第13話 ナラシアへの旅路
「水生魔法、水生魔法、水生魔法、水生魔法、水生魔法、水生魔法、水生魔法、水生魔法、水生魔法、水生魔法、水生魔法、水生魔法、水生魔法、水生魔法、水生魔法、水生魔法、水生魔法、水生魔法…………」
「……」
「……あ、あはは」
セーアとレクタリアを仲間として、ナラシアへの道のりを歩き進むことおよそ三時間。リュウの時間感覚では大体昼頃であるが、そんなことはどうでもいい。
レクタリアと同行を始めてから今まで、リュウは先導するセーアとレクタリアにチラとも目を向けず、一本の空のボトルに向かって水生魔法を連射していた。ここまでおよそ三時間、特にレクタリアは、リュウがぼそぼそと口にする水生魔法の詠唱に、わなわなと腕を震わせていた。
「ちょっとぉ! リュウ! もう三時間よ! アタシと合流して、セーアちゃんから空のボトルを借りたと思ったらずぅ~~~~~~~~~~っと水生魔法って!」
「ん、あぁすまない。俺の今の魔力では、こうでもしないとこのボトルに補給は出来ないからな」
リュウは、シンプルにボトルに水魔法の水を補給していた。だが、その水は、人間とエディミアにとっては、苦痛となる味覚の詰め合わせのような味をしており、補給していたとしてもそれを飲む事はほぼ無い。
「だからって、一歩歩くたびに水生魔法って言葉が聞こえてくるなんて、アタシもう頭がどうかなりそうなんですけどっ!?」
「そうか。それはすまないな」
レクタリアの苦情に、案外あっさりと身を引いたリュウ。思った以上に聞き訳がいいリュウに、レクタリアは肩透かしを食らった気分になるが、何はともあれ自分の要望が通じたことに安堵して腕を組んで満足げに笑って見せた。
「……ま、まぁ、そうやってすぐにやめてくれるんならいいのよ。そういう聞き分けの良い人間はアタシも」
「次からはお前が寝ている時にする事にしよう」
レクタリアの言葉を遮り、水生魔法自体は止めないという宣言を聞いたレクタリアは、顔を引きつらせる。そして、どう頑張っても背の届かないリュウに向かって、溜まっていたうっ憤を晴らすかのように怒り散らした。
「だーーーっ!! そういうことじゃなーーーーい! ちょっとでも期待したアタシがバカだったぁ! セーアちゃん! こいつ叱っちゃってよ! その魔法チート今すぐ使ってっ!」
「ま、まぁまぁレクちゃん……リュウさんも悪気はありませんし。それに、私はもう慣れちゃったから……」
そう言って、自分の方を振り返ったレクタリアに対して、ちょっと気まずそうに目線を逸らすセーア。
それというのも、リュウのチートを奪ったレクタリアと対峙する前に、セーアはリュウに連れ添って、彼が火炎魔法を丸一時間詠唱し続けた現場に立ち会っている。
それゆえに、たとえ彼が三時間程度、水生魔法を連射しても、セーアにとっては「また始まった」という感想しか出てこないのである。そして、気まずそうなセーアに怪訝な表情を浮かべつつも、レクタリアはリュウに顔を戻して、再び文句を上げ連ねていく。
「それに、水魔法の水を補給するんなら、セーアちゃんもいるでしょうに。セーアちゃんは自然魔法が得意だから、ちょっとやそっとじゃ魔力は尽きないと思うし」
「それも考えた。だが純粋に他人の魔力を使うのが気が引けたし、これは俺が得ている魔力の限界を知る意味も含まれている。この身体がどのくらいの魔力を保有できているのかを知っておくのは重要だからな」
セーアとリュウが会話をした中で、リュウにはチート能力を身に着けていた影響が残っており、本来ならひとり一属性である魔法を、四属性全て使えるという予測をしていた。現にリュウは、レクタリアとの戦いで水・土・風の三つの属性を使い、セーアには火属性の魔法を見せている。
ただし、水は大さじ一杯程度、火は線香花火、土では砂を撒くだけ、風では小石を吹き飛ばすのもやっと。という「日常生活にすら役立たない」レベルの運用で、現状ではそれ以上の効果は期待できなかった。
だが、火炎魔法の一時間と言い、現在の三時間連続詠唱と言い、役に立たないレベルの魔法なら、どの属性であろうとかなりの回数が発動できるという事が分かる。
「もしも、他の敵対的なエディミアと出くわした時に、レクタリアとの戦いのような奇策すら出来なくなっては困るからな」
「むー……言ってる事には納得するけど……なぁんか釈然としないのよねぇ」
リュウの弁解に、心底不満げな顔を見せつつもレクタリアはセーアの隣に付いて、改めてナラシアへの旅路を先導する。そんな中で、リュウは水生魔法を封じられて暇になった時間を使って、二人に尋ねた。
「ところで、セーアとレクタリアの同郷だというシェルカというのは、どういうエディミアなんだ?」
リュウからの質問に、二人は少し興味深そうにリュウに振り返った。それまで不満げだったレクタリアも、今ばかりは自然な顔を見せる。
「シェーちゃんですか? リュウさんの言う通り、私たちの同郷で、レクちゃんの更に一つ上のお姉さんなんですよ」
「ま、ほんの一年違うだけで、アタシたちは年齢の事とか気にしないくらい仲良しだったけどね~。でも、しいて言うなら……変人?」
レクタリアの一言に、セーアは口を結んだ。
「セーアが黙るという事は、お前もそう思ってはいるんだな」
「リュウさん。そういう人の腹を探るような言い方は嫌いです」
それまでレクタリアがしていた不機嫌顔を、今度はセーアがする様になり、彼女は頬を膨らませてジトっとした目線でリュウを見ていた。だがそんなことにも構わず、レクタリアはシェルカについての話を続ける。
「でも変人なのは事実かなぁ。シェーちゃんは、エディミアとしての役割以外では、転生者の事は嫌いじゃなかったと思う。もちろんチートを奪うって使命を『誰かさん』みたいに放棄することはないけどぉ、奪った相手の事はそれ以上危害を加えたりしなかったし」
レクタリアが、これ見よがしにセーアを見て、何かを言いたそうにしている事に、セーアはさっきまでの不満顔から、ホロリと半泣きの弱気な顔に変化して、味方不在の状態におろおろとしていた。
「うぅ、レクちゃんまで私の事そうやって……」
「ほらほら泣かないの。あと、リュウの質問はどうしたのよ」
「うん……でもレクちゃんの言う通りです。シェーちゃんは、チートを奪う事は何度も成功しているんですが、その後に奪われた人をナラシアやパブロ連合に道案内するような子でした」
セーアの話、そしてレクタリアの証言から、リュウはまだ見ぬシェルカという人物が、この二人同様に話の分かる存在であると理解して、腕を組んで納得した。
だが、そんなリュウの納得の裏では、レクタリアの額に一筋の汗が滲んでいた。
「…………」
シェルカは変人である。それはセーアもレクタリアも知っている共通項だが、これまでチートを奪ってこなかったセーアには『チートを自分のものにした後のシェルカ』の情報が抜けていた。
レクタリアは思い出す。先にチートを奪っていたレクタリアの能力で、二人一組になって転生者を欺き、まんまとチート能力を奪ったシェルカ。その時にシェルカが奪ったチート能力は「催眠と記憶改ざん」の能力であり、その能力を得たシェルカは、レクタリアが見ている近くで、転生者の男女を催眠にかけて、言葉にするのもおぞましい要求を転生者たちに仕向けていた。
だがレクタリアがその一連の騒動の中で最も恐れたのは、彼女がそんな乱痴気をさせた事ではなく、よりにもよってその様子を手書きの絵として残していた事だった。彼女は獣のような眼光でそのまぐわいを凝視して、その様子を余すことなく何枚もの絵にしたためていく。
ひとしきり満足した後は、自分がモデルにした転生者たちの身体を綺麗に洗った上で、その記憶すらも「何もなかった」と改ざんして、呆然と帰っていく転生者たちを見送って自分の描いた絵に息を荒くしていた。
シェルカは、変人である。エディミアの中では転生者の命についてそれなりに大事にしている。だがその理由を、レクタリアは最も不純で淀みきった信念だと心の中で思っていた。




