている。リュウが、僅かに手を震わせていることに。
「ふぅん……そういう事言うんだ。アタシね、あんたがどこで何してようが、何処かで野垂れ死のうがどうでもよかったんだ。でもね……」
そこまで言うと、レクタリアの周りに12本の属性剣が立ち並び、地面に差し込まれた。そして、声のトーンが一段低くなり、誰の目にも分かるほどの敵意を向けて、リュウに吐き捨てた。
「セーアちゃんがあんたのそばにいるのは、すっごい不愉快なんだ。だから、あとでと言わず」
今すぐ死んでよっ!!
ザクッ!!
リュウの足元で、レクタリアの放った青い属性剣が土を穿つ。リュウは反応に遅れて、すぐに距離を取るように下がっていくが、今度は「ドンッッ!!」と言う空気が爆発するような音がして、レクタリアがリュウとの距離を詰める。
「あははっ! やっぱりまだ無能力じゃん! なら殺すのは簡単だよねぇっ!!」
「うおっ!?」
そう言って黄色の属性剣でリュウの首を狙う。辛うじて体勢を崩しつつその一閃をかわしたが、レクタリアの攻撃は止まらない。
右手から腕に、左手から肩に、また右手から足に……と周囲に配置した属性剣でリュウの身体を切り裂こうと襲いかかる。不幸中の幸いで、剣の軌道が直線的でそれを読み取って避けるのは難しくなかった。
「ほらほらぁ、逃げるだけじゃ生き残れないでしょぉ? そんなんなら死んじゃった方が心も楽になるよぉ?」
未だ自分の圧倒的有利を疑わないレクタリアが、土を斬撃で路面を斬りつけるように、ぶっきらぼうにリュウの身体を狙う。そして、後退一辺倒だったリュウは、レクタリアの攻撃で退路をコントロールされて、街道外れの木に背中を預けてしまう。
「まさか……退路をっ!?」
「もうおそぉ〜いっ! 死ねぇっ!!」
口調を変えて赤い属性剣をリュウの喉元目掛けて斬りつけるレクタリア、その剣の軌道が走馬灯を起こすほど長く感じられた時
リュウは自信を込めた瞳でレクタリアを見つめた。
「っ!?」
リュウの異様な目つきに、握っていた剣の速度が僅かに緩み、リュウとレクタリアの十数センチの顔の距離に、突如として小さな雫が生成された。
ポチャン!
「んむっ!?」
その水は、まるで狙いすましたかのようにレクタリアの口に直撃し、彼女は気の焦りから完全にその水を口に頬張る。そして、リュウの首を狙っていた属性剣の動きが止まり、レクタリアの顔がみるみる青ざめた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!」
レクタリアは、なりふり構わず叫び散らして、その場にのたうち回る。リュウはどうにか退路を保ち、さらにレクタリアからある程度の距離を取った。対してレクタリアは、自分が何をされたのかも分からないままに四つん這いで吐き気に耐えるように悶えていた。
「おぇぇぇ! な、なにぃこれぇ……ぺっ! ぺっ! うぇぇぇ〜……」
「どうやら、エディミアも俺たちと同じ味覚は有しているようだな。セーアと食事をとった甲斐があったというものだ」
リュウの言葉に、セーアは今朝のアユ雑炊を思い出す。そして続けて、リュウはこの逆転の正体の種明かしをした。
「水魔法の水は、飲み水として使えないように異常な味が含まれている。セーアが俺と同じものを食べた時に、好意的な反応をしたということは、エディミアも人間と同じ味覚を持つと予測したんだ。実験は大成功みたいだな」
「お、おまえぇっっ!!」
そう。リュウは背中を奪われたあの間際、自分が生み出せる最大サイズの水魔法を発動して、至近距離でレクタリアの口に入るようにコントロールしていた。
そのうえ、口数の多いレクタリアには口を開けている時間が多く、リュウはそのチャンスを逃さなかったのだ。
「これでチャンスは出来た。レクタリア、少しは覚悟をしたほうがいいぞ」
万が一にも、チート能力が人間に負けるかもしれないからな。






