第12話 目的地は、ナラシア
「……それじゃあ、アタシからは最後の質問ね。これはセーアちゃんにも関わるんだけど、二人はそのカードをどうするつもりなの?」
それは、今現在セーアが持っている「全属性魔法+魔法錬成、魔力無尽蔵」のチート能力のカードの事。この戦いで最後に残ったチート能力である。
「それについては、俺はセーアの一存に任せてある。それを俺に返してもいいし、セーアが自分で使ってもいい。もしもセーアがレクタリアに返すのであれば、俺はそれも仕方ないと考えている」
「あんた……恐ろしいほどに執着がないのね」
レクタリアの苦笑いに、リュウは無表情で疑問を浮かべる。そして二人の視線は、少し目を腫らしているセーアの方に向いた。
「……私は、これをこのまま持っておこうと思います。チート能力を奪うことは出来ましたし、私はそれを使うつもりはありません。甘いことを……ってシェーちゃんとかは言いそうですけど、あはは」
「甘いことを言ってんじゃないの」
「うぅ……先に言わないでよレクちゃん」
セーアの言葉に『振り』を感じたレクタリアがそう言って、セーアは身をすくめて恥ずかしそうにつぶやいた。だが、セーアはすぐにリュウの方を向いて、その話を続けた。
「ですが、ただ持っていても私には無駄になります。レクちゃんが朝言ったみたいに、他のエディミアがこのカードを奪う可能性もあります。ですが、リュウさんはこれを使うつもりは無いんですよね?」
「そうだな。俺は、二人のどちらかが使うものだと思っていた。仮に俺に戻っても、それこそ次のエディミアに奪われかねないだろう」
「今のあんたがチート能力使ったら、アタマの悪いエディミアは瞬殺だと思う〜」
頬を膨らませつつ、レクタリアが気のない言葉でリュウに返す。
「リュウさんがそういう事でしたら、私に考えがあります。リュウさん、私と一緒に旅をしませんか?」
「ほう?」
「ちょっ、セーアちゃん!?」
セーアのしっかりとした表情と、カードを握りしめる手。そんな彼女の覚悟の表れはリュウにもレクタリアにも嫌というほど伝わり、冗談で言ってないと言う事を示していた。
「小さな私の小さな願いですけど、私はエディミアが、本当の意味で、自分たちの使命と向き合う時が必ず来ると思っているんです。歴史上の、これ以上転生者がこの世界で悪い事をしないように。というエデンの最初の目的……」
「エディミアの理念は、いま歪み始めている気がしています。だから、こんな私ですが、エディミアを正しい使命に生きる種族にしたい」
「そのために、私はここで新たな人生を始めた転生者のリュウさんと、その目的を見据えたい」
強く、確かな決意。セーアの言葉は、それまで漫然とたたずんでいた自然に、透き通るような風を運び、木々が彼女の決意への賛同を示すかのごとく、ざわめき始めた。
それは、リュウとレクタリアにもしっかりと響いていた。中でもレクタリアは、彼女の決意に目を細めて、そのまぶしくも危うい決意を見守っていた。
「セーアちゃん……大きくなったね。なんだか、アタシがちっぽけになるぐらい立派になったよ」
そして、冒険への帯同を求められたリュウは、彼女のまっすぐで純粋な『自分の目的のために進む姿』に、尊敬を超えて強い憧れのような感情を抱いていた。
そこに立つのは、自分が許されなかった、自分のために歩き出すと言う存在。これまで握りつぶされてきた、自分の夢に向かうと言う存在の具現に、リュウは目を奪われていた。
「……どうですか、リュウさん! 私との旅、一緒にしてくださいませんか?」
「そんなに改まって聞かれると、困る話だな。こちらから切り出すべき事だったはずなのに、先回りされた気分になるじゃないか」
そう言ってリュウは、おもむろに右手を前に出して、立っているセーアに差し出した。
「こんな、無能力の俺でよければ、セーアの言う目標の行く末を、見守らせてくれ」
「……っ!」
「……はいっ!」
ケガもまだ完治はしていないながらも、このまま森に残っては治療も出来ない。そう思い、一行は荷物をまとめて森林を出る。草木の匂いと鳥の鳴き声を交わしながら、再び例の街道までたどり着き、当初の目的だった、転生者の都市【ナラシア】を目指すことにした。
「レクタリアは、これからどうする?」
「んー、今のままじゃ、里に戻ってもいじめられるのがオチだからぁ、アタシもナラシアまで同行してもぉ、いい?」
リュウの質問に、なぜかセーアを見て反応を窺うレクタリア。そしてセーアは、自分に判断が委ねられたことを理解して、まんまと嬉しそうな顔を浮かべた。
「レクちゃんが良いのなら、私は一緒に旅をしたいですっ!」
「……だってさ、お兄さん?」
「別にセーアを迂回しなくても、俺だって承諾はしてたぞ?」
「えー? だって、二回も殺そうとした相手だからぁ、何か条件つけられたら、アタシ困っちゃうしぃ」
ようやく、会った当初のレクタリアの口調に戻り、リュウを見てわざとらしく警戒をあらわにする。そして、レクタリアはセーアに抱きついて、リュウの方を見て怖がるような素振りを見せた。
「ねぇ、セーアちゃん? ここでなんかいや〜な条件突きつけられてぇ、アタシの事をあんな感じやこんな感じにしようとするのはぁ、怖いもんね〜」
「へっ、ど……どんな感じなんですか?」
セーアの純粋な質問に、レクタリアは少し考えて、ふとある記憶を思い返す。
――
「ふふふ……いやあ、レク。この能力すごいね! みんなボクの目を見たら一瞬で奴隷になるんだよ! それで、こうして男と女に命令をすればぁ……うひゃあっ! これなら、妄想の絵描きもはかどるよぉっ、あっははははは!!」
――
「……あー、ごめん。何でもない。セーアちゃん、今の話は忘れて」
「えっ、え……えっ!?」
シェルカとの記憶が呼び起こされて、それが理外の事だと察したレクタリアは、急に気持ちが冷めて、それまで保っていた口調も捨ててセーアから目を逸らした。
「よくわからんが、そんなに敵対する必要はない。俺だってエディミアの理はわかっている、能力を持たないことは負い目なのだろう? それならこうして同行していれば、少なくとも助けることはできる」
「それに、いざとなればレクタリアはこの能力を持って戦っても、逃げてもいい。セーアも、それは考えていたんだろう?」
リュウの言葉に、荷物を揺らして安心したような表情を浮かべるセーアがいた。
「はい。この能力は誰が使ってもいい非常手段ですから」
「っ……」
セーアとリュウの会話を聞いていたレクタリアは、彼の執着のなさと、様々な境遇を経てもなお、自分をこの輪の中に入れてくれるフラットな考えに、頬を染めて視線を明後日の方向に向けた。
「……ま、まぁ。そういう事ならアタシも同行する。それにこの中じゃ、チート能力無しの魔力が一番高いのはアタシ……だし」
セーアから離れて、二人の間を横切りながらそんな言葉をこぼすレクタリア。そしてリュウの前まで来て、その仏頂面をみあげてレクタリアは何処か気恥ずかしそうに彼に言葉をかけた。
「……せいぜい死なないように、頑張ってね。えっと……リュウ?」
「そうだな。『今回は』頑張ってみるよ」
リュウの返答。その裏にある、前の人生への後悔はリュウの中だけのものだ。だがレクタリアの無意識の言葉は、彼のそんな踏み外した道を正すようなニュアンスに聞こえて、彼女が『リュウ』と名前で呼んだことなど気にも留めず、リュウは爽やかな顔で言葉を返した。
だが、そんなレクタリアの変化にいち早く気が付いたものが、すぐそばにいた。
「あっ! いまレクちゃん、リュウさんのこと、名前でむぐぅっ……!?」
「こっ、こらぁセーアちゃん!! そういう変なところに気付くのはだーめっ!! ほらっ! おくちふさぎなさーい!!」
何をやっているのだか。
そんな事を思いつつも、リュウは街道を見上げた先にある、元の世界と同じような青空に目を遣る。
ほぼ全てが同じで、そして少しずつ違う異世界、エメラクサス。大分遠回りはしたが、リュウはにぎやかで仲良しな、二人のエディミアを同伴者に、ようやく冒険らしい冒険を始めることとなった。