第3話 エディミア
「へぇ〜、今回はあんたが『転生』してきたんだぁ」
上空からこちらを見下ろして、軽い口調でリュウをあざ笑う長い耳の女。紫髪のツインテールを靡かせて笑う女に、リュウは怪訝な表情を浮かべた。だが、リュウがその女に尋ねたのは、お約束のセリフとは少々違っていた。
「……お前は、魔法を使って浮いているのか?」
「え〜? アタシが誰なのかは放っておいて魔法の話ぃ? ひどいな〜、レクタリア傷ついちゃ〜う」
自らをレクタリアと呼ぶ女は、身体をくねくねとよじらせながら、まるで誘惑でもしているかのように困った声を上げる。リュウはその様子の意図が読めず、困惑した表情を浮かべていたが、それよりも、女が空に浮いていると言う点を重視して、目をつぶって神経を集中させる。
「……飛翔魔法」
リュウがそう呟くと、足元が風でざわめき、すぐにリュウの身体は大気の流れに乗るように浮き上がった。そしてみるみる上昇していき、落ち着いてバランスを取りながらレクタリアと同じ高さまで到達した。
「なるほど、この世界では空を飛ぶのは難しく無いようだな」
「ふぅ~ん、この世界に来てすぐにしては順応早いのねぇ。それにあなた、魔法系のチートスキル使いでしょ? あはっ」
レクタリアがリュウを指さして、挑発的な笑顔を見せる。だが、リュウはそんな挑発など意にも介さず、レクタリアの身体を観察していた。
「そうだな。今はその検証中だ、何か用事があるのなら後にして欲しいんだが」
そう言うと、リュウは身体を浮かせていた風の魔力を弱めて、静かに下へと降りていく。だが、そんなリュウに、レクタリアは更に挑発をかける。
「そっかぁ、それは残念だなぁ。じゃあ転生者さん、良いこと教えてあげるねっ」
「ん?」
そう言ってリュウの視線を向けたレクタリアは、空中で身体の向きを逆さまにして、リュウの方へ向かうかのように体勢を変えて、一言だけつぶやく。
転生者さん、エディミアってぇ、知ってるぅ?
――みっつ。エディミアには気を付けることじゃ。
ドンッ……!!
レクタリアの言葉の直後、空が爆発したかのような音と共に、レクタリアが尋常ならざる速度でリュウ目掛けて急降下してくる。高低差およそ8メートル。だが距離が問題ではない、思考時間が足りない。
「ちっ!」
今出来ることにシナプスをフル活用して、リュウは降下するために使っていた魔力の流れを変えて、更に火の魔力の爆発を起こして、レクタリアの降下を横に避けて回避した。避けられたレクタリアはそのまま地面に突っ込み、リュウが降り立った地点が轟音を上げて土を巻き上げる。
「まずいな、検証どころでは……」
残念そうにぼやいたリュウだったが、レクタリアが着地した地点の土ぼこりが晴れても、そこにレクタリアがいない。リュウはハッとして周囲に警戒を向けるが、顔を向けたさらに後ろから気配を感じて、すぐに風の魔力を解除する。
ヒュン!!
間一髪で空を切るその音をかわせたリュウは、緑色に光るサーベルのような剣を振り抜いていたレクタリアを上空に見た。
「んもうっ! もう少しだったのにぃ」
遊びでもしているかのように悔しがるレクタリアを眺めつつ、リュウは彼女に対する見方を変えた。彼女がエディミアと言う何かであることはわかった。ではその他にどんな特徴があるのか。
女、長い耳、紫の髪、魔法を使う
他に身体的特徴は?
腰が細い、胸が大きい、顔が整っている、足元に……
「足元に……マーク?」
レクタリアの右足首、さらけ出していた素足には、太陽と果樹を模した刻印の様なものが施されていた。だが、地面への着地の時間でようやくその特徴をつかんだとき、レクタリアは喜色満面の笑みでこちらを見ていた。
「あははぁ〜、転生者さぁん? 地面も見ないでアタシの身体ばっかり見てて大丈夫ぅ?」
――剣製
煽るようなセリフの直後、レクタリアが冷たく低い声でそう言うと、リュウが着地しようとしていた地面が、何百という剣の絨毯と化した。
「なっ!?」
風の魔力を抑えて高度を制御していたリュウはすぐに出力をもとに戻して、剣の絨毯に触れる手前で高度を保つことが出来たが、それに息をついていた所で
レクタリアが
眼前に
飛び込んだ。
「あ~あ、これで終わりだね〜」
そう言って、リュウの腹に思いっきり手を突っ込むレクタリア。身体の中を蝕まれるような強い衝撃に、リュウは激しく息を吐いた。
「ぐっ、かはっ……!!」
そして、リュウの身体をぶち抜いたレクタリアは、その腕をズルリと引き抜いて、何かを取り出して背中を向けた。
「はぁっ……はぁっ……!」
いつの間にか剣の絨毯は消えており、リュウは地面に膝をついて息を荒げる。腹部を押さえて自分の状況を確認するが、レクタリアに貫かれた場所から血が出ているなどはなく、身体自体は無傷だった。
「お前……何をしたっ!?」
「ふふふっ、結構手こずっちゃったけどぉ、やっぱりあなたも所詮は普通の人間だっだわねぇ、こんなに簡単に『あなたのチート』もらえちゃったんだもの」
レクタリアはそう言うと、自分の手元にある、ガラス細工のような透明なカードをリュウに見せびらかす。虹の輝きを放つそのカードを見たリュウは、彼女の言葉にハッとして、自分の魔法をイメージする。
「起動……しない、火も、水も、風も……お前、まさかっ!」
「あははっ!! やっぱりいつ見てもおもしろぉい!! 転生者がチート能力をもらってぇ、自分つよーい!!ってやってる所で、それをアタシ達『エディミア(エデンの娘たち)』が奪う! これすっごいクセになるんだよぉ〜!! あはははっ!!」
リュウは、彼女の言葉で、ようやく老人の説明の意図を理解した。だが、それは時すでに遅しと同じ意味を持っている。
「くそっ!」
「あ~だめだめ。そのまま動かないでぇ? じゃないと、ここで細切れにするよ?」
ジャキン!
リュウが立ち上がろうとした時、その首に土の下から熱を帯びた赤い剣が伸びてきて、リュウの喉元に突きつけられた。そして見渡すと、数十本のカラフルな剣が、リュウに切っ先を向けて生成されていた。
「今のアタシが使ってるチート能力は剣製って言ってぇ、四属性の剣を魔力を使って生み出せるの。だからこうして瞬間的に何百もの剣を作れてぇ、その使い道もアタシの自由自在。どう? こわい? 震えちゃいそう?」
剣を突きつけられて、最大級の煽りをかますレクタリアに、リュウは何も言わなかった。だがそれは何もしないという意味では無い。
リュウは、周囲の剣の中で最も掴みやすい剣を探して、青く光る両刃の片手剣を掴んで引き抜いた。そして喉元の剣を自分の剣で弾き飛ばして、右手で握り込んでレクタリアに近づこうとする。
周囲の剣を、持っている剣と靴で蹴り飛ばして活路を開き、こちらを据えた瞳で見ているレクタリアに肉薄する。そして、ようやく剣で切れそうな距離までやってきて、自分の持っているひと振りをレクタリアに振り下ろ……
フッ……
「なっ……!?」
ザシュッ!!
「がっ……!!」
リュウが振り下ろしかけてからの展開はあまりに唐突だった。持っていた剣が急に消えて、直ぐに自分の脇腹を黄色の剣が斬りつけた。そして、痛みに倒れる間際、レクタリアは冷たい視線でリュウに吐き捨てる。
「言ったよね。剣の使い方はアタシ自由って。だから、君がアタシに一矢報いることが出来るって所まで待ってあげてたんだよ」
レクタリアの顔が邪悪に嗤う。
「あんたの持ってる剣をアタシが消して、最後の希望が目の前で潰れるさまが見たくってねぇ〜!」
あはははははっ!!!
高笑いを耳に聞きながら、リュウは、意識を、失っていった。