第11話 無能力のエディミア
「……あ、う」
レクタリアを打ち破った後の野営は、穏やかに夜を迎えて、リュウとセーアはそのまま麻布の敷物の上で一夜を明かした。そして朝、ゆっくりと光が差し込む森の窪地で、一番最初に意識を取り戻したのは、意外にもレクタリアだった。
「……こ、こは」
自分が置かれている状況を理解できず、レクタリアは身体を起こして周囲を見渡す。焚火跡とセーアの寝顔。そして憎き転生者。気分の振れ幅が迷子になりそうな光景に、一旦レクタリアはリュウを一瞥した。
「……なんで」
本当ならこの場で殺してしまいたいと考えるレクタリアだったが、この男の望みを聞き取って、同じエディミアである自分にその手を差し込んだセーアが目の前で寝ている事。そして何より、色々意地悪を言ったものの『エディミアのともだち』だと思っている彼女の選択に、自分が土をかけてしまう事を考えて、レクタリアはその場で二人が目を覚ますのを待って膝を抱えて焚火跡を眺めていた。
「……んー、あれぇ? れくちゃん?」
「起きるのが遅いよ、セーアちゃん」
そうして待っていると、少し遅れてセーアが起き上がり、すこしふにゃふにゃした口調でレクタリアに挨拶をした。
「身体は、もう大丈夫?」
「うん。セーアちゃんに身体の中をいーっぱい探られたけど……もう、大丈夫だよ」
「う……レクちゃん、とても不機嫌だ……」
そりゃあ不機嫌だろう。そんな言葉を思い浮かべるも、レクタリアは彼女のエプロンポケットの輝きを見て、そんな感想よりも重要な質問をセーアに投げかけた。
「セーアちゃん。その能力を使わないの?」
「あぁ、これ?」
セーアはレクタリアの指摘で、ポケットに入れていた能力……リュウが持つはずだった全属性魔法などの能力のカードを取り出した。
「んもう、そうやって同じエディミアの前で易々と取り出さないの。アタシが盗んでいったらどうするつもり?」
「あはは……そうだね。けどレクちゃんは、盗らないよね?」
「……まぁ、そうだけど」
見透かされたようなセーアの言葉に、レクタリアは更に身体を丸めて、自分の中の恥ずかしさを隠すように顔を膝に埋めた。
「……あぁ、二人とも起きていたのか」
そんなセーアとレクタリアの会話の最中、リュウは身体の痛みを感じつつも起き上がり、二人の……特に、レクタリアの容態を案じた。
「レクタリアも、無事なようで安心した」
「アタシは、あんたが死んでなくて心底残念だわぁ」
単調に、しかし確実に煽ってくるレクタリアの言葉に、セーアはおろおろと二人を見るが、肝心のリュウの方はそんな彼女の様子を見て、安堵の溜息をついて言葉を返した。
「それだけ悪態をつけるという事は、元気には違いないみたいだな」
リュウの飾りのない言葉に、レクタリアはその後の言葉が続かなかった。一度ならず二度、三度と殺しに来た人間にだというのに、それを恨む様子もなく、ただひたすらに自分の身を案じる。それは、レクタリアがこれまで同族の中で得ていた『認められる』という価値観と同じ質感の感情だ。
「……いいよ。能力なしでアタシをこんな状態にした報酬として、アタシが答えられる事なら教えてあげる」
三人で果物と簡単な野菜のスープを摂り、朝食のわずかな時間も終わった頃、リュウはレクタリアに、エディミアについて聞くことにした。レクタリアは少し考えたが、セーアのすがるような目を見てしまい、答えを一つにせざるを得なかった。
「あっでも、アタシからも聞きたいことがある」
「あぁ、それではお互いに一つずつ聞いていくとしよう。俺からでもいいか?」
「どうぞ」
「お前とセーアは、どういう関係なんだ? 同族の仲良しというのは分かるが」
リュウの質問に、レクタリアは両手を広げて眉をひそめた。
「そこまで分かってるんなら答える必要ないじゃん。アタシとセーアちゃん、そしてシェルカっていう子は、みんな里が同じ。シェーちゃん……あ、シェルカの事ね、その子が一番上で、それからアタシ、セーアちゃんの順番で生まれてきた。その三人の中ではセーアちゃんが一番の末っ子」
そう言ってレクタリアはセーアの方を穏やかな目で見つめる。末の妹を見るようなその目に、セーアも楽しそうな笑顔を返した。
「それじゃあ今度はアタシから。あんた、この戦い、何処までが計画だったの?」
レクタリアからの質問。それは、再び相対した彼女との戦いの戦略に関するものだった。レクタリアからすれば、二度の魔法による撹乱、剣製を見切ったこと、そしてセーアによるチート能力の奪取、それらを何処まで戦略として考えていたのかが、一番気になるところだった。
「お前に再び会ってからの、すべてだ」
リュウは悩むことなく、ごく短い答えでレクタリアに返した。
「へっ?」
「そもそも、出会った時の印象から、お前なら散々いたぶった俺が生きていることに気付けば、目的はどうあれ俺を茶化しに来ると思っていた。だから、俺の姿が見やすいように街道へ案内してもらった」
「そして、剣製の分析は戦闘中に行ったが、水魔法を誤飲させること、土魔法での目眩ましで、二回に分けて出鼻を挫くことで、こちらの挑発に乗りやすくなるだろうと考えていた」
「その上で、俺はわざと剣製を役立たずだと挑発した。剣製の分析はある程度できていたが、それよりも重要なのは、仮に剣製が残った状態でそれを奪っても、予備策としてお前が全属性魔法を自分に使って、形勢が不利になる可能性があったからだ」
「結果としてお前は全ての罠にかかり、挑発に乗って剣製を上書きした。そうなれば、俺たちはお前の身体の中にあるチート能力を引き抜くだけで実質的な勝利となる」
「俺が逃げる間、セーアには常にこちらに気を配ってもらい、俺が足を止めたら、隙を見て駆け寄るように、朝の段階で段取りを決めていた。それをそつなくこなせたセーアには、感謝してもしきれないがな」
スラスラと、機械のように説明するリュウ。レクタリアは、その説明に自分の全てを見透かされたかのような感覚を覚えて、顔を赤くして悔しそうに膝を抱えた。
「他に聞いておく戦略はあるか? あればお前の弱点も……」
「もういいっ! アタシの質問は終わりっ!」
追い打ちと言う名の解説をしようとするリュウを止めて、レクタリアの質問はそこで終わった。
「それなら、俺からの質問だ。さっきの戦いにも関わる事ではあるが、セーアに組み敷かれた時、それを魔法で払いのける選択肢もあった。どうしてお前はみすみすセーアの簒奪を受けた?」
「……」
リュウからの質問に、レクタリアは複雑な表情を見せた。
「……できるわけないでしょ。セーアちゃんは、アタシとシェーちゃんの大事なおともだちなんだから」
「エディミアも、生まれた場所が違えば考えも違う、だから同じ里で生まれたシェーちゃんやセーアちゃんは、義理の姉妹でもあるし、大切なおともだちだもん」
「それに、セーアちゃんは今まで能力を奪えなかった。アタシやシェーちゃんが転生者をボコボコにして、セーアちゃんにチャンスをあげても、セーアちゃんはすくんで動けなくて、逃げられる」
「そんなセーアちゃんが、エディミア相手でも初めて能力を奪った事に、おかしい話だけど、アタシは少し嬉しくなった」
レクタリアの会話に傾聴していたセーアは、そんな彼女の話しぶりと、それを話すときの少し悔しそうな笑い顔を見て、同じく大切な友達であり、世話焼きな彼女の本質的な姿に、涙を隠せなかった。
「レクちゃん……」
「あんたがセーアちゃんを連れてた時、すっごいムカついた。あの時は、煽るよりも先に『こいつ殺さなきゃ』って思った。だけど、近くにいたセーアちゃんには危害は加えられない。セーアちゃんに跨られたら、アタシには……何もできない」
「だから、セーアちゃんを、攻撃しなかった」
セーアからも、リュウからも目を逸らして呟いたレクタリア。そんな彼女の不器用な優しさを聞いたセーアは、ゆっくりとその場を立ってレクタリアに抱きついた。
「レクちゃんっ!!」
「うわっぷ……! せ、セーアちゃん?」
「レクちゃんっ! ごめんなさいっ! 痛かったよね……辛かったよね……でも、私、いろんな気持ちが混じってっ……うぅ、傷つけたくないのとぉ……暴れてほしくないのとぉ……もう、何もわからなくなって……うぅ、うわぁぁん!!」
「あぁもうっ! そんなに泣かないの。セーアちゃん、里にいた時よりすっごい泣き虫じゃん。そんなに怖かったのぉ?」
レクタリアに抱きついて、二人の目も気にせず素直に涙するセーア。
レクタリアは知らなかった。セーアにとって、この戦いは、自分の中の覚悟との戦い。自分の進む道を決めた者だからこそ、セーアはその悩みや葛藤、不安を全て吐き出して、大事な友人の胸を借りて泣いた。
だが、そんな事情は知らずとも、レクタリアにとってセーアは大事な同族である。それなら、そんな彼女の決意のこもった涙を、自分の身体で受け止められるなら、それはレクタリアにとっては本望というものだった。