第10話 ただ一つの逆転の可能性
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「セーア、お前は、エディミアが持つチート能力を奪い取ることはできるか?」
「っ!!」
旅立ちの直前、リュウが尋ねた質問に、セーアの表情は凍り付いた。
「それは、エディミアがエディミアの持つチート能力を奪えるのか……と言う意味ですか?」
「それとも、私が、レクちゃんの能力を……」
セーアの複雑な顔でそう聞き返すと、リュウも彼女の顔を見据えてしっかりと答えた。
「……その両方だ」
はっきり言われて安心したような、しかし聞きたくなかった答えを聞かされたような顔をしてリュウを見る。
彼のまっすぐな瞳が、この答えの重要性を語っていた。だからこそ、セーアは心の中の葛藤にけりを付けて、その言葉にまっすぐ答えた。
「……できます、エディミアはエディミアの力を奪えます。そして」
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森の草木がざわめき、レクタリアの背中に人の気配が近づき、それはレクタリアに背中から襲いかかった。
「えいっ!!」
「ふゃあっ!?」
背後からの突然の衝撃に、レクタリアはそのままバランスを崩す。三度不意を突かれて、レクタリアは完全に魔法を解除して背中の存在に押し倒されることとなる。
「いたた……ふぇ?」
「っ……」
後ろからやってきたのが誰か、レクタリアは少しわかっていた、それ故にレクタリアは自分の魔法を解除せざるを得なかった。
なぜなら、仰向けで倒れたレクタリアの上に馬乗りになっているのは、思い詰めたような顔のセーアだったからだ。
「せ、セーアちゃん……? どうしたの? これじゃああの男に……」
そこまで言ったレクタリアは、自分の腹の上で何かを覚悟したような表情をしたセーアを見て、この二人が何をしようとしているのかを薄々理解して青ざめた。
「うそ、でしょ? セーアちゃん! なんでっ!? なんでこんな事するのっ!? セーアちゃんを煽ったのは謝るからっ! だから……!!」
「私は……決めたんです! 無差別にただ奪うのは、本当のエディミアじゃない。私たちは、エデンの娘だから、だからっ!!」
ドスッ……!
「あ」
「あぁっ……!!」
「あぁぁぁぁぁぁっっっ!! セーアちゃんっっ!! やめてぇぇぇぇっっっ!!」
レクタリアの懇願に複雑な顔を浮かべるセーアが、レクタリアの胸の下に両手を差し込み、その手が光に包まれる。リュウが能力を奪われた時と、そしてレクタリアが能力を上書きした時と同じ状況。
その光と、身体が起こす反応に、レクタリアは身を悶えさせる。
「あぁっ……いやぁ……! 取らないでぇっ!! セーアちゃんっっ!! セーアちゃぁんっっ!!」
「ごめんなさい……レクちゃん!」
レクタリアの必死の懇願も虚しく、セーアがレクタリアの胸の奥に手を伸ばし、彼女の持つ能力を手に掛ける。レクタリアの中で、次第に能力は薄いカードの形を成してきて、セーアにもその感触が分かり始める。
それと同時に、レクタリアの悶えるような苦しみが、神経が剥がされるような激痛に変わる。それは、チート能力と共に解放された魔力の通り道が、セーアの簒奪により拒絶される感触だった。
「痛いぃっ!! セーアちゃん!! 痛いっ! これ痛いのぉっっ、死んじゃうぅっ!! もうやめ……っ!!」
「……ふ、ふふっ」
死が微笑むほどの激痛に苛まれ、最後の力を振り絞って助けを求めるレクタリアが見たのは、自分の上で胸に手を押し込んで、自分の悲鳴に対して、どこか恍惚とした表情を浮かべるセーアの姿だった。
そして、彼女の笑顔でレクタリアが最後の意識を手放して、セーアは自分の手の中にはっきりとしたカードの感触を感じてその手を引き抜く。
「これがっ! リュウさんのっ!!」
「ぉっ……!!」
そして、レクタリアが持っていたリュウの能力のカードは、レクタリアの身体から抜き取られ、セーアの手にしっかりと握られた。
「これが、能力のカード……!」
「……ぐ」
セーアが、能力のカードを見て興味深げに目を輝かせている横で、リュウが痛みに耐えながら立ち上がる。着ていた制服は、土の塊を受けた所がぼろぼろになっていたが、それでも現実の丈夫な生地で出来ていたことで、リュウの命はしっかりと守られた。
「リュウさん! 大丈夫ですかっ!」
「あ、あぁ……なんとかな。それよりも……」
そう言うと、リュウはセーアの下でぐったりとしているレクタリアを見る。セーアはカードを持ってすぐに飛び退き、彼女の様子を確認する。
「大丈夫です。能力を奪われた時のダメージで気絶してるだけ、だと思います」
セーアの言葉を信じてとりあえず彼女が生きている事に安堵したリュウは、自分もダメージを受けている中で、レクタリアの身体を抱き上げようとする。しかし、腹部のダメージが筋肉を刺激して、思うように持ち上げられない。
「ぐぅっ……!」
「り、リュウさんっ!! 無茶をしないでください。レクちゃんから攻撃を受けたばかりなのに!」
慌ててリュウに駆け寄るセーア。そして、リュウ一人に任せるわけには行かないと、リュウが持っていた荷物を自分の荷物にまとめて、レクタリアを二人で抱えて、森林の中にある窪地まで運び、そこでレクタリアの目覚めを待つようにして二度目の野営の準備を始めた。
「……ぅ」
セーアが焚火の火守りをして、リュウは自分のケガをケアしながら、周囲の食料になりそうな物を探していく。腹部のダメージがズキズキと悼むリュウだったが、ダメージの殆どが胴体であるがゆえに、狭い範囲を歩いて食料を探るのは辛うじて可能だった。
その間、レクタリアは小さなうめき声をあげて、火守りのセーアの側でゴロゴロと寝返りを打ちながら苦しそうにしていた。セーアとしても、寝返りを打つ彼女に安心する反面、仲の良い同族がそばで苦しそうにしている姿に気が気ではない。
「レクちゃん……」
セーアがレクタリアを案じていると、リュウが戻ってきて、いくつかの果物のようなものを拾って戻って来た。
「セーア、この辺の果物は食べる事が出来るか? 俺が見覚えのあるものを選んで取って来たんだが」
「あ、はい。見てみますね」
リュウが持ってきた様々な色の果物を見て、セーアはそれを左右に振り分けて選別していく。
赤いリンゴのようなものは左、黄色い梨のような形のものは右、紫のレモンみたいな物は右、オレンジ色の桃のようなものは左……そうして選別は終わり、左側に三つ、右側に七つの果物が振り分けられた。
「とりあえず、こっちの三種類はそのまま食べる事が出来ます。こちらの七つはそのままでは食べられない、もしくは変な味がするものですね」
「そうか、じゃあ次はそれを頭に入れて取りに行こう」
そうして踵を返してもう一度果物を取りに行こうとしたところで、セーアがリュウを引き留めた。
「あっ。リュウさん!」
「ん?」
その慌てた声に振り返ると、先ほど選別した中のリンゴのような果物を手渡して、少しはにかんだ笑顔を見せたセーアが待っていた。
「今日は、このままお休みしましょう。リュウさんも疲れていますよね?」
そのリンゴと彼女の優しさ、そして、笑顔を見せてすぐにどこか不安げな顔を見せるセーアに、これ以上心配をかけるのも忍びないと思い、リュウは彼女が手渡すリンゴを受け取り、寝座りに使う麻布の床敷きに座って、そのリンゴを一口かじる。
少し味の薄いリンゴと言った甘みと香り、これまでレクタリアとの戦闘で、水とは呼び難い水を扱って戦っていたリュウにとって、このリンゴのみずみずしさとほんのりとした甘さは、今はこれ以上ない戦いの報酬だった。